その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は黄川田徹さんの『 鼻専門医が教える 「熟睡」を手にする最高の方法 』です。

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【はじめに】

■睡眠と「鼻」の切っても切れない関係

 なぜ、鼻専門医が睡眠について語るのか。
 不思議に思う読者の方もいるでしょうか。
 しかし、睡眠の質と「鼻」には切っても切れない関係があるのです。

 睡眠に関する書籍がベストセラーになったり、テレビ番組で睡眠について頻繁に特集が組まれたりすることからもうかがえるように、近年は睡眠について多くの方が高い関心を持つようになっています。
 かつては睡眠時間を削って努力することを称えるような風潮もあり、「24時間戦えますか」というテレビCMが流れた時代もありましたが、いまは「心身を健康に保つためには、十分な睡眠をとることが必要だ」という認識が一般的です。「日々の仕事でしっかりパフォーマンスを発揮したい」と考え、そのために「より良質な睡眠をとろう」と心がける人も増えているのではないでしょうか。

 「寝つき・寝起きが良くない」「夜中に何度も目覚めてしまう」「寝ても疲れが取れない」「日中に眠くなり、集中力が低下する」といった状態は、いわゆる「睡眠障害」といわれるものです。
 睡眠障害の原因として考えられるのは、一般的にはストレスや生活リズムの乱れのほか、服用している薬の影響、アルコールやカフェインなどの嗜好品の影響、騒音や光といった環境の影響などが挙げられます。また、さまざまな病気による身体の痛みやかゆみ、頻尿や咳といった症状が睡眠障害を招くこともありますし、こころの病気と密接に関わる睡眠障害もあります(厚生労働省「e-ヘルスネット」)。
 しかし、睡眠障害の大きな原因の1つに、別のある事柄があることはほとんど知られていません。
 大きな原因の