その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は山口真由さんの『 挫折からのキャリア論 』です。

【プロローグ】

 この本が生まれたきっかけは、2022年6月、WEBメディア「日経xwoman(クロスウーマン)」に掲載された2本のインタビュー記事でした。そのインタビューで、社会人になってから最初の数年間に経験した2つの大きな失敗について話しました。送られてきた原稿を読んでみると......、当時を思い出してつらくなり、自分でも泣いてしまうほど赤裸々に失敗が書かれていて(まぁ、すべて自分で話したことだったのですが)、ほぼ修正せず、そのまま公開してもらいました。

 それがうれしいことに(お恥ずかしいことに?)SNSでどんどん拡散され、性別や年代を超えて、多くの方々にお読みいただけたと知りました。SNSを見てみたところ、私の経験談を前向きに受け止めてくださった方々から寄せられた温かいコメントの数々。とてもうれしかったです。

 失敗談をあそこまで詳しく話したのは初めてで、どんな反応が返ってくるか、正直、とても不安でした。

 SNSに書き込まれたコメントには「山口さんが最初の職場でもう少し辛抱して頑張っていたら、ちゃんと活躍できる人になっていたはず」といった励ましのメッセージもあり、「当時の私にこんなふうに助言してくれる人が一人でもいたら、私の人生は変わっていたかもしれない」と心の底から思いました。

 若かりし頃の私は孤独で、苦しんでいました。

 そして、今、思うことがあります。

 私のまわりには仕事で活躍している女性がたくさんいます。彼女たちを見て少し気になるのが、多くの人が「私には女性のロールモデルがいない」と口にすること(「男性のロールモデルならいる」と言う方はいます)。その一方で、若い世代の育成に注力する人があまりいないように見えることです。「後輩とごはんを食べに行く時間があったら、同世代や先輩、上司と行きたい。そっちのほうが得るものがあるし……」と、本音を打ち明けられたこともあります。

 私もほかの皆さんをとやかく言えるわけではありません。何を隠そう、私自身、後輩の育成に全く関心がない時期がありました。でも、そんなことは思い切り棚に上げて、自戒の念も込めて、お話ししたいことがあるのです。

 今、「女性のロールモデルがいない」と嘆いている女性の皆さんは、果たして下の世代の女性たちにとってのロールモデルになることができているでしょうか。なれていない可能性が高いかもしれない、と私は思うのです。新人時代の私が、上の世代の女性たちを見てそう感じていたように。

 私は職場にいた女性の上司や先輩に対して、もっと自分の「弱み」を見せてほしいと思っていました。当時の上司や先輩に対して「冷たくて合理的で強すぎる」という印象を持つことが多かったのです。

 私自身、テレビなどのメディアを通して私を見てくださる方々から「山口さんは(性格が)強めですよね」とよく言われます。皆さんも、もしかしたら「山口真由=強い人」というイメージをお持ちかもしれません。

 でも、この1冊をお読みいただけたら、皆さんに自信を持って「山口さんは弱いところがいっぱいありますよねっ!」と言っていただけるようになるぐらい私の話を開示していきますが、私は、めっちゃめちゃ「弱い人」です(この本は、初公開の恥ずかしい話、涙なしには読めない話、盛りだくさんです。期待してくださいね。フッフッフ)! 私も自分の弱さをまわりに十分開示してきたとは言えないでしょう。

 だからこそ、この本では、私の失敗談を「これでもか!」というほど紹介します。

 そして、単なる失敗談にとどまらず、もう少し広がりのある本として世に出したいとも思っています。

 私には自分より上の世代の方々に対して「ロールモデルを提示してもらえなかった」「男性なら当然のようにあったと思われる、組織内の派閥に入れてもらったり、その中で引き上げてもらったりするというシステムを提示されなかった」という不満があります。派閥づくりは、そもそもいいことか、悪いことか、賛否両論あると思いますが、いずれにせよ、女性の部下が女性の上司からかわいがられて飲みに連れていってもらったり、いろいろ助言をもらったりするという話はあまり聞きませんでしたし、少なくとも私は一度も経験しませんでした(私が知らないだけで、積極的に実践している方はいるかもしれませんが)。

 最近でこそ、社内外で役員や上級の社員がほかの社員のメンターになるという話も耳にするようになりました。でも、実際は「勤務先に依頼されたから」「勤務先にメンター制度が設けられたから」といった理由で引き受けている場合が多く、制度も何もないところで、自発的にメンターを買って出ている人はそこまでいないのではないかと思います。

 とにかく、私のまわりにいる女性たちの後輩育成に関する興味が、概して薄いような気がしてならないのです。

 もしかしたら、お子さんをお持ちの場合は子育てで忙しく、職場の後輩とごはんを食べに行くような時間や気持ちの余裕を持てないのかもしれません。ご家族の介護で大変な方もいらっしゃるでしょう。一般的に、日本ではまだ男性より女性のほうが家事・育児・介護に割く時間が長く、夫のほうには職場の後輩を育成する時間や余力があっても、妻にはないのかもしれない。

 また別の視点から見れば、従来型の日本の職場では、女性はまだ少数派であることが多く、時にキャットファイト(女性同士の取っ組み合いのけんか)のような振る舞いを周囲からけしかけられてきた面があるとも感じます。私自身がそうでした。

 また、女性はよくインポスター症候群(自分を過小評価してしまう心理傾向)になりがちと言われます。これは女性の特性だから仕方がないと説明されることが多いですが、私は、女性が自信を持てないことの根拠を、女性の内面に理由付けるという考え方に納得できません。

 本来であれば職場の女性たちは、もっと互いに助け合い、支え合っていける存在であるはず。それなのに、女性の間にある「連帯」が何かによって断絶されているような気がします。だとすれば、私たちがもっと互いの弱さを開示して手を取り合っていくことで、職場でもっと違う振る舞い方ができるようになるのではないだろうか。私はそう考えています。

 従来の組織であれば、職場がメンバー一人ひとりをケアしなくても、多くの人が組織の「ジャングルジム」を自力で登っていけたのでしょう。でも、私にとっては、「ジャングルジムから自分がらくご(落後)するかもしれない」ということが最大の恐怖でした。ミスをしたときに「あなたはらくごしたわけではない。あなたが悪いわけではない」と手を差し伸べてくれる人が一人でもいたら......、どこかに何らかのセーフティーネットが張られていたら......、私の過去は違っていたかもしれないと思います。

 今、仕事で活躍している女性たちが、自分が過去に経験した失敗談をうまく開示して、それを下の世代に提示してくれることを祈ります。私がこの本を出すのも、その試みの一つです。ロールモデル不在と言われているこの時代、私の拙い失敗が(失敗に巧拙があるのか分かりませんが)下の世代にとってのセーフティーネットになればいいな、という願いを込めて。

山口 真由


【目次】

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