その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は大阪大学ショセキカプロジェクト(編)の『 ドーナツを穴だけ残して食べる方法 』です。

【はじめに】

「ドーナツを穴だけ残して食べるには?」

 それは、ちょっと面食らうような問いかけです。

 ドーナツを一つまるごと食べてしまったら、穴どころかなにも残らないのではないか?なのに、穴だけ残して食べるって、いったいどういうことなのだろうか?

 読者のみなさんは、そんな疑問からこの本を手に取ったのではないかと思います。

 冒頭の問いに対して、一般的な反応はおそらくこういうものでしょう。

「ドーナツを穴だけ残して食べるなんて、そもそも不可能だし、馬鹿げている。ドーナツは食べてしまったら、あとかたもなくなる。穴だけ残して食べるなんてことは不可能であり、そのような問い自体がそもそも不適切である。以上。」

 これはきわめて常識的な回答です。でも、本当にそうなのでしょうか? ドーナツを穴だけ残して食べることは、本当に不可能なのでしょうか?

「ドーナツを穴だけ残して食べることは不可能である。」

 そんな常識を疑ってみようではないか。やり方によってはドーナツを穴だけ残して食べることができるかもしれない。少なくとも、はなから無理とあきらめないで、どうやったら穴だけ残して食べられるのか、ちょっと考えてみようではないか。

 そんなことを考えた大阪大学の教員たちが、「ドーナツの穴」について、結構本気で取り組んでみた。その成果が、みなさんの手に取っているこの本です。

「あたりまえ」を疑え

 常識を疑う。

 それは、大学教員が研究者として取り組んでいる学問にとって、もっとも根本にある姿勢です。

 世界中のだれもが天動説を信じていて、地球のまわりを太陽やほかの天体がまわっているとかたくなに信じていた時代。そんな時代に、コペルニクスは地動説を提唱し、地球やほかの天体は実は太陽を中心にして回転しているのだと主張しました。地動説はいまではあたりまえの考え方ですが、当時は馬鹿げた考えとしてなかなか受け入れられませんでした。考えてもみてください。みなさんは普段、地球がものすごい速度で自転しながら、さらに太陽のまわりを公転していることを実感しているでしょうか? もし地動説を学校などで教えられていなかったとしたら、みなさんの足下にあるこの大地が、ものすごい速度(自転だけ考えても時速1700キロになります)で移動していることを信じられるでしょうか? そんな馬鹿な、と思うのではないでしょうか。そんな常識を疑うところから、地動説は生まれました。

 また、20世紀の物理学者アインシュタインの提唱した相対性理論では、時間や空間がゆがみます。光速に近い速度で動く物質では、時間の流れが遅くなります。たとえば、20歳の双子の兄弟がいて、兄が光速級の宇宙船に乗って宇宙に飛び立ったとします。地球の時間で60年後に兄が帰ってきたときには、地球にいた弟は80歳になっているのに、兄のほうはまだ50歳。そんな不可思議な事態も起こりえます。時間はだれにとっても均等に流れるという常識が、相対性理論では覆されるのです。

 常識を疑うこと。だれもがあたりまえだと思っていることを、本当にそうだろうかと突き詰めて考えてみること。それは学問に携わる人々にとって基本的な姿勢です。これまでだれもがあたりまえだと考えてきたことを覆していく点に、学問の醍醐味があります。学問はそのようにして発展してきたのです。

 そう考えてみると、「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」という、一見したところ常識はずれの問題も、「馬鹿げている」と一蹴することはできないかもしれない。そんな気がしてきます。それは、一見、馬鹿げた問いに見えるけれども、だからこそ、ものすごく大事な問いなのかもしれません。

 だとすると、これは実は学問の力の見せどころではないのか。「ドーナツを穴だけ残して食べるには?」という問いに、学問の立場から取り組んだらどうなるのだろうか。「ドーナツの穴」について考えることで、あたらしい可能性が生まれてきたり、これまで見えなかったような世界が見えてきたりはしないだろうか。

 本書は、ちょっとした遊び心と、もう一方でそんなまじめな動機のもとで企画されました。

「ドーナツの穴」からのぞく学問の世界

 ただし本書が扱うのは、「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」だけではありません。

 穴だけ残すかどうかはさておき、「ドーナツの穴」だったり、あるいは「ドーナツ」それ自体を学問の世界から眺めるとなにが見えてくるのか。そんな問題に大阪大学の教員たちが挑戦する姿を、みなさんは本書で目にすることでしょう。

