その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はニコラス・ミュルデル(著)、三浦元博(訳)の『 経済兵器 現代戦の手段としての経済制裁 』です。本書は週刊ダイヤモンドの2023年「ベスト経済書」(2023/12/23・30 新年合併特大号)にてランキング第23位に選出されました(2023年12月18日追記)。
【日本語版への序文】
国際的な政策立案と組織構築における
壮大な実験としての「経済制裁」
世界のなかで自分自身が占める時代と場所によって、その研究が深い影響を受ける学者は、なにも歴史学者に限ったことではない。だが、歴史学者は、とりわけ自分を取り巻く環境の影響がいかに深くなり得るかを心得ていなければならない。
本書はなによりもまず歴史研究書なのだが、その時代の産物たるを免れることはできない。二〇二〇年代の今日、制裁は現代の国際的な政治的・経済的条件にとって、きわめて重要になっている。したがって、本書日本語版の出版は、本書で考察された歴史が、制裁が支配する現代とどのように関係しているのかについて、若干言葉を費やすのにふさわしい機会だろう。
本書は数年間の調査研究と執筆を経て、二〇二一年夏に出版された。現代の制裁が、つねに私の思考の背景にあった。しかし、それにもかかわらず、本書で考察された戦間期以来、多くのことが変化したように思われる。私がこの研究に着手した二〇一〇年代初頭、制裁は日常事ではあったが、欧米の外交政策の道具としてはいささか精彩を欠いていた。
ワシントンでは、オバマ政権がイランに対して制裁を行っていたが、「包括的共同行動計画」という画期的前進は、米国が真剣な外交に取り組み、必要な譲歩をして初めて達成されたものだった。このことが友好関係を築き、イランの核兵器計画をめぐる一定の了解が浮上した。制裁が効いたとも言えるが、それは誠実な外交努力と実務的な交渉との組み合わせがあってこそである。
このように、一国の内政における変化を達成する通常の圧力手段としての制裁の使用は、本書で分析される政策パラダイムとは大きく異なっている。というのは、戦間期の経済制裁は、戦争への直接的反応だったのである。当時の人々が「経済兵器」と呼んだものが、第一次世界大戦の連合国による封鎖作戦の産物だったという文字通りの意味で、そう言えた。
しかし、法解釈上の意味でもそうだった。制裁は、その初期には一般に、戦争と平和という直接的な問題が生じて初めて効力を発揮したのである。侵略、国境での小競り合い、自衛や侵略のための紛争行為などが、介入メカニズムとしての経済兵器の引き金となる出来事だった。
一九一七年にボリシェヴィキ革命が起き、資本主義エリート間に共産主義に対する全般的恐怖心が広がった結果、宣言なしの封鎖も革命勢力を封じ込める手段になった。だが、このイデオロギー上の目標は、戦間期の大部分で二義的なものにとどまった。封じ込めと体制転換が、制裁を使用する日常的かつ明確な根拠になったのは、冷戦時代になってからのことなのである。
われわれはもはや、革命的共産主義の妖怪に資本主義エリートが思想レベルで対抗する必要があるような世界には住んでいない。ところが、制裁は使えるものであることが証明され、人権の擁護や権威主義に対する民主主義の戦いといった新たなイデオロギー上の要所に投入されてきた。ただ今現在が非常に特異なのは、戦争を抑止する手段という制裁の古いパラダイムの突然の復活と、より新しい政治的封じ込めアプローチの応用の両方が併存していることだ。
ロシアによる突然の、いわれのない大規模なウクライナ侵略は、侵略に対する武器としての制裁の本来の目的を今日的なものにした。二〇二二年二月以降、英米とヨーロッパ連合(EU)だけでなく、日本、韓国、台湾、シンガポールといったアジア諸国や、さらには長年の中立国、スイスを含めた三八カ国の連合による措置は、領土の保全という国際連盟の本来の目的に起源がある。だが同時に、ベネズエラ、シリア、北朝鮮などの国で、国家を貶める行為が絶えないことから、冷戦期の制裁アプローチが冷戦後の時代にあてはめられてきたのである。
しかし、この手段が掲げる目標と考え方は、われわれをある限度までしか納得させてくれない。本書が示そうとしているように、われわれは制裁の発展を物質的なレベルで理解しなければならない。この点では、現代の制裁のメカニズムも標的も、戦間期の制裁の先行事例と共通している。経済兵器によって断ち切られる可能性があるのは、物品貿易、資金の流れ、外貨準備、エネルギー供給、戦略的インフラ、そして海運である。
当時も現在も、制裁の真の効果を理解するには、グローバル資本主義の複雑さ、ダイナミズム、矛盾をすべて研究する必要がある。今日、制裁を開始するのは中央政府かもしれないが、制裁のパイプ役はほとんどが民間企業なのである。
戦間期には、民間セクターはまだ制裁に慣れていなかった。今日、民間企業はそれに追いついている。封鎖の最大の実務組織は、国家機構の内部にではなく、多国籍企業や銀行のコンプライアンス部門にある。制裁の結果として起きることの多くは、政府の政策だけではなく、むしろ民間セクターの意思決定の結果なのである。制裁が発表されると、グローバルなビジネス活動の伝達経路を通して、意図した標的をはるかに超える広範囲な影響を及ぼす可能性がある。これは制裁の威力を大きくするが、その効果を予測することをより困難する。
