その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は山本康正さんの『 Google vs Microsoft 生成AIをめぐる攻防 』です。
【はじめに】
2024年2月15日に衝撃的な動画が世界中で拡散されました。なぜ衝撃かというと、一見実写に見える動画が、生成AIで作成されたと発表されたのです。このサービスはオープンAIという米国のスタートアップ組織がSORA(日本語の「空」)として名付け発表されました。
ChatGPTで2022年11月30日に世界を驚かせたオープンAIが約1年後にまたしても衝撃を与えたのです。なぜ衝撃が大きかったかというと生成AIは自然な画像は作成できても、まだ自然な動画は難しいのではとの意見が多かったからです。たしかに、よく見ると不自然に思える箇所が散見されたり、生成AIへの指示文でどこまで修正可能かは不明ですが、ぱっと見て違和感を感じるほどではありません。
世界の技術的な進化は加速度的に進んでいます。この速度が遅くなることは何らかの特別な事象が起こらない限りおそらくないでしょう。いつか、まとめて勉強して追いつこうというのは理にかなっていません。常に学び続けなければならないのです。
技術への理解の重要性は、英語に似ています。英語ができると世界が広がり、様々なチャンスも広がりますが、できなければ大きな機会損失につながります。気をつけなければならないのは、情報の非対称性が生み出すバイアス(偏見)です。
英語ができない人は、その機会損失の大きさそのものに気づかないので、正確な費用対効果(コストパフォーマンス)を算出できず、過小に英語を評価してしまうという負のスパイラルに陥ってしまいます。
技術への理解も同じことです。データは重要な資産だと聞いてピンとこなかったり、生成AIでどう生産性を向上させるかを直感的にイメージできなければ、その機会を過小評価し、いつまでも新しい抜本的な施策や体制変更を後回しにしてしまいます。
生成AIの仕組みはデータサイエンスの理解があれば格段にわかりやすくなります。データサイエンスは数学、特に確率・行列・統計の知識です。高校で学べる範囲もあります。
「高校で数学を学んでも仕事で使う機会はないから無駄だ」という意見を聞くことがないでしょうか。これは先ほどの過小評価の事例と同じことです。確率・行列・統計の知識があれば、先端の人工知能の開発に加わることができ、その知識の仕事での価値を十分に感じることができます。しかし、そもそもその土台に立つ機会は十分な数学の知識がなければ、限りなく少なくなります。
英語では通訳という手段がありました。しかし、これは長期的な解決策にはなりえません。通訳に頼りっぱなしになってしまい、国際会議で通訳を使う先進国は日本だけという状況がこの2020年代でも起こっています。人間対人間のコミュニケーションは、いかに本音を語れるかが重要な要素になっています。何気ない夕食会で、通訳を使ってでしかコミュニケーションが取れない人と、英語で十分にコミュニケーションできる人物なら、他の条件が同じと仮定すればどちらの人が信頼を勝ち取るでしょうか。今は一回の会議で100万円以上もかかる同時通訳から数万円程度で人工知能を活用した翻訳アプリに移行しつつありますが、それでも自身で喋れる方がメリットがあるわけです。
先端技術ではコンサルティング会社や外部業者に開発を外注するという手段がありますが、これは通訳と同じことです。頼りっぱなしでは、自分たちに技術のリテラシーが身につきません。あくまでも一時的な手段として活用しなければなりません。特に、開発は外注したら、そこから抜け出すことが困難になります。結局は自分たちでエンジニアを雇い、内製化し、自分たちでビジョンを提示しなければならないのです。
なぜビジョンが大事なのか。それはベンチャーを買収や提携をしようとしてみると分かることでしょう。たとえ規模が小さくとも、技術最前線のビジネスを動かしている社長は十分に技術ビジネスを見通しています。もし、その勢いある会社と提携や買収を試みたいとすると、競合する大企業は多く存在します。
大企業の部長とベンチャーの社長が話すというのは、うまくいかない可能性が高くなるでしょう。なぜなら、ベンチャーの将来がかかっている提携や買収であれば、社長が出てこない大企業を選ぶ理由はよほどの価格差がなければないからです。さらに、大企業から社長が出てきたとしても将来の技術によるビジネスの考え方が一致しなければ意義ある提携や買収には結びつきません。日本はベンチャーのイグジット(出口)として、上場と売却で言えば、大半が上場になっており、売却がほとんどありません。米国は逆に売却がほとんどです。
そのため、大企業側が技術を組み込んだビジョンを提示するメリットを感じられず、さらに負のスパイラルに陥るという構造になってしまっています。
