その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は藤野英人さんの 『おいしいニッポン 投資のプロが読む2040年のビジネス』 です。

【はじめに――「おいしいニッポン」を味わうために】

5年後は読めないが20年後は見通せる

 かつて、ある経営者は「5年後の予測はもっともズレやすい」と語りました。
 私たちが、現在のデータや実際に起きていることに基づいて予測できるのは、半年ほど先までではないかと思います。3年後を予測するとなればほとんど暗中模索といってよく、5年後のことなどまったくわからないと考えたほうがいいでしょう。

 しかし10年後、20年後の予測となると、また話が変わります。

 世界はさまざまな要因によって常に揺れ動いています。紛争が起きることもあれば、疫病が蔓延したり災害が起きたりすることもありますから、3年、5年といった短期的な視点では世の中がどう変化するのかを正確に言い当てることはできません。
 一方で、たとえ天変地異が起きたとしても、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進んで私たちの生活が大きく変化していくことは間違いないでしょう。そのようなメガトレンドを追えば、10年後、20年後の世の中がどうなっているのかを描き出すことは可能です。

 たとえば今後、自動運転の実用化が進み、ヒューマンオーグメンテーションと呼ばれるような人間の能力を拡張するテクノロジーやドローンを使った物流の効率化などもどんどん進化していくはずです。3年後、5年後に何がどこまで可能になっているのかは見通せませんが、10年後や20年後であれば、「人間の身体にチップを埋め込んでリアルタイムにバイタル情報を取得する」「取得した情報をもとにAIが最適なサプリメントを選択する」「自分の身体に必要なサプリメントがドローンや自動運転車で自宅に自動配送される」といったことが実現しているに違いありません。

過去20年間で激変したアメリカ、変わらなかった日本

 私のファンドマネージャーとしての投資歴は30年以上になります。この間、8000人以上の企業トップと対話し、企業訪問も重ねてきました。2020年に世界をコロナ禍が襲ってからは、オンラインミーティングツールを活用してさらに面談のペースを上げ、未上場企業も含めて数多くの企業経営者と対話を重ねています。
 また、私は個人投資家としてベンチャー企業に投資することもあります。起業家としては、2003年に創業したレオス・キャピタルワークスを経営しており、2020年に時価総額1000億円超えを達成したプレミアムウォーターホールディングス、HOYAから2021年に分社独立したViXion(ヴィクシオン)の創業メンバーでもあります。
 このほか、私には教育者としての顔もあります。2021年まで20年ほど明治大学商学部兼任講師としてベンチャーファイナンス論を担当し、現在は東京理科大学MOT(経営学研究科技術経営専攻)特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、叡啓(えいけい)大学客員教授として多くの学生に講義を行っています。

 このような立場から、私は国内外の株式市場や起業家の動向、若者たちの意識の変化などを見つめ続けてきました。

 今から20年ほど前、私は日本に対して絶望的な気持ちを抱いていたものです。
 その頃の私は外資系運用会社で働いていたため、欧州やアメリカを行き来する機会が多く、ベンチャーブームに沸くアメリカの様子を目の当たりにしていました。2000年前後は、インターネットの普及と共にグーグルやネットフリックス、フェイスブックといった企業が誕生し、アップルやマイクロソフトなどIT業界の老舗企業が再生していった時代です。
 当時のアメリカでは、ハーバード大学やスタンフォード大学、コロンビア大学などを卒業した優秀な学生のトップ層が自分で起業したりベンチャー企業に入ったりするようになっており、その次の層がコンサルティング会社や投資銀行に行き、次の層が中堅企業に行き、大企業を選ぶのはさらに下の層でした。そして、成功した起業家たちが後に続く起業家を支援することで、多様な新興企業が続々と誕生していくことになりました。
 一方、当時の日本では最優秀層は官庁か大企業に就職するのが当たり前でした。日本が変化のない社会を選択していることは明らかであり、急激に変化していくアメリカの状況と比較すれば、日本の明るい未来を思い描くことは難しかったのです。

