その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はJICA(国際協力機構)(編)、あずさ監査法人 パブリックセクターアドバイザリー事業部(編)の『 グローバルサウス新市場戦略 課題解決ビジネスによる未来の共創 』です。「プロローグ」をお届けします。
【プロローグ】
皆さんのビジネスは10年後も成長し続けているでしょうか?
日本で少子高齢化が進むなか、2026年、日本の名目GDPは世界最大の人口を擁するインドに抜かれる見込みとなりました。経済規模、人口でも、アジア・中南米・アフリカ等のグローバルサウスの存在感は日に日に高まっています。これからの成長戦略において、グローバルサウスの成長を取り込むことがこれまで以上に重要になっています。本書は、海外事業責任者や新興市場戦略担当者等に向け、多くの先行事例を踏まえて、これら地域におけるビジネスの立ち上げや失敗回避のヒントを提供します。
「課題解決」を軸にグローバルサウス市場を切り拓く
過去30年余り、日本にとってのグローバルサウスは、ASEAN諸国における自動車サプライチェーンに代表されるように、低コストで一定の品質の製品を製造する拠点として捉えられてきました。また、各国・地域で所得水準が上がるなか、ここ10年ほどは既存製品の市場としても認識されています。
もちろんこれらは、引き続きグローバルサウスの魅力ですが、それだけでしょうか?
本書では、グローバルサウスの「社会課題」を起点に、「新しい市場を創造する企業」や「既存市場に新しい価値を持ち込み参入する企業」の事例と、それらから得られる新しいビジネスのヒントを紹介します。
ここでのポイントは「課題解決を軸にした市場戦略」です。既存の競合がひしめくレッドオーシャンでの価格競争に陥るのではなく、少し視点を変え、「課題」を起点に市場をつくり、あるいは、革新的なアプローチで既存市場に参入し、「ビジネスチャンス」につなげるものです。成功している先行企業の取り組みの秘訣を分析しつつ、是非、グローバルサウス市場戦略のスタートを切っていただきたいと考えます。そのスタートは同時に、グローバルサウスの国々の課題解決を通じて、「未来」をつくることにつながるエキサイティングな道のりの始まりでもあります。
社会課題解決はビジネスになるのか?
「社会課題」というとすごく難しいもの、また、慈善活動のような形で取り組むことを想像されるかもしれません。しかし、グローバルサウスが直面している課題はインフラ、農業、保健、産業振興等と多種多様で、日本では既にビジネスとして取り組まれているものも多くあります。
例えば、インドネシアのある都市では、道路の段差が原因で多くの事故が起きていました。その課題に挑んだのが宮城県気仙沼市の中小企業でした。
対象としたのが道路アスファルトの再生でした。日本ではアスファルトは99%再生されていますが、インドネシアでは傷んだアスファルトの上に新しいアスファルトを上塗りすることが一般的です。その結果、道路の厚みが増して側道との段差が大きくなり、市民の交通安全が脅かされるとともに、道路の短命化という問題にもつながっています。こうしたことも「社会課題」となっているのです。
そこで気仙沼市の株式会社菅原工業は、再生アスファルト導入のメリット訴求や、アスファルト回収のフロー構築等の取り組みを行いながら、コスト競争力も高め、再生アスファルトのビジネス立ち上げに成功しました。インドネシアに既にあるアスファルト市場の「近接領域」で新しい価値を創造した事例です。
このように、日本で経験し一般化しているものをグローバルサウスの環境に合わせ現地化しながら新しい市場をつくっていくのはひとつの成功パターンとなっています。既にある知見・経験・製品・サービスを活用しつつ、グローバルサウスの社会環境の視点でビジネスモデルを検討するのは、比較的イメージをつかみやすいのではないでしょうか。
課題解決を通じたイノベーションとビジネス生態系(エコシステム)
ただし、本編で詳しく説明しますが、この「現地化」というプロセスがなかなかのクセモノです。
