その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はエリック・リース(著)、井口耕二(訳)、福島良典(解説)の『 リーン・スタートアップ 新装版 ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす 』です。「はじめに」の一部を抜粋してお届けします。
【はじめに】
こんな話など、すでにご存じだろうか。優秀な大学生が寮の一室で新たな未来を拓こうとする。新技術に夢中で限界など気にもしない。若者らしい熱意で会社を設立。順調に滑り出し、資金の調達とすばらしい製品の開発にも成功する。友だちを雇い、スーパースターのチームを作り、オレたちを止められるものなら止めてみろと世界に挑戦状を突きつける。
10年前、私もそういう人間で、自分にとって初めてのスタートアップを切りまわしていた。そのころのことで、いまもよく覚えている瞬間がある。この会社は倒産すると気づいた瞬間だ。会社を一緒に立ち上げた友だちも私も次に打つべき手に窮していた。ドットコムバブルが崩壊し、資金が底をついた。必死で資金調達を試みたが駄目。ふたりは雨が降る道で言い争っていた──ハリウッド映画なら別れのシーンになりそうな情景だ。その場所からどちらに行くべきかにさえ合意できず、怒りを胸に、お互い相手に背を向けて歩き去った。雨の中、何をすべきかもわからず別れた我々は、崩れていく会社の姿そのものだと言えた。
あのころはつらかった。会社は、その後、何カ月かよろよろと続いたが、先の見通しは立たなかった。すばらしい製品に優秀なチーム、目の覚めるような技術、そして、時代の要請にかなった着想と、全部がきっちりそろっていると思っていたのに。事業のアイデアはいまふり返ってもよかったと思う。学生がプロフィールを書き、オンラインで就職先にアピールできるようにしようとしていたのだ(おっと、ここまでばらすことはなかったか……)。このアイデアはたしかによかったが、それでも、我々の前には失敗しかありえなかった。なぜなら、そのようなアイデアを核にすごい会社を作るために必要な方法論を知らなかったからだ。
こういう失敗をしたときどう感じるのかは、経験した人でなければ本当にはわからないかもしれない。自分の足元から世界が崩れていくように感じるのだ。「だまされた!」とも思う。雑誌に書かれていることなんかうそっぱちだ──あきらめず一生懸命がんばっても成功しないのだ。それだけではない。社員や友人、家族に対して約束したたくさんの、本当にたくさんのことが何一つ実現しないのだ。周りからは、それみたことか、起業なんてバカがやることだと思われてしまう。
こんなはずじゃなかったとも思ってしまう。雑誌でも新聞でも、人気の映画でも、そして、数えきれないほど多くのブログでも、アントレプレナーとして成功する方法が喧伝されている。強い意志と才気、適切なタイミング、そして何よりすごい製品があれば、誰でも富と名声を手にできる、と。
こういう夢を強力に売り込む人々がいるが、それは一部のみを取り上げた後講釈であり、鵜呑みにしてはいけない。私は何百人ものアントレプレナーと仕事をしてきたが、その結果、順調な滑り出しから失敗するケースを数多く見てきた。それどころか、現実は、スタートアップのほとんどが失敗するのだ。新製品のほとんどが成功しない。ベンチャーのほとんどが実力を発揮できずに終わる。
それでもなお、不屈の努力に創造的な才能、勤勉などがよく話題に上る。なぜ、こういう話が好まれるのだろうか。現代版成功物語には人々を強く惹きつける何かがあるからだ。しかるべきものが揃っていれば成功するのが当たり前だと思えるからかもしれない。細かなこと、おもしろくもないこと、ちょっとした判断はいずれもさまつで取るに足らない。「作れば皆がやってくる」なのだ。失敗しても(ほとんどの人が失敗するのだが)言い訳ができる──しかるべきものを用意できなかったからだ、と。先見の明が足りなかった、あるいは、時と場所をまちがえていた、と。