 実際、その後の20年間の日米の違いは時価総額上位銘柄の顔ぶれに現れています。
 まず、日本を見てみましょう(図表はじめに-1)。2000年12月末時点と2020年12月末時点のTOPIX時価総額上位ランキングを見ると、いずれも通信会社、自動車メーカー、電機メーカー、メガバンクなど、いわゆる「一流大手企業」がずらりと並んでいることがわかります。2000年末の上位5社はNTTドコモ、トヨタ自動車、日本電信電話(NTT)、ソニー、みずほホールディングス。2020年末時点はトヨタ自動車、ソフトバンクグループ、キーエンス、ソニー、日本電信電話(NTT)でした。

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 では、アメリカはどうでしょうか? 図表はじめに-2をご覧ください。2000年の上位5社はゼネラル・エレクトリック(GE)、エクソンモービル、ファイザー、シスコシステムズ、シティグループでした。これが2020年には、アップル、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、アルファベット(グーグルの持ち株会社)、フェイスブックへと入れ替わっているのです。

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2040年、日本の時価総額上位銘柄の顔ぶれが変わる

 2000年当時に私が持っていた日本に対する非常に暗い見通しは、残念ながら的中してしまったといえます。

 しかし今、私は日本の未来について明るい見通しを持っています。
 それは、2000年頃にアメリカで起きた変化と似たような動きが日本でも見られ始めているからです。

 近年は日本でもベンチャー企業が上場し、起業家が社会的にも経済的にも成功するケースを目にすることが増えています。また超優秀層の中で、大企業や官庁には目もくれず起業にチャレンジする人も目立ってきました。
 もちろん大企業神話や官庁神話が消え失せたわけではありません。しかし、かつてのように起業家であるというだけで「怪しい得体のしれない人」扱いされることはなくなり、起業は「まともな大人」の選択肢のひとつになったといえます。経済産業省がスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」を推進するなど国を挙げてベンチャー企業を支えようという機運が高まっているほか、ユニークなベンチャーキャピタルの存在感も増してきており、起業家を支える社会的なエコシステムができあがりつつあるのです。

 また、私が多くの若い世代の起業家と会っていて感じるのは、みんな志が高くいい顔つきをしていることです。彼らの多くは、将棋の藤井聡太さんや大リーグの大谷翔平選手、フィギュアスケートの羽生結弦選手などと同世代です。私は、藤井さんや大谷選手、羽生選手の経営者版が登場しているというイメージを持っています。将棋やスポーツの世界は若くして才能が発見されやすい一方、起業家が世に出るにはもう少し時間がかかるので、まだ広く一般に知られていない人たちがたくさんいます。これからは、この世代の若手経営者がどんどん注目を集めていくことになるでしょう。
 彼らのような起業家が出てきた時代背景としてよくいわれるのは、この世代がいわゆるデジタルネイティブであり、インターネットやSNSが当たり前に存在する中で育ってきているということがあります。彼らにとって、ITを活用するのはごく自然なことです。そして少し上の世代には、IT業界で起業して成功した人、成功によって得た資金をベンチャーに投資して育てようとしている人がたくさんいます。つまり今の若い世代は、起業に関心を持ち意欲を持ってアプローチすれば、そういった先輩たちと関係を築いて情報もお金も引き出すことが可能なのです。
 このような大きな時代の流れの中、優秀な若者たちの意識は私たちの想像を超えるほど変化しています。

 2年ほど前、私は東京大学と京都大学のトップクラスのデータサイエンティストが集まる場に行きました。そこで「最近、優秀な学生は大企業に行きたがらないって聞くけど、本当?」と尋ねました。するとみんな口をそろえて「当たり前じゃないですか!」というのです。彼らが考えているのは自分で起業するか、ベンチャー企業に入るか、GAFAM(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル・マイクロソフト)に行くという選択肢で、日本の大手企業など眼中にありません。

 「僕らの周りで、大手企業に行きたいなんていう人はいませんよ」
 「セクハラ・パワハラとか、ろくなことがないでしょう」
 「頭のカタいおじさんの先例主義にふりまわされたくありません」