外部から技術に詳しい人をCTO(最高技術責任者)として雇ったり、取締役会に加えるというやり方も考えられます。しかし、これだけでは大きな効果は期待できません。サッカーに例えるならば、攻撃にスター選手を迎えても、それに合わせたチームのフォーメーション(体制)に組み替えなければ十分に活躍できない状態と同じです。
既存の企業の体制は、インターネットもスマートフォンもなく、年次で出世を決めていた高度経済成長の頃のものを継承しているところがまだ多くあります。しかし、当時と今では技術進化の速度や、変化の箇所が違います。経済が右肩上がりで技術進化の速度が遅く、スマホで連絡ができなかった頃には最適だった体制は、正確性を重視した点で良かった面もあるでしょう。
しかし、技術進化の速度が速く、スマホで全社員に連絡が取れる現代において、不確実性に如何に対応するかという機敏さや、柔軟性がこれまで以上に求められるのです。その要素を考えた上で、「もし会社をイチから作り直すとすれば」まで踏まえた組織体制にしなければ、アイデアはよくとも実現にはほど遠くなってしまうでしょう。
さらに言えば、4年以内に一度は組織体制を定期的に見直すぐらいのスピード感にならなければなりません。グーグルはオープンAIなどの生成AIの勢いに追いつくために組織体制を変更しました。アップルは自動運転電気自動車の開発を断念しAIチームへ移管するという報道がされています。
組織体制はあくまでもビジネスを行うための手段であり、人事の目的になっては本末転倒なのです。いざ変わろうと思っても、普段から変化に慣れていない組織は足取りが重く、硬直化してしまっており肝心なときに必要な速度で変わることができません。100年以上の歴史を持つ写真用品大手のコダックがスマートフォンの登場によって自分たちが危機であることに途中から気づいていたにもかかわらず、結果的に破産を申請したのは変化への対応の遅さが関係しています。
運動にたとえれば、普段から声掛けだけでなく、準備運動をしておかないといけないということです。
高い頻度で組織を変えていたら「迷走している」という印象を与えるかもしれないと危惧する方もいるでしょう。それは誰にメッセージを届けるかを考えなければなりません。日本企業であれば、同規模の他の日本企業ではありません。企業がメッセージを届けるべきなのは顧客であり、投資家であり社員です。投資家であっても現在の投資家だけでなく、将来の投資家へのメッセージが大きな影響を持つでしょう。日本では理解されなくとも、海外の投資家は面談などを通じて細かくリサーチをしています。世界基準でのテクノロジーの変化の流れに自社の強みをどう活かすかということを論理的に説明し、そのために必要な試行として頻度の高い組織体制の変更を説明することができれば新たな投資家を惹きつけることができます。
その上で、「日本のデジタル化は遅れている」というのは、コロナ禍前から言われてきたことでした。英語化が遅れていることと同じです。しかし、英語と違うのは事態はさらに深刻化していることです。現在の日本はすでに「アルゴリズム敗戦」に突入していると言えるでしょう。
アルゴリズムとは問題解決のための計算・処理方法です。どのように論理的に思考すれば効率よく問題を解決できるのか。最新テクノロジーを活用して効率的にゴールに到達できるのか。
GAFAMと呼ばれるビッグテックに代わり、より正確で、より効率的なアルゴリズムを見出したことで価値を発揮する新しい企業群であるGOMA(Google,OpenAI,Microsoft,Anthropic)が話題になっています。デジタルの先端と言えるアメリカで熾烈なアルゴリズムの競争が起こっている中、日本は残念ながらその競争の入り口であり、前提条件であるデジタル化で躓いている状況と言えるでしょう。
しかし、変化に乗り遅れたからといって、追いつけないわけではありません。かつてマイクロソフトは、「Windows」によってPCのOSで圧倒的シェアを収めながらも、2000年代以降はモバイル化・クラウド化の波に乗り遅れて失速しました。創業者であるビル・ゲイツ氏の後継として2代目CEOになったスティーブ・バルマー氏が、テクノロジーのトレンドを読み違えたのです。窮地を救ったのは2014年に3代目CEOに就任したサティア・ナデラ氏でした。ナデラ氏はマイクロソフトがそれまで固執してきたライセンスビジネスに見切りをつけました。「独占」「内製」を主軸にしてビジネスを展開していくことは、もはや不可能に近いと悟ったのでしょう。近年はオープンAIと提携することで、生成AIブームにも見事に乗っています。
このように様々なベンチャーと提携するオープンイノベーションの体制に切り替え、売り切りのソフトウェアからサブスクリプション(定期購買)へビジネスモデルを刷新したこともあり、株価は新体制以降に10倍以上になり、アップルを抜いて上場している企業で世界最大の時価総額に返り咲きました。