アントレプレナーとして10年あまりの経験を積んだ結果、私は、こういうふうに考えるのはまちがいだと思うようになった。自分自身の成功と失敗から、また、ほかのアントレプレナーたちの成功と失敗から、おもしろくないことこそが大事なのだとわかったのだ。スタートアップは遺伝子が優れていれば成功するものでもなければ適時適所で成功するものでもない。正しいやり方で進めるからこそ成功するのだ。それはつまり、やり方を学べるということであり、また、やり方を教えられるということでもある。
起業とはマネジメントの一種である。読みまちがいではない。「起業」と「マネジメント」はいずれもさまざまな意味で使われる言葉だが、最近のイメージは、一方はかっこよくて革新的、もう一方は退屈・まじめで刺激がないというものだ。そういう先入観は捨ててしまおう。
さきほどとは別のスタートアップについても紹介しよう。2004年のことだ。とある事業に失敗した人々が別の会社を設立。前の失敗が大きく報道されたため信用はとても低かったが、並外れたビジョンがあった。アバターという新技術を使い、コミュニケーションの方法を変えようというビジョンだ(ジェームズ・キャメロンのヒット作、『アバター』が制作されるより前の時代である)。ビジョナリーとして皆を率いていたのはウィル・ハーベイで、彼は、アバターを使ってオンラインで友人とつながれば、匿名性で身の安全を確保しながら親密な関係が結べるという魅力的な絵を描いた。普通ならアバターのデジタル生活を彩る服や家具、アクセサリーなどは全部を自作しなければならないが、ハーベイは利用者間で売買できるようにすればいいと考えた。
そのような世界を実現するのは大変だ。作らなければならなかったものは、仮想世界にユーザー生成コンテンツ、オンライン商取引エンジン、小額決済、そして、当然ながら、どのようなパソコンでも動く3Dアバターの技術である。
実は私も、共同創業者として、また、最高技術責任者として、この会社(IMVU)に関わっていた。私も仲間もこのころはまだ経験が浅く、何をどうすべきなのかがわかっていなかった。だからまちがいばかりをしてしまった。じっくり時間をかけて技術を完成すべきだったのになんとか動くだけのものを製品にしてしまった。時期尚早なひどい製品だ。バグだらけだし、安定性も悪く、マジでコンピューターをクラッシュさせることが多かった。製品ととても言えない状態で提供してしまったのだ。しかも有料で。そして、ある程度の顧客を確保したあと、普通では考えられないほど頻繁に製品の改訂を行った。毎日、何十回も新バージョンをリリースしたのだ。
早期についてくれた顧客もそれなりにいたので(未来を見て他人より早く手を出すアーリーアダプターたちだ)、彼らにたびたび意見を求めた。でも、ユーザーの意見は断固として取りいれなかった。製品や全体的なビジョンに対する情報源のひとつという位置付けでユーザーの意見を見ていたからだ。それどころか、ユーザーの希望を満たすより、ユーザーで実験をしてみることのほうが多かった。
普通、このようなやり方はよくないと言われるのだが、実際にはこれがうまくいった。別に信じてもらえなくてもかまわない。本書を読んでいただければわかるが、IMVUで我々が始めたやり方が最近は新しい起業方法として世界的に人気を集めているからだ。このベースには、リーン生産方式やデザイン思考、顧客開発、アジャイル開発など、従来から活用されてきたマネジメントや製品開発の手法がある。ただ、イノベーションを継続的に生みだせるアプローチである点が新しい。これが、リーン・スタートアップ(Lean Startup)と呼ばれる手法である。
事業戦略や企業トップの資質、次なるブームの探索方法などについては数多くの書物が書かれているが、それでも、イノベーターは自分のアイデアをなかなか実現できない。そこにフラストレーションを感じたから、我々はIMVUでまったく新しい方法を試みた──サイクルタイムが極端に短い、顧客の望みを中心とする(顧客から望みを聞くわけではない)、意思決定を科学的に行うといった特徴を持つ方法である。
リーン・スタートアップの起源
