その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は岡瑞起さんの『 AIの時代に 頭がよくなる人 悪くなる人 』です。

【はじめに】

思いもよらない「差」が起こる世界の到来

 サンフランシスコの街を、運転席に誰もいない車が静かに走っていきます。
 2026年4月、私はシリコンバレーで開かれる会議に参加するため、サンフランシスコに来ていました。空港から市内へ向かうとき、初めて自動運転のタクシー(ウェイモ)に乗りました。運転席にはだれもいないのに車が動いていきます。
 信号で止まり、車線を変え、歩行者を避ける、そのすべてをAIが行っています。日本ではまだ見たことのない光景でした。
 「すごい」と思いました。と同時に、少しだけ怖くもありました。

 このときは、世界のAI研究の最前線にいる人たちと、何度も深い議論を交わしました。Google Researchの研究者、AIの安全性を専門とする若い科学者、オープンソースAIの未来を模索するスタートアップの創業者たち。昼食を囲みながら、ホワイトボードの前で、ときにはコーヒーを片手に、話し込みました。
 あるAI安全性の研究者は、こう言いました。
「今から4年以内に、AIが人間のあらゆる仕事を代替できるようになる可能性がある」
 別の研究者は、世界でもっとも先進的なAIを開発している企業のトップたちが「この技術が人類にとって壊滅的な結果をもたらす確率は25パーセントある」と公言していることを指摘しました。「それなのに開発を止めないのは、正気じゃない」と、静かに、しかしはっきりと言い切りました。
 ある研究者は「AGI(汎用人工知能)が実現すれば、人間の賃金が生存水準を下回る可能性がある」と指摘しました。
 これらは、生成AIが身近になってから、私たちが感じている怖さや、取り沙汰されるリスクです。

 一方で、こんな言葉も何度も耳にしました。
 「自分がやらなければ、誰かがやる」
 これも、よく聞く言葉です。生成AIを取り入れて、生産性をアップさせたり、他人より先手を取ろうとするものです。
 しかも、バーテンダーから、AIスタートアップのエンジニアまで、社会のさまざまな層の人たちが、同じフレーズを口にするのです。日本よりも社会全体に浸透しています。
 私ははっとしました。アメリカで、AIの開発競争がものすごい速度で進み、だれもが使っている──その背景にあるのは、技術的な優位性だけではありません。
 「自分がやらなければ、誰かがやる。だから自分がやるしかない」という、個人主義的な駆動力です。

 この本のタイトルは、『AIの時代に 頭がよくなる人 悪くなる人』です。
 世界でAIを使う状況が加速している今、考え方や稼ぎ方は大きく変わっています。
 この本の中でも触れるように、まず仕事・生活・学びの前提は大きく変わります。

 必要な知識を専門家に匹敵する量で与えてくれ、大量の資料は一瞬で要約され、最適解はAIがいくつか提示してくれる世界──。知識を得るための努力が必要なくなり、頭の良し悪しの差が縮まったように見えるでしょう。

 しかし、別のところに、より大きな差が生まれています。
 AIが発達すればするほど、人は受け身になりやすくなります。本書で詳しく説明しますが、AIエージェントを代表とする機能で、近い将来誰もがVIP待遇を受ける世界に近づくでしょう。
 たとえば、朝起きて今日の予定を確認し、目的地に行くだけという行為にも、AIは最適な答えを瞬時に出し、すべて用意してくれます。そんな生活の中、「考える力」は確実に鈍くなっていきます。
 あるいは、あなたの考えを肯定してくれるAIによって自分の考えは強化され、「同じ考えをする人」と「そうでない人」の分断が深まるかもしれません。
 ただ、希望もあります。
 経済学者のグレン・ワイルさんは、社会の力の源泉は「共通の知(コモン・ナレッジ)」──全員が、みんなが知っていることを知っているという状態──にあると言います。AIは私たちを分断させもしますが、本書で見ていくように、共通の知をつくり出す道具にもなりえるはずです。

 こうした変化の向こうに浮かんでくるのが、「人間にしかできないこと」の輪郭です。
 AIが完璧な文章を書き、完璧なデータ分析をする時代に、人間に求められるのは何でしょうか。
 答えを急がず、一度立ち止まって、一緒に考えてみたいと思います。
 逆説的なようですが、AIが賢くなればなるほど、みなさんの「人間らしい」能力の値打ちは上がり続けます。
 考える力、身体的な力、そして人とつながれるコミュニケーション力。
 そうしたとき、「知性とは何か」という定義も、このAIの出現によって変わってくるはずです。
 先ほど触れたように、AIによって格差は広がります。もともと仕事ができる人ほど、AIによってさらに伸びていくでしょう。
 AIは人を平等に賢くする道具ではなく、差を拡張する装置でもあることを忘れてはいけません。

 この本では、そんな世界であなたがどう生き、どういう知性を持つといいのかを一緒に考えたいと思います。
 そのために、AIの技術が今、どこまで到達しているのか、私たちの仕事や生活にどんな変化をもたらすのか、そしてどんなリスクがあるのかを、できるだけわかりやすくお伝えします。
 特に第1章では、AIの技術がどのように発展してきたのか、今どこまで進んでいるのかを振り返ります。少々専門的になりますので、読み飛ばしていただいても後の章を読むのに差し支えはありません(ただ、未来予測を知る意味ではとても面白いと思います)。
 なぜここから話を始めるのかというと、技術の現在地を知らなければ、これから何が起きるのかを見通すことができないからです。

 サンフランシスコで出会った研究者たちは、AIの未来について楽観的な人も悲観的な人もいました。けれど、全員に共通していたことがあります。それは「いま、考えなければならない」という切迫感です。

 AIのある世界で、何が正解かはまだ誰にもわかりません。
 この激しい変化のなかで、私たち人間にしかできないことは何なのかを、一緒に考えてみませんか。

【目次】

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