 ガクモンというと、ちょっと堅苦しくて小難しいもの。そんなイメージをみなさんは抱かれているかもしれません。「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」について真剣に取り組むなんて、なんて変な人たちなんだろう。そんなふうに考えている読者も少なくないかもしれません。

 実際、本書を読み進めていくと、「ドーナツの穴」を目の前にした研究者たちは、「そもそもドーナツに穴なんてあるんだろうか?」なんてことを考え始めたり、「ドーナツは近代国家そのものなんじゃないか」なんて言い出したりします。「ドーナツ」について語りながら、私たちが普段ドーナツについて考えることとはまったく違ったことが語られていく様子に、はじめは面食らうかもしれません。

 でも、本書で「ドーナツの穴」に取り組んでいる教員たちは、べつに奇をてらってそんなことを言っているわけではありません。むしろ、学問の世界からドーナツを眺めてみるとどう見えるのか、そんな問題に本気で取り組んだ結果なのです。

 そして同時に、「ドーナツの穴」をめぐって格闘する姿を通して、学問とはどういうものかを伝えたい。実はそれがこの本の著者たちの共通する想いでもあります。「越境する学問―穴からのぞく大学講義」というサブタイトルは、本書に込められたそのような想いを表現したものなのです。

「ドーナツの穴」からのぞく学問の世界。ぜひ読者のみなさんには、その一端に触れていただければと思います。

ショセキカプロジェクト

 この本では、第一部で「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」について、第二部ではより広く「ドーナツの穴」をめぐって、理系・文系を問わずいろいろな学部・分野の教員たちが論じています。また、世界のドーナツ事情について、大阪大学の外国語学部の教員へのインタビューをもとにしたコラム記事がところどころに挿入されています。読者のみなさんは本書で、普段、世界と勝負しながら第一線で研究を行っている大阪大学の教員が、まじめにドーナツ問題に取り組む姿を目にすることでしょう。

 このような舞台をアレンジしたのが、大阪大学の学生を中心とするショセキカプロジェクトです。

 ショセキカプロジェクトは、2012年の春に生まれました。大阪大学の学生と大阪大学の教員、大阪大学出版会の三者が一緒になって、大阪大学の知を世の中に魅力的にプロデュースする本を作りたい。そんな想いのもとで、まずは有志の学生が中心となって走り始めました。基本的なコンセプトは、大阪大学の知を、学生が中心になってショセキカ(書籍化)すること。しかも、書籍の企画・提案から編集作業、装丁、広報、販売まですべてのプロセスに、学生が全面的に関わっていくという、かなり珍しいプロジェクトです。

 その年の秋には授業「本をつくる」を開講し、約30名の学生が受講しました。毎週火曜日の授業では、夕方の6時から8時すぎまで、しばしば9時近くまで議論が白熱しました。11月には出版企画を決めるためのコンペを実施。4つの企画が提案され、コンペを勝ち抜いたのが、今回の「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」の企画でした。一見、馬鹿げているように見えるけれども、学問的にまじめに論じようとしてみるとものすごく面白いものになりそうだ。担当教員としてそんな予感を感じたのを、昨日のことのように思い出します。

 その後、大阪大学出版会の出版委員会などでのプレゼンを経て、2013年3月に出版が決定。授業終了後は、授業の受講生の有志を母体に、活動に共鳴した新規メンバーも加わってプロジェクトを継続してきました。そしてようやく今回、本書の出版に至ったのです。

「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」という難問に、大阪大学の誇る各分野の頭脳はどう応えるのか。「ドーナツの穴」を学問するとどうなるのか。なるほどと驚かされるもの、納得できないものなど、いろいろな出会いがあるものと思います。

「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」は、本書を読んでいただければ分かるように、答えは一つではありません。本書を読みながらぜひ自分なりの「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」について考えてみてください。

 さあ、「ドーナツの穴」の世界にようこそ。

大阪大学ショセキカプロジェクト
大阪大学全学教育推進機構 准教授
中村 征樹


【目次】

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