その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はステファン・バックマン、エイプリル・ジュヌビエーブ・トゥーホルキー(著)、片山美佳子(訳)の『 驚異の隠し部屋 世界各地の内緒の部屋・秘密の抜け道・迷宮・秘宝 』です。

【はじめに】

 1996年、ペルー高地のティティカカ湖の近くを訪れたハイカーが、赤い石の崖に刻まれたドアを発見した。ドアには蝶番(ちょうつがい)や取っ手もなければ、隙間もない。地元の人によれば、それは「神々の門」であり、黄金の円盤を石の割れ目に差し込まなければ開かないのだという。ドアの向こうは、インカの神々と精霊が住み、延々と宴が続く死後の世界だ。

 ヨーロッパ南部とアフリカ北部には、こうした開かずの扉がさまざまな場所──エトルリア人の墓、古代エジプトの壮麗な葬祭殿、サルディーニャ島にある草で覆われた青銅器時代の墳丘墓の下など──に点在している。『不思議の国のアリス』に出てくるような、手のひらサイズの小さなドアもあれば、高くそびえる壮麗なドアもある。また、古代の石にラピスラズリや深紅の顔料で描かれ、今では色が剝がれ落ちているものもある。

 こうした偽扉(ぎひ)については、ペルーからエジプトまで世界中どこであろうと、宗教上はだいたい同じ説明がなされている。死者がこの世に戻ってきて、供物を楽しむための出入り口だったというのだ。心理学的な観点からは、もう少し生きている側に寄り添う、心に響く解釈がされている。扉は、残された人々の心を慰めるために作られたもので、人生の苦痛や苦悩、最期の時を乗り越えて死者がたどり着く場所を思い浮かべるためのものだったという。まるで扉が、「鍵がかかっているので、開けることも向こう側を見ることもできない。だが、想像することはできる」と言っているように、人々は思っていたのではないだろうか。実際、世界中の国々や文化の人々が、死後の世界への想像を巡らしてきた。

 鍵のかかった扉を見つけたら、その向こうに何があるのかと興味を抱き、秘密に出合えば真相を知りたくてたまらなくなるのは、人間の性(さが)だ。アリスが、白い兎(うさぎ)を追って穴の中に入っていき、底の通路にたどり着くと、鍵がかかったたくさんのドアとともに1つのとても小さなドアがあって、「鼠(ねずみ)の穴とさして変わらない小さな通路に続いていた。アリスがひざまずいてのぞき込むと、通路の先には見たことのないような素敵な庭がある。アリスは暗い廊下の外に出て、色とりどりの花壇や、涼しげな噴水の周りを散歩したくてたまらなかったが、ドアには頭すら通らなかった」。

 あなたも本書の冒頭の一文を読んだとき、そんな熱い好奇心が心の中で渦巻いたに違いない。ペルーの崖に刻まれたドアについてもっと知りたくなったはずだ。誰がどうして作ったのか。そして何よりも、その向こうには何があるのか。おそらくあなたは、その答えを想像し始めたことだろう。地下都市、秘密の神殿、財宝でいっぱいの秘密の墓などが脳裏に浮かんだかもしれない。そんな飽くなき好奇心と、たくましい想像力は、人間ならではの特性だ。隠されているものがあれば、見つけ出さなければならない。見つからなければ、地面を掘り、調査をし、答えが見つかるまで、ひたすら夢想し続けるだろう。

 私たちはどうしてそんなにも、隠されたものが気になるのだろうか。英国シェフィールド大学の心理学と認知科学の上級講師であるトム・スタッフォードによれば、人間が好奇心旺盛なのは、ネオテニーと呼ばれる性質のせいだという。ネオテニーは、「幼少期の性質の維持」を意味する進化論の用語だ。肉体的な面について言うと、人間は体の大きさに比して脳が大きいという、幼い生き物の特徴を持つ。精神面では、ある種の、子どものような人格的特性を大人になるまで持ち続ける。好奇心や遊び心、不思議に思う気持ちが、いつまでも残るのだ。そのせいで私たちは、旅をし、本を読み、暗い洞窟の中を探検したくなる。どこにいようとも、小さな声が私たちにささやき続けるのだ。古くて不気味で、忘れられ、放棄されている場所には──慣れ親しみ、手入れの行き届いた、立派な場所にも──目には見えない何かがあって、隠れた深みや、明かされていない真実、そして何か素晴らしいものを発見するチャンスがあるのだ、と。

