その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は武藤滋夫さんの『 解いてマスター ゲーム理論 』です。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
本書は,「ゲーム理論」の入門書です。ゲーム理論もポピュラーになりましたから,既にどこかでゲーム理論という言葉を目にされたことのある方も多いと思います。
ゲーム理論というのは,簡単にいってしまえば,複数の意思決定主体が存在する状況における意思決定の理論です。複数の意思決定主体が存在しますから,たとえ自分の採る行動が同じであっても,他の人々の採る行動によって結果は違ってきます。
したがって,他の人々がどのような行動を採るかを常に考慮に入れながら自らの行動を決定していかなければなりません。まさに,囲碁・将棋・チェス・ボードゲーム・対戦型のオンラインゲームなどの日常のゲームと同じです。このような状況を,ゲーム理論ではゲーム的状況とよんでいます。
われわれの社会は人と人の関係から企業,国家などの組織と組織の関係に至るまで,さまざまなゲーム的状況にあふれていますから,ゲーム理論はただちに経済学,経営学,社会学,政治学,心理学など人文社会科学の諸分野に浸透していきました。現在では,ミクロ経済学はゲーム理論なしには語れないといっても過言ではありません。
そして,生物学,情報科学,経営工学,社会工学,オペレーションズ・リサーチ,交通工学,通信工学などの理工学の諸分野にもゲーム理論は大きな広がりを見せています。
ゲーム理論がこのような展開を見せる中で,「ゲーム理論は難しい」という言葉をよく耳にします。確かに,ゲーム理論は数理的な理論ですから,数式がよく出てきます。数式が多いということがゲーム理論は難しいという原因になっているのかもしれません。
数式だけが問題なら,苦手な方は読み飛ばしていただければよいのですが,ゲーム理論を難しく感じるのは,どうも数式だけが原因ではないようです。ゲーム理論の違った観点からの難しさを耳にすることがあります。他の人々の動きを考慮しながら自分にとって最適な意思決定を行うという概念的な難しさです。
経営工学やオペレーションズ・リサーチなどの分野でも意思決定を扱いますが,そこでは他の人々など外部の動きはすべて確率的に扱ったうえで最適な意思決定を考えることが一般的です。しかしながら,他の人々もそれぞれの意思を持って行動しているわけですから,それでは不十分ではないでしょうか。では,どうやって他の人々の動きを考慮したうえで意思決定をしていくか,そこにゲーム理論の概念的な難しさがあり,でもだからこそ,他の学問にはないユニークなおもしろさがあるのです。
本書では,ゲーム理論の基本的な考え方,そしてそのおもしろさをできるだけ平易に解説し,皆さんにゲーム理論は決して難しくないことを知っていただこうと思っています。
同じ気持ちを持って,2001年に日本経済新聞社から『〈日経文庫〉ゲーム理論入門』を出版しました。それ以来,既に四半世紀が経ちました。幸い多くの読者の方からご好評をいただき,多くのコメントもいただきました。何人かの方からは「改訂版を出さないのですか」というお問い合わせもいただきました。
この四半世紀の間,ゲーム理論の基礎的な理論には,大きなブレイクスルーはなかったといってよいのですが,応用面では,オークションの設計,マッチングによる人材の配置,機械学習による予測モデルの評価など実地への適用が広い分野で見られるようになってきました。
『〈日経文庫〉ゲーム理論入門』出版時にお世話になった日経BPの堀口祐介さんから,3年前に,改訂版ではなく,もう少し分量を増やし広い層の読者を対象とするゲーム理論の入門書の企画のお話をいただきました。大学の管理・運営などの仕事が一段落するのを待っていただいたのではないかと思います。
東京理科大学を退職して大学の仕事も一段落し,ちょうどその年に,放送大学の東京渋谷学習センターから「ゲーム理論」の非常勤講師のお話をいただいたこともあり,放送大学での講義ノートをまとめて応用例の解説を増やした入門書を執筆することにしました。
放送大学の受講生の皆さんは,幅広いバックグラウンドをお持ちです。若い方からシニア層まで,第一線で働いておられるビジネスパーソンの方もいらっしゃいます。授業も「ライブWeb授業」というオンラインでの双方向授業で,放送大学では新しい試みでした。
東京理科大学在籍時に,コロナ禍の影響でオンライン授業のコンテンツを作ってあったとはいえ,受講生の方々の学習意欲は高く,「いまの説明はよくわかりません」「その例は実際にはありえないと思います」などの質問が,チャット,マイクを通して次々に寄せられます。それまでの大学の授業では経験したことのない緊張感でした。
放送大学の東京渋谷学習センターの方々も新しい試みを成功に導くべく,授業中の質問が出やすいように工夫してくださり,私の講義スライドに難しすぎるところはないか前もってチェックしてくださいました。
そんな,放送大学での講義スライドをもとに,ゲーム理論に関心をお持ちのさまざまな方に読んでいただけることを第一に考えて本書をまとめました。各章とも事例から始め,説明も抽象的な議論や数式は極力避けて,具体的な数値を使い「+-×÷」の計算を中心にしました。また,プレイヤーの人数も少なくし,ほとんどのところは2人,3人といった少人数の場合で説明しました。さらに,私自身がこれからのゲーム理論に必要不可欠であると思っている「実際の問題解決への適用」の事例を,紙幅の許す限り取り入れました。
本書をお読みになって,ゲーム理論の考え方,おもしろさをわかっていただき,本書を第一歩としてゲーム理論の世界へと進んでいただければ,私にとってこの上もない幸せです。
本書は,放送大学における講義スライドをもとにしていますが,それだけでなく,これまで勤務した東北大学,東京都立大学,東京工業大学(現 東京科学大学),東京理科大学,そして非常勤講師として授業を行った早稲田大学,慶應義塾大学,石巻専修大学などにおけるゲーム理論の講義ノートの内容,そして最近のトピックを付け加えています。
これらの大学で私の講義を受講してくださった皆さん,そして,本書をまとめるにあたって,それぞれのご専門の立場から貴重なコメントを寄せてくださった渡邊直樹さん(慶應義塾大学教授),鈴木明宏さん(山形大学教授),福田恵美子さん(東京科学大学准教授),篠潤之介さん(早稲田大学准教授),岸本信さん(千葉大学准教授)に感謝いたします。特に,福田さんには本書の構成について,また,岸本さんには本書の最終稿について,鈴木さんには校正の際にていねいなコメントをいただきました。また,これからのゲーム理論について現在も楽しく語り合っている,東京工業大学時代をともに過ごした岡田章さん(一橋大学名誉教授),船木由喜彦さん(早稲田大学教授)に心から感謝いたします。
最後になりましたが,日経BPの堀口祐介さんには,本書の企画の段階から完成まで大変お世話になりました。本当にありがとうございました。
2026年4月 武藤 滋夫
【目次】