というのも、グローバルサウスにおいては、いろいろな課題が相互につながっており、それを解きほぐすのが容易でなかったりする場合があるからです。そのような場合は、ひとつの課題を解決しても、理想的な状態にはほど遠いため、日本で経験してきたアプローチが必ずしもそのままで有効な解決策にはなりません。
例えばモンゴルでは、交通渋滞により輸血用血液の病院への円滑な輸送が課題となっていました。モンゴルで交通渋滞というと驚かれるかもしれません。草原の国モンゴルは、広大な国土に人口が約350万人余り、1平方km当たり2人程度と世界で最も人口密度が低い国ですが、実は首都のウランバートルのみを取り上げると、人口密度が高く、車の増加に道路整備が追い付かず、深刻な渋滞が発生しているのです。これに加えて、病院内における保管設備(コールドチェーン)の欠如等の要因により、それぞれの病院で輸血用の血液を保管することも難しく、必要になるたびに救急車に看護師同乗のもと、70か所ある病院からウランバートルに1か所しかない国立輸血センターに輸血用血液製剤を取りにいっています。このため、タイムリーな血液の確保や限られた病院スタッフの有効活用が課題となっています。
この課題解決のためには、首都の道路インフラ整備、各病院での保管設備拡充、在庫管理体制・ノウハウの整備と人材育成、停電時の対策やエネルギーインフラ整備等が必要ですが、それぞれとても大きな課題で、解決には多額の予算と時間が必要です。
このような複雑化した課題に対して、スタートアップ企業でドローンを活用した物流に取り組む株式会社エアロネクストは、ドローンによる血液輸送ビジネスを企画しました。同社は現地パートナー企業を通じてモンゴル唯一となる商用飛行用ライセンスを取得し、外気温マイナス15度の厳しい環境のなかで実証実験を成功させて、有効性を実証しました。また、交通事故で緊急に珍しい血液型の血液が必要となった際に緊急輸送を行い、2名の人命救助につなげました。複雑にからみ合った課題に対し、新しい技術や発想でアプローチし、新たなビジネスモデルをつくり上げた事例です。
このビジネスはイノベーションという観点からも大変興味深いのですが、同社が「モンゴルの社会課題を解決する」というビジョンを掲げたことで「自国をもっとよくしたい」という現地の熱量の高い人々の心に火が付き、目標に向かって取り組む仲間を得ることができたことや、モンゴル政府や関係者が「自分自身の課題なのだ」と認識したことで、事業に対する手厚いサポートを得られたということにも注目いただきたいと思います。
課題解決ビジネスは、ゼロ・サムで各社がパイの取り合いをするのではなく、関係者の協力を得つつビジネスのエコシステム(生態系)をつくることで市場をつくるという特徴があります。
以上、社会課題起点のビジネスのイメージをつかんでいただけましたでしょうか?
グローバルサウスには日本では考えられない難しさも
2つの市場開拓の事例を紹介してきましたが、日本とは異なる社会環境にあるグローバルサウスにおいて、着想を具体的なビジネスとして立ち上げ、売上や利益を実現するまでにはたくさんのハードルがあります。
対象国の所得水準を踏まえた販売価格ではコストと見合わない、ビジネスに必要な電気や交通等のインフラが整っていない、といったことは頻繁にあります。あるいは、ビジネスを推進する適切なパートナーが見つからないこともありますし、さらには、事前に調査して確認した法律や制度が実際は運用されておらず、ビジネスの前提が崩れてしまうこともあります。
ビジネスの立ち上げにはいつでもたくさんのハードルがあるものですが、グローバルサウスにおいては、日本では考えられない難しさがあることは確かです。そのような環境のなかで、ビジネス化を断念した企業が多くあると同時に、試行錯誤を重ねて売上や利益を実現した企業もあります。
「成功」と「断念」を分けた要因は何だったのでしょうか?
個別事業にはそれぞれのストーリーがあり、たくさんの要素が関係しています。本書では成功した企業、断念した企業双方の要素を分析しつつ、グローバルサウスで課題解決ビジネスを進めていく際のステップと着眼点を紹介したいと思います。
【目次】