 日本の大企業なんて行きたくないというのが、彼らの本音なのです。

 もちろん、大学で学生たちを教えていると「日本の若者たちは全般に保守化が進んでいる」と感じることが多いのも確かです。
 2000年頃には、隕石が落ちてきてもその場を動きそうにない「何もしないのが一番よいと考えるタイプ」が40%ほどを占める印象でしたが、2020年の今は「何もしないタイプ」が60%ほどにまで増えたように思います。「最近の子は保守的で何事もやる気がない」という声も、今の社会を捉えた表現として間違っているわけではないと思います。
 しかしその一方、「何があっても挑戦し続けるタイプ」の学生は増えています。「挑戦するタイプ」は2000年頃には私が接する学生全体の0・5%ほどでしたが、近年はこれが3%くらいになっている印象があります。つまり、一騎当千の若者が100人中3人はいるわけです。実際の人数でいえば、やる気とチャレンジ精神にあふれる若者はこの20年ほどの間に驚くほど増加しています。そしてその中には、まさに大谷選手のように、世界を舞台に勝負していくであろう起業家がいるのです。

 かつてアメリカは、スティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾス、イーロン・マスクなどの「天才」の出現によって激変しました。
 私は、それと同じことがこれから日本に起こると思っています。今からおよそ20年後となる2040年には、日本の時価総額上位銘柄はガラリと入れ替わっているはずです。そのときの上位には、今はまだ名を知られていないベンチャー企業が名を連ねることでしょう。

居場所次第で20年後は天国と地獄に分かれる

 これからの10〜20年間で、日本社会が激変することは間違いありません。
 そして、「変化を見据えて動く人」と「変化に備えることなく動こうとしない人」、言い換えれば「未来志向で生きる人」と「そうではない人」との間で、大きな格差が生じるでしょう。
 小さなベンチャー企業が20年かけて日本を代表するトップ10企業に成長していくことを想像してみてください。その現場に居合わせる人たちにとって、これからの20年は非常に楽しく、面白く、ワクワクする人生になるでしょう。もちろん、資産も大きく増やせるはずです。
 一方、今、時価総額上位の「一流大手企業」で働いている人にとって、未来はあまり楽しいものにはならない可能性があります。ランキングから滑り落ちて衰退していく会社にしがみつき続ければ、それは辛く厳しい20年間になるかもしれません。
 これからの20年を楽しく幸せに生きるか、辛く厳しい時間にするのか、決めるのは自分自身です。居場所次第で、20年後は天国と地獄に分かれるでしょう。
 今すべきことは、まず自分がいる場所を確認することです。もしも「自分の居場所は今後、衰退していく可能性が高い」と思うのであれば、ものの見方や考え方、行動などを変える努力が必要でしょう。それはたとえば転職することかもしれませんし、自分で起業することかもしれません。もちろん、成長が期待できる企業に投資することも選択肢になるでしょう。

 本書では、私が2040年に向けて日本のメガトレンドをどう捉えているのか、そして「20年後の日本」を幸せに生きるために投資家・起業家として具体的に今どのような行動を起こしているのかをお伝えしていきます。
 私が個人で投資したり経営に参画したりしているベンチャー企業はもちろん、協力している団体や企業経営者について、なぜその会社なのか、なぜその人なのか、その先にどのような未来を見据えているのかを、あますところなくお見せするつもりです。
 巻末には、未来を見据えるエンジェル投資家であり、次々に有力スタートアップを輩出する起業家コミュニティ「千葉道場」を主宰する千葉功太郎さんとの対談を収録しました。その対談の中で千葉さんがおっしゃったのが、日本は「おいしい」という言葉です。
 いまだに〝昭和のオジさん〞が経営する旧態依然とした日本企業を見ていると「日本は本当にダメな国だ」と思わざるを得ませんが、きわめてアナログな国で課題が山積しているからこそ、おいしいチャンスがゴロゴロ転がっているのです。
 チャンスを活かして「おいしいニッポン」を味わうのか、それともみすみすチャンスを逃すのか、選ぶのは皆さん自身――本書のタイトルには、そんなメッセージを込めたつもりです。
 本書を通じ、読者の皆さんが「楽しく、面白く、ワクワクできる」方向へ意思を持って踏み出せるよう、背中を押すことができればうれしく思います。

 2021年10月  藤野英人

【目次】

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