実際、現在の世界が戦間期の不安定な秩序に似てきた最も顕著な点の一つは、昨年二月以降の大規模な対ロシア制裁が世界市場に与えた衝撃である。これほどの経済規模の国が国際的な制裁の標的になったのは、当時世界第七位の経済大国であったファシスト・イタリアのエチオピア侵略を罰しようとした国際連盟の試み以来である。
今日の世界経済は、一九二〇年代や一九三〇年代よりもさらに相互依存が進んでいるため、こうした衝撃の伝播は速く、一部の国は深刻な危機的状況に陥るが、システム全体に対する破壊的影響は緩和されている。
対ロシア制裁について最終的な判断を下すのは時期尚早である。当初は、こうした措置が一種の「衝撃と畏怖」として機能することに大きな期待が寄せられていた。しかし、この研究が示すように、戦間期の経験は、軍事大国に対して使われる制裁への期待に警告を発するはずである。
制裁はユーゴスラヴィア、ギリシア、トルコ、スペインのような小国に対しては戦争を防ぐ抑止力として機能した。だが、ファシスト・イタリア、ナチス・ドイツ、帝国日本のような大国に対しては、効果を発揮するのは難しく、むしろそうした国の軍事的・経済的戦略をより急進化させることになった。標的が大きくなればなるほど、その反動や悪影響のリスクも高まる。
対ロシア制裁が実施されて一年、われわれは少なくとも一つの暫定的結論を引き出すことができる。経済の相互依存は、予想以上に回復力があることがわかった。このような相互依存関係は制裁を使う側の連合にとっては一つの利益であり、連合はこれまで予想外に速いペースでロシアのエネルギー輸出への依存を減らすことができた。しかし、この同じ相互依存関係は、ロシアが制裁に直面して打撃を受けながらも崩壊しなかった理由にもなっている。
ロシアの輸出入は、当初、打撃を受けたが、その後すぐ他の市場、とくにアジアへ方向転換した。制裁によるダメージは深刻だったが、崩壊には至らず、本稿執筆時点(二〇二三年四月)でも、ロシア・ウクライナ戦争は続いている。
この回復力は、二〇世紀初めの世界経済と二一世紀の世界経済を決定的に区別する基本的事実によって説明できるかもしれない。それは、アジアが世界貿易に占める長期にわたる歴史的シェアを取り戻したということである。制裁は、欧米が経済的・帝国的支配の時代に、欧米によって開発されたものである。その他の世界は、通商ルートを迂回する目的地としての役割を果たすほど豊かではなかった。こうした状況は今日、もはや存在しない。
米ドルの支配は依然として計算に入れなければならない強力な事実であり、ワシントンが科す金融制裁に強い効果を与えている。しかし、制裁で打撃を受けた体制に救援の手を差しのべることができる主権国家は、今日、はるかに多く存在する。制裁は使いやすくなったが、制裁を成功させるのはさらに覚束なくなっている。
その結果、制裁は二〇二〇年代のマクロ経済の展望を方向づける一つの地政学的な主要因になっている。実際、対ロシア制裁の長期的な意義は、米国主導の対中国輸出制限によって影が薄くなるかもしれない。その最終的な効果を判断するのは時期尚早だが、二大経済大国の間での最先端技術の輸出規制は、世界経済の将来の発展進路を方向づける可能性を秘めている。
一九四五年以来、大方の政策立案者は暗黙裡に、制裁は個々の国には影響を与えても、世界経済秩序の全体に影響を与えることはまずあり得ないと想定してきた。国際通貨基金(IMF)から世界貿易機関(WTO)に至るまで、世界経済のガバナンスを担う主要な機関は、数十年間にわたり、経済兵器の使用をその思考と予測にほとんど織り込んでこなかった。この見落としの結果、アナリストたちは急速に進展する地政学的現実に追いつこうと懸命になってきた。
経済分析は非常に重要である。しかし、質的、歴史的、文化的知識を排除して経済分析に頼るのは間違っている。この研究が何よりも犯さないようにしている誤りがあるとすれば、それは国家間の力関係を過度に機械的に理解して、制裁に対する期待を形成する傾向である。
国内総生産(GDP)の規模や技術的優位性だけで制裁の成功を予測することはできない。特に、貿易転換が可能で、制裁の執行が難しい場合、貿易の依存関係自体も制裁の効果を確実にもたらすわけではない。それどころか、制裁作戦は、国家・経済・社会の独特の複合体に対峙するが、自らが選択したグローバルな物質的・戦略的状況下で対峙するわけではない。そうした遭遇の結果は、確実には予見することができない。
マルク・ブロックが名著『封建社会』(一九三九年、邦訳みすず書房)で述べたように、歴史学は「永遠の変化の科学」である。過去のパターンが厳密に繰り返すことは決してないのだが、それでも、歴史的想像力を養うことは、不確実な世界を航行する助けになり得る。何よりも、われわれは制裁が安定した世界構造を背景にした出来事ではなく、新しい世界を生み出しもすることを、戦間期から学ぶべきだろう。
本書で語られるのは、制裁が国際的な政策立案と組織構築における壮大な実験として、どのように始まったかである。一世紀を経た今、この冒険的事業が世界全体に大きな変革をもたらしたことがわかる。
しかし、その事業はまた、真に克服不可能と思われる断層や泥沼を生み出しもしてきた。国際政治に利用できる手段は広がったが、同時に政治的成果は明らかに限られている。制裁は、あらゆる危機を封じ込める外交政策の鍵のように見えるが、新たな扉を開くことはほとんどないのである。
二一世紀の共通の課題に立ち向かうために、人類がこれまで以上に国際協力を必要としている今、経済的圧力の限界を認識することは、われわれに平和と進歩を追求する新たな手段を見つけることを促すはずである。
二〇二三年四月一四日 ニューヨーク州イサカにて
ニコラス・ミュルデル
【目次】