私は子どものころからコンピューターのプログラミングをしていたタイプであるため、起業やマネジメントについては遠回りな検討をしてきた。どうしても製品開発側に立って考えてしまうのだ。マネジメントや販売はパートナーや上司の担当で、私のような人間は技術や運用といった仕事に注力する。そして、必死にがんばった製品が市場で悲惨な結果に終わるという経験をくり返してきた。
初めのころ、これは技術的な問題であり、技術的に解決できるはずだと私は考えた。自分の専門がそちら方面であったからだろう。アーキテクチャーを改良すればいいのではないか、処理方法を改良すればいいのではないか、修練や集中、製品ビジョンなどで解決できるのではないか──そう考えたのだ。しかし、何をしても失敗ばかりが積み上がっていく。だから手当たり次第に本を読んだ。シリコンバレーでもトップクラスの人を何人かメンターとすることにも成功した。そして、IMVUの創設に参画するころには、会社の新しい作り方に強い興味を持つようになっていた。
幸いなことに、IMVUを一緒に設立した仲間も新しい方法を試してみたいと思っていた。皆、過去の失敗から伝統的な考え方に嫌気がさしていたのだ。スティーブ・ブランクが投資家として、また、顧問として参画してくれたのも幸運だった。2004年は、スティーブが新しい考え方を提唱しはじめたころだった。スタートアップの場合、エンジニアリングや製品開発と同程度に事業部門やマーケティング部門も重視すべきであり、よって、その方法論も同程度に的確でなければならないという考えだ。私は、彼が「顧客開発」と呼ぶこの方法を道しるべにアントレプレナーとしての業務に励んだ。
そのころ私はIMVUの製品開発チームを率いていたが、そのやり方は、前述したように一風変わっていた。過去に学んだオーソドックスな製品開発理論では論外とされるような方法だが、実際にやってみるとうまくいく。ところが、それを新入社員や投資家、他社の経営者に説明しようとしてもなかなか理解してもらえない。うまく表現する言葉もなければ理解の基礎になる原理も確立されていなかったからだ。
自分の体験を説明できる考え方を、私は、起業という枠の外に求めることにした。他の業界について学びはじめたのだ。重視したのは製造業。ここから最新のマネジメント理論が生まれているからだ。そして、日本のトヨタ生産方式から始まったリーン生産方式に出会った。物品製造のまったく新しい考え方だ。リーン生産方式に出てくる各種の概念をうまく応用すれば、起業に伴うさまざまな問題を解き明かすことができる。
こうして生まれたのが、リーン・スタートアップである。無駄を排除するリーンな考え方をイノベーションに応用しようというわけだ。
IMVUは大成功した。顧客が生成したアバターは6000万以上。2011年時点で、年商は5000万ドル以上で利益も出ているし、カリフォルニア州マウンテンビューで働く社員は100人を超えている。IMVUの仮想物品は(当初、このような考え方はリスクがあまりに高いと思われたが)600万種類を超えているし、毎日、7000種類以上が追加されている。もちろん、そのほとんどは顧客が作ったものである。
この成功をうけ、私は、他のスタートアップやベンチャーキャピタルからアドバイスを求められるようになった。しかし、IMVUにおける経験を伝えると、ほとんどの場合、びっくりされたりまさかという顔をされたりした。一番多かったのは、「そんなやり方でうまくいくはずがない!」という反応だ。つまり、シリコンバレーというイノベーションの中心地においてさえ、私の経験はあまりに常識外れで受けいれられるものではなかったのだ。
そのような状況で、私はまず、「スタートアップの教訓(Startup Lessons Learned)」というブログを書きはじめた。また、企業やスタートアップ、ベンチャーキャピタルを対象に講演をしたり会議で発表したりして、聞く耳を持つ人に話をして歩いた。そうして自分の経験を説明し、その正当性を論ずることにより、また、他のライターや理論家、アントレプレナーとの協力を通じ、私はリーン・スタートアップの理論に磨きをかけていった。私としては、自分が目にする膨大な無駄をなくせる方法をみつけたかったのだ。誰も欲しがらない製品を作ってしまうスタートアップや陳列棚から外されてしまう新製品、実現されずに終わってしまう無数の夢といった無駄を。
