その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はファリード・ザカリア(著)、松本剛史(訳)の『 革命の時代 1600年から現在までの進歩と反動(上)(下) 』。「序章」からの抜粋をお届けします。

【序章】からの抜粋

 何が革命の時代をつくりだすのか? 革命の時代がもたらす予測可能な結果の例はほかにもあるのか? そしてどういった終わりを迎えるのか? 私は本書でその答えをさぐる試みをしたい。時間をさかのぼり、過去にあった革命の時代とその起源、そして影響をあきらかにしたうえで、現在の私たちの時代を検証する。

 最初に見ていくのは、近代の曙(あけぼの)ともいえる、最初の自由主義革命だ。数世紀に及ぶ君主制に反抗し、いまの世界を支配している共和主義的な形の政府をつくりだした。これが起こったのは一六世紀後半から一七世紀初頭にかけてのオランダだが、もし一六八八年のイギリスへ広がっていなければ、世界を変えるまでにはいたらなかったかもしれない。イギリスでのこの事件は、一六八九年に支持者のひとりに「名誉革命」と呼ばれ、議会の優越という結末をもたらした。長期的に見ると、これがイギリスを世界トップの産業強国となる道へ向かわせ、自由主義的理想とその実践を広く遠く普及させていき――その思想は大英帝国よりも長く続くことになった。つぎに二つの革命を見ていく。ひとつは華々しい失敗に終わったフランス革命、もうひとつは信じられないほどの成功を遂げた産業革命だ。このどちらも、きわめてちがった形で、私たちがいま生きている世界を形づくっている。そして最後に、本書の後半全体を使って、私たちがいま生きる時代の解釈を試みる。それは革命的変化が同時にいくつもの領域――経済、テクノロジー、アイデンティティ、地政学――にわたって急速に進行している時代なのだ。こうした現在の革命のそれぞれにひとつの章を費やしていく。

(中略)

 こうした三つの力――テクノロジー、経済、アイデンティティ――が組み合わさると、つねに反動が生まれ、新たな政治が生み出される。変化があまりに速く起こると、人間はうまく受け入れることができない。前時代から受け継がれてきた古い政治はついていくことができない。政治家は大慌てで適応しようと、自分の見方を修正して新たな協力相手を見つけようとする。その結果は改革と近代化、もしくは弾圧と反乱、もしくは燃え上がりやすいその両方が同時に生じることだ。

 現在、国々の内部における大きな変化は地政学的な革命をも生み出し、何カ国かがアメリカ主導の自由主義的秩序に挑戦を突きつけている。なかでも野心的な中国と、攻撃的なロシアである。中国は経済と技術の革命によって台頭し、一気に大国の仲間入りを果たした。ロシアのほうはウラジーミル・プーチンの下で、アイデンティティ政治と好戦的愛国主義を利用して自国の構造的弱体化に対応しようとした。

 世界の劇的な変化の数々を考えてみてわかるのは、私たちは歴史上最も革命的な時代のひとつに生きているということだ。こうした変化は必ずしも同時には起こらないし、すべての革命が同じように展開するわけでもない。これまで説明してきた一連の力は一致することが多いが、全部の事例で原因と結果を明確に分別するのは不可能だろう。どの革命もいくらかちがったところがある。だがこうした変化はすべて、たがいに作用し補強し合うように見える。そしてなんらかの反動を生じさせる傾向がある。過去の例が示しているのは、変化にうまく対処すれば結果的に安定と成功という結果につながること、変化の取り扱いをまちがえばひどい失敗へとつながることだ。歴史を通じて、真の意味での前進――全体がより繁栄し、個人が自律性と尊厳をもつ――へ向かう動きは存在した。また、強力な反動もあった。取り残された者たちが必死に過去にしがみつき、頑強な決意でもって反撃するのだ。けれども長期的には、テニスンの詩のなかでアーサー王が最後の円卓の騎士ベディヴィア卿に語ったように、「古き秩序は変わり8、新しきものに場所を譲る」。

原注
8 「古き秩序は変わり」:Alfred, Lord Tennyson, “Morted’Arthur,” Poetry Foundation.

(中略)

 私が語っているストーリーは、市場が国家よりうまく機能するかどうかをめぐる議論よりも、ずっと深く根本的なものだ。過去と未来とのせめぎ合いのことだ。一六世紀以降、技術的、経済的変化は大きな進歩を生み出す一方で、はなはだしい破壊をもたらしもした。この破壊と生み出された恩恵の不平等な分配が大きな不安をかきたてた。そして変化と不安がアイデンティティ革命を引き起こし、人々は新たな意味とコミュニティを求めるようになった。やがてこうした力が合わさって政治革命を生み出していった。このストーリーを通じて、競合する二つの筋立てが見えてくるだろう。ひとつは自由主義、つまり成長、破壊、急進的な前進という意味での革命。もうひとつは非自由主義、つまり逆行、制限、ノスタルジア、過去に回帰するという意味での革命だ。「レボリューション」の二つの意味は現在も生きている。ドナルド・トランプは自分を革命的だと見ているが、一九五〇年代の世界を取り戻したがっている人物なのだ。

(中略)

 いまのこの革命の時代がどういった形をとっていくのか――この先の年月を支配するのが進歩なのか反動なのか――それを確実に予測することはできない。未来は私たちが予知できるような定まった事実とはちがう。今後何年、何十年にもわたる人間の行動や相互作用によって決まるものだ。反動は時には一時的な後退に、進歩の道筋に沿った一局面に見える。しかし社会は、たとえばイランのように、反動的な体制の下で何十年も過ごすことがありうる。私たちは新しい、時として前例のない変化に直面したりもする。たとえば気候変動は、それ自体が人間が環境に及ぼした作用の反動だ。もしなんの取り組みもしなければ、それは革命となってほかのすべてを呑み込むかもしれない――そしてほかの多くのものとともに、政治をも確実に変えるだろう。可能な未来はたくさんある。私たちはそのなかの望ましい未来へ向けて進んでいかなくてはならない。

【目次】

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