その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は大湾秀雄さんの『 男女賃金格差の経済学 』。「まえがき」をお届けします。

【まえがき】

Gender equality not only liberates women but also men from prescribed gender stereotypes.(男女平等の確立は、女性を性別役割の固定観念から解放するだけでなく、男性もそうした固定観念から解放することを意味する)

エマ・ワトソン、Twitter(現X)

 映画「ハリーポッター・シリーズ」でハーマイオニー役を演じた女優のエマ・ワトソンは、男女同権のために活躍するフェミニストとしても知られていますが、冒頭にあげた彼女の一言は、男女格差解消のための必要条件を上手く言い表していると思います。

 本書は、男女格差解消を真剣に求める方々に、理論的なフレームワーク、社会科学研究で明らかになったエビデンスの概要、データに基づく意思決定の方法論、および組織内の障害を取り除くための取組みと検証プロセスのあり方をお伝えするために執筆しました。ゲーム理論など途中難解な部分があれば、読み飛ばして先に進んでも構いません。

 私は経済学者として、インセンティブ設計に基づく制度設計を中心に格差解消策について発言してきましたが、多くの制度の導入が、狙った政策効果を出せないでいる現状(日本だけでなく欧州各国においても)を見るにつけ、もっとソフトな部分での草の根的で継続的な取組みが不可欠だと痛感しています。つまり、男女格差解消のためには、フォーマルな制度設計だけでは不十分で、トップのコミットメントで社内のパワーバランスや習慣を変え、腹落ちするストーリーを共有する絶え間ない努力が必要だと感じています。

 人間の固定観念を変えるには、考えが異なる人との語らいが有効ですが、バーチャルな世界でのコミュニケーションが増える現代において、エコーチェンバー効果(閉鎖的なオンライン空間で、自分と似た意見や考え方に触れる機会が多すぎると、それが正しいと感じ、異なる意見を否定してしまう心理現象)も手伝い、逆に固定観念を強める現象も起きています。そうした中での経営トップの役割は重要です。経営トップが長期的大局的視点で変化の必要性を訴え続ければ、社内で賛同する人たちが組織化され、メッセージに共感する人が入社して、社内の語らいを通じて、固定観念の打破が可能になってくるでしょう。

 私は、2024年8月末から、勤務先大学のサバティカル制度を使って、欧州の様々な大学を訪問し、交流の機会を作っています。研究者というと一人でコツコツ研究するイメージがあるかもしれませんが、研究者ネットワークの構築は長期的な研究生産性に大きな影響を与えます。他機関での新しい研究に関する情報を得たり、自分の研究に対するフィードバックを得たり、自分が不得手な領域で共同研究者を探すといったことは、研究者ネットワークや学会参加を通じて可能になります。コネクションは、研究者の世界でも生産性を引き上げる人的資本あるいは社会関係資本の一部なのです。また、一人で研究していると、思い込みにとらわれたり、常套手段に頼り過ぎたり、分析に他の視点がある可能性に気が付かないことが多々ありますが、研究者の間での議論はそれを打破してくれます。

 ビジネスの世界でも新しい考えや経験に対する開放性、柔軟性はまずます重要になってきていると言えるでしょう。越境学習、異業種交流、異文化交流に関心を持つ人々は増えてきています。本書を手にした読者の皆様が、男女賃金格差の問題について頭を整理し、ご自分の考えや取組みを周りの方に伝えて、賛同者のネットワークにつなげていく。そうしたきっかけの一つになることができれば、望外の喜びです。

2025年5月20日 滞在先イギリス、ランカスター大学にて
大湾秀雄


【目次】

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