リーン・スタートアップという考え方は、次第に、世界的なうねりとなっていった。アントレプレナーが集まる小規模な勉強会が各地に立ち上げられた。現在、実践のコミュニティーが世界各地100カ所以上も設置されている。その結果、私も世界各地を旅して歩くことになったが、そのいずれでも起業ルネッサンスが興りつつあると感じられた。成功する企業を立ち上げられる新しい方法が強く求められており、このリーン・スタートアップ活動は、そのような方法を求める新世代の起業家に新たな道を拓くものになっているのだ。
私はハイテクのソフトウェア業界で起業したわけだが、活動は他の業界にまで大きく広がっている。リーン・スタートアップという考え方は、あらゆる業界で活用されているのだ。私が一緒に仕事をしたアントレプレナーだけでもあらゆる業界、あらゆるサイズの企業をカバーしているし、政府関係でも活用例がある。この活動を通じ、私は、思いもしなかったところを訪れる機会を得た。世界有数のベンチャーキャピタルからフォーチュン500企業の役員会、米国防総省(ペンタゴン)などだ。いままでで一番緊張したのは、米国陸軍の最高情報責任者にリーン・スタートアップの説明をしたときである。三つ星記章をつけた中将が相手だったのだ(念のため申し添えておくと、彼は、私のような民間人からであっても新しい考え方を積極的に取りいれようという姿勢を持っていた)。
私はやがて、リーン・スタートアップ活動に集中すべきだと考えるようになった。そうすれば、世界各地で生みだされる革新的な製品の成功率を高められると思ったからだ。その成果が、いま、あなたがお読みの本書である。
リーン・スタートアップ方式
本書が対象としているのは、アントレプレナーおよびアントレプレナーに責任を問う立場の人々である。本書は以下に示すリーン・スタートアップの5原則を3部構成で説明する。
1 アントレプレナーはあらゆるところにいる。スタートアップだからガレージが職場でなければならないわけではない。本書におけるスタートアップとは、とてつもなく不確実な状態で新しい製品やサービスを創り出さなければならない人的組織を指す言葉であり、そこで働く人は皆アントレプレナーである。だから、アントレプレナーはあらゆるところにいる。また、リーン・スタートアップという方法はあらゆる業界・セクターにおいて、また、大企業を含むあらゆるサイズの企業において活用可能である。
2 起業とはマネジメントである。スタートアップとは製品ではなく組織である。だから、先行きの不透明性という状況に即した新たな経営方法が必要になる。詳しくは後述するが、「アントレプレナー」とは、イノベーションで成長していこうと考える近代企業に必須の職種だと私は考えている。
3 検証による学び。スタートアップの存在意義は、モノを作る、お金を儲ける、顧客にサービスするなどだけではない。どうすれば持続可能な事業が構築できるのか、それを学ぶこともその意義である。この学びは、ビジョンの要素ごとに確認実験を行い、科学的に検証することができる。
4 構築─計測─学習。アイデアを製品にする、顧客の反応を計測する、そして、方向転換(ピボット)するか辛抱するかを判断する──これがスタートアップの基本である。だから、スタートアップを成功させるためには、このフィードバックループを順調に回すように社内の仕組みを調整しなければならない。
5 革新会計(イノベーションアカウンティング)。起業成果を高めたり、イノベーターに責任を持たせたりするため、アントレプレナーは、おもしろくない部分に注力する必要がある。進捗状況の計測方法やチェックポイントの設定方法、優先順位の策定方法などの部分だ。そのためには、スタートアップ──およびスタートアップに責任を問う立場の人々──に適した会計手法が必要である。
(以下略)
【目次】






