その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は 『「ハコヅメ」仕事論 女性警察官が週刊連載マンガ家になって成功した理由』 です。
【はじめに】
街角で、イベントで、あるいは交通取り締まりで。制服を着た警察官はもっともよく目にする職業のひとつであり、私服の警察官も含めて、国家・地方公務員として、公権力を預かる組織の一員として、厳しい規律の下に仕事をしています。
一方、見た目には職業がわからず、組織に属さないフリーランスとして、不安定ながら当たればでかい。そしてなによりも「面白さ」を求められる職業、それがマンガ家。
重なるところなどまったくなさそうな2つの仕事に、あえて共通点を見いだすとしたら「どちらもキツそう」なところでしょうか。
この本は、10年間警察官として働いた泰 三子(やす・みこ)さんが、2017年に講談社のマンガ雑誌「週刊モーニング」で『ハコヅメ ~交番女子の逆襲』(以下『ハコヅメ』)の連載を始めたいきさつ、そして22年2月で累計400万部の大ヒットを果たすまでの経緯を語っています。異業種への〝転職〟というよりこれはもう、異世界への“転生”、と言っていいレベルのジョブチェンジではと思います。なぜ泰さんは成功できたのでしょうか。
本書は、仕事論と銘打っている通り、いわゆる「ビジネス書」であり、読んだ方の仕事の参考になる目的で編集されています。ただし、警察官からマンガ家に転職して成功するコツ、のようなものは、もしあるとしても、誰にでも可能なはずがありません。お読みになればすぐ気づかれるように、泰さんは控えめに言っても普通の人ではない。じゃあ、この本から学べるものは何なのか。
まず、2つの世界でそれぞれのキツい状況を、泰さんがどう乗り切ってきたか、の具体例から、自分の仕事のキツい局面で活かせるアイデアが見つかるかもしれません。警察官とマンガ家では、求められる仕事の内容が全然違いますが、突き詰めてみれば、自身が評価され、かつ成果も上がる基本は同じ。この辺は転生初期の、第1章をお読みください。
次の第2章では、警察官時代のエピソードから、警察という組織が部下の育成にことのほか熱心であることが語られます。実は、この組織で過ごした経験が、創作者としての泰さんにとって大きなバックボーンになったことがよくわかります。
第3章は、第1章のインタビューから3年余りが経ち、押しも押されもしない「モーニング」の看板連載著者となった泰さんが、自身の創作の実際と、うつろいやすい「人気」に対してどういうスタンスで臨んでいるのかを率直に話していただきました。
いや、率直、というより赤裸々、のほうが正しいかもしれません。大丈夫なのかコレ、と聞き役の自分が心配になったほどです。そしてこの章には、『ハコヅメ』に関わるネタバレが大量に含まれています。先に読んでも面白さは決して損なわれませんが、本編を未読の方にとっては「そうだったのか!」という驚きが減ってしまうのは否めません。それを承知で書籍に収録せざるを得ないほど、クリエイティブを仕事にする際の学びが詰まっています。どうぞご注意の上、お読みください。
第4章はふたたび視点を警察に移して、「ジェンダー」の問題についてのお話です。「多数派の側からは、少数派の苦痛はわからない」という難題を、マッチョな組織で働く女性警察官の視点から、笑いを通して世に見せてきた泰さん。ムダな炎上を起こさずに、組織をどうフラットにして、働きやすくしていくか、のヒントがあるように思います。
各章の最後に、泰さんのお話を自分なりに受け止めた例を「まとめ」として付けておりますが、「これが正解」ということではありません。飛ばしていただいて全然OKです。
……以上は、泰さんのめちゃくちゃ面白いお話をなんとか本にして世の中に出したい! と考えた私が、ビジネス書としての形を作るべく考えた見せ方、であります。できる限りご本人の発言の雰囲気を生かしたかったので、インタビュー形式にさせていただきました。『ハコヅメ』を愛する方、これから『ハコヅメ』に触れる方、どちらにも楽しんでいただけたら本望です。この機会をくださった泰三子さん、そして講談社「モーニング」編集部の皆様に、心から感謝いたします。
山中 浩之(編集Y)
【目次】