その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は関屋裕希さんの『 自分に優しい時間の使い方 仕事が終わらないのは誰のせい? 』です。

【はじめに】あなたの豊かな時間のために

 はじめまして。
 私は普段、働く人の心の健康(メンタルヘルス)の領域で研究をしたり、企業の健康づくりの取り組みを一緒に考え、実行を支援したりしています。
 心理学が専門なので、働く人のカウンセリングなども行っています。
 その中で、人が調子を崩すときに何が起きているのか、回復していくときに何が支えになるのか、健やかさを保つ上で大事なことは何なのかを見つめてきました。

 働く人の相談の中には、気分の落ち込みや不安、燃えつき、身体症状など、さまざまな形があります。
 そこで繰り返し出会ってきたのは「不調の原因が能力ではなく、構造にある」ケースです。
 本人はまじめで、責任感が強く、努力をしています。まわりからは「うまくやれている」ように見えてもいます。
 けれど、その人の内側では削られているのです。話を丁寧に聞いていくと、多くのケースでひとつの共通点に行きあたります。

 それは、「時間」です。

 もちろん、時間そのものが悪いわけではありません。
 問題は、時間とのつきあい方にあります。

 効率よく進めることは、限られた時間を生きる私たちにとって、強力な武器です。
 タスクをこなし、未読をゼロにして、ノルマを達成し、締め切りを守る。
 すっきりして、気持ちがいい。
 そこには達成の感覚があります。脳は「すぐに得られる報酬」に反応しやすくできています。
 行動科学では、目先の小さな報酬を過大評価しやすいことが知られています。だから、未読ゼロや、To Doリストを消していく快感に、私たちは引き寄せられます。

 けれど、その満足は、驚くほど短命です。ここが、時間により内側を削られる大きな要因です。
 次の瞬間には、また次の締め切りが見えてしまうのです。
 終わらせても終わらない。
 追いついても追いつかない。
 「もっとできるはず」と自分に言い聞かせながら、私たちは走り続けます。
 そして、気づけば、休むことが下手になっていきます。

 「休んでいる場合じゃない」
 「今日はまだ足りていない」
 「自分が不十分だから疲れるんだ」
 ───忙しいときほど、心の中ではたいてい自分を責めています。
 もし、うまく時間を使えていたとしても、目標が高い人ほど、「まだ達成していない」、「到達していない」ことに目が向き、自分の能力が低いのだと思ってしまいます。
 努力家であるほど、責任感が強いほど、真面目であるほど、時間の使い方が自己評価と直結してしまうのです。

 けれど、しっかり休めない状態が続けば、心と身体は必ずサインを出します。
 最初は集中力の低下やイライラ、眠りの浅さかもしれません。でも次は、朝がつらい、涙が出る、食欲が乱れる、身体が重い、といった形になるかもしれません。
 そこから先は、メンタルヘルスの不調や、身体の病気につながることもあり得ます。

 ここで大事なのは、メンタルヘルスなどの不調は、「あなたが弱いから」ではないということです。むしろ、がんばれる人だからこそ、限界までふんばってしまいます。

 そして、その背景に「時間」がある場合は少なくありません。
 立ち止まれなくなると、人は自分を見失います。
 何を望んでいるのか。何が好きなのか。何が苦しいのか。何に心が動くのか。

 本来は、自分の感覚が教えてくれることのはずが、忙しさにかき消されていきます。
 やるべきことは増えているのに、生きている手触りは薄くなる。
 「うまく回しているのに、満たされない」───そんな違和感が残って、積み重なっていきます。

 この本は、時間をテーマにしていますが、単なるタイムマネジメントの本ではありません。「もっと効率よく」、「もっと短時間で」という技術の追加では、疲れ果てるループから、かえって抜け出しにくくなってしまいます。

 必要なのは、もう少し大きな転換です。
 時間を「敵」として扱うのではなく、時間を「味方」にする。
 時間を「消費するもの」から「体験し、育て、創造するもの」へと、とらえ直す。

 そのための考え方と、日常で使える具体的な方法を、この本にまとめました。
 のびのびと、自分の感覚で体験したことを表現できるようになると、自分の時間は変わります。チェックリストを消す快楽だけが、満足ではなくなります。目に見える成果だけが、充実ではなくなります。
 処理した量ではなく、手触りや余韻が残る。成果のためだけではなく、意味や納得のために生きられる。
 自分の人生に、自分が関わっている感覚が戻ってくると、時間は「消費するもの」、「追い立てるもの」から「味わうもの」へ、そして「創造するもの」へと変わっていきます。「消費」から「創造」へと転じるのです。

 最後に、少しだけ先の話をします。
 人生を終えるとき、私たちは何を思い出すでしょう。
 未読ゼロの日々でしょうか。処理したタスクの数でしょうか。
 それとも、誰かと笑いあった瞬間、ふっと心が落ち着いた瞬間、夢中になって何かをつくった夜、遠回りしたからこそ見えた心に残る景色でしょうか。
 この本は、後者の時間を増やすために書きました。
 豊かな人生を送るために。
 その「豊かさ」を、あなた自身の言葉と感覚で取り戻すために。


【目次】

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