マイクロソフトの例からもわかるように、アルゴリズムの世界の競走においてはオープンイノベーションへのシフトが成功の鍵を握っています。生成AIの未来を握るGOMAの4社間などでトップ人材が流動的に行き交っている様子を見ても、それは明らかでしょう。
オープンAIが2024年2月に公開した動画生成モデル「SORA」の高いクオリティを見て、自著『2025年を制覇する破壊的企業』で予測した未来が予想よりも少し早く到来していることを実感しました。生成AIが話題になった当初、「動画はさすがに難しいはずだ」と予測していた専門家の多くは、SORAの精度の高さ、違和感のなさに驚きを感じています。オープンイノベーションがテクノロジーの進化を加速させているのです。
では、アルゴリズム敗戦を迎えた日本企業は、ここからどうすればトレンドの波に追いつけるのでしょうか。
ここまで差をつけられた以上は、多少なりとも大胆な手を取らなければトップ企業には到底追いつけなくなりつつあります。一歩ずつ堅実に積み上げるのはもちろんですが、同時に後発性の利益とも言われるカエル跳び(リープフロッグ)で数段抜かして一気に最前線に追いつくビジネスモデルを取り入れる必要があります。
過去の試行錯誤を飛び越えて、先端の答えは見えつつあるため、それを確信を持って自分の戦略に取り込めば時間が節約できるのです。例えば、アラブ首長国連邦などの海外政府系機関はいち早く先端の海外企業や大学と提携しAI技術開発センターを開設し、大規模投資をしつつ27歳のAI担当大臣を任命しています。
日本企業は自分たちがどれだけのデータを手にしており、またどう活用していくべきか、との問いにもあらためて立ち戻るべきです。
「データは新しい石油」という表現がありますが、石油と違う点が多々あります。実際には、ただ扱えるデータが多ければ良いというわけではありません。日本の検索エンジン市場においてヤフーがグーグルに敗北したのは、把握していたデータ量の差ではありませんでした。ヤフーよりもグーグルのほうが、よりよいアルゴリズム、使い勝手の良いサービスを開発できたことも大きく関係しています。ビジネスの鍵を握るのは最終的にはアルゴリズムです。アルゴリズムを洗練させるためにデータ活用が重要になるという順序です。その洗練させるためのデータは、単に量よりも「頻度」や「鮮度」が重要になってきます。
イーロン・マスク氏がツイッター(現:X)に目をつけたのも、フレッシュな情報がリアルタイムで大量に流れてくる場だったことも関係しています。より新しいデータを高頻度に入手し続けること、その先に人工知能を活用するビジネスの可能性が開けることをマスク氏は十二分に理解しているのでしょう。もはやデータは事業を守り続けてくれるモート(moat:堀)にはなりづらく、それよりも高性能なアルゴリズムを実現できる半導体を含めた計算環境や、高度なモデルを構築できる人材がビジネスの差別化の要因として大きくなりつつあります。
トレンドが移り変わるスピードは、人類史上いまが最も速いでしょう。一時期、日本でも流行した遺伝子検査サービスは、各社とも苦境に陥っています。米トゥエンティー・スリー・アンド・ミーは株価が1ドルを下回り、上場廃止が見込まれています。ソフトバンクグループが投資した米インビテは、一足先に破産申請が報道されました。遺伝子検査のようなタイプのビジネスは一見、貴重なデータに見えますが、ビジネスモデルにおいては「一回検査をして取得したデータをどう活用するか?」という考え方を取ると、一回きりの購買のビジネスモデルになり、定期購買のような形になりづらくなります。メディアでの論調にだけ流されると、その違いに気づきにくくなるのです。
よりよいアルゴリズムをつくれたものが生き残る。企業も、そして個々のビジネスパーソンもある意味、ビジネスにおいては最適解を追い求め続けています。その最適解は環境によって常に変動し続けます。
生成AIの覇権争いが熾烈化している現在は、インターネット黎明期の有り様によく似ています。新しい技術をどこまでどう規制していいかは、どの国も手探り状態です。一方で、混沌として評価が定まらない黎明期だからこそ、目を凝らすだけでなく、アクションを複数回起こしたものが次のビジネスモデルの最適解をつかみやすくなります。検討を重ねて1回でチャンスを掴もうとするよりも、複数回アクションを起こし、そのうちの一つでも大きくなれば良いという、ベンチャー投資に通じる精神が必要になってきます。
新しいテクノロジーにキャッチアップし、データやその背後にあるアルゴリズムを見極め、自らの手を動かして活用していく。テクノロジーを知ることでしか、ビジネスの未来を切り開けない時代を私たちは生きています。
2024年4月
山本康正
【目次】