 隠し部屋、秘密の階段、封印された部屋が出てくる謎めいた話には、大衆的な推理小説、スクービー・ドゥー、インディ・ジョーンズ、ゴシック小説のような、ぞくぞくする響きがある。だが、秘密というのは単なる娯楽にとどまらない。人間が隠すのは、自分の本質を示すものであり、自分自身が最も恐れているものだ。恐怖心が強すぎて人と分かち合えないとき、あるいは事の重大さに怖(お)じ気(け)づき、処理しきれないとき、私たちに残された手段は、それを宮殿や教会、墓、記念碑、封印された部屋、トンネルといった場所にしまい込むこと、ドアの向こうに隠して鍵をかけること、床板の下に埋めること、宝石や黄金にうずめることだ。死を恐れたエジプト人(368ページ参照)や、生きることの意味を必死に探したマリー・アントワネット(235ページ参照)も、そうしていた。

 まだ多くの扉が、誰かが開けに来るのを待っている。世界の果て、ジャングルの奥深く、無数の観光客がいる場所の地下深くなどに、まだまだあるのだ。失われた聖人の遺体、古い恋文の束、きわめて貴重な絵画、悲劇の人生の物語、謎の答え、再発見される日を待つ素晴らしいものなどが、まだ存在するはずだ。ギザの大ピラミッドでは、新たな技術によって、2つの未知の空間が発見された。かつてロシアの宮廷には、すべてが琥こ珀はくでできた魅惑的な部屋があったが、その行方は完全に謎に包まれている。まるで、部屋がスカートの裾をたくし上げ、こっそりと姿をくらましたかのようだ。英国のノッティンガムシャーには、静かにたたずむ屋敷の下に、謎の公爵が造った、地下ホール、落とし戸、図書館、ガス灯で照らされたトンネルなどが織りなす複雑な地下世界がある。公爵がそれを造った理由は、ようやく明らかになり始めたばかりだ。

 本書『驚異の隠し部屋』では、こうした隠された場所を訪れ、その扉を開き、ベールに覆われて忘れられた歴史を掘り下げていく。私たち著者2人は、建物にかかわった人々のことも探ってきた。建物の秘密だけでなく、それを建てた人々の物語を伝えたいと思ったのだ。本書では読者を、スイスアルプスの高山にある骸骨の部屋、第二次世界大戦中から眠っていたパリのアパルトマン、米首都ワシントンの禁酒法時代のもぐり酒場、錬金術の地下実験室、博物館にある古代の猥褻(わいせつ)物の展示室、19世紀の大富豪の不思議で魅力的な庭、その他もろもろの世界にいざなう。

 かつて、アルベルト・アインシュタインは「大切なのは、疑問を持ち続けることだ」と述べた。人間はおそらく、好奇心を失うことはないだろう。私たちには数々の疑問があり、見つけた扉をすべて開けなければ気がすまず、泣き叫んだりべそをかいたりする子どものように、答えを見つけたいという衝動に駆り立てられる。だから我々は、旅をし、探索し、地面を掘る。ブエノスアイレスの密輸人の回転する本棚の後ろに滑り込み、孤独なヴィクトリア時代の公爵の地下舞踏室を調査し、壁に秘密結社のシンボルが彫られたポルトガルの井戸の苔(こけ)むした階段を下りる。メキシコの地下の埃(ほこり)っぽいトンネルを突き進み、最果てのロシアの島の古代の迷路をたどる。「この道はどこにつながっているのだろう」と自問するが、答えはいつも同じ。「さあね、わかるものか」。それでも、真実にたどり着くチャンスは、その望みは、常にあるのだ。


【目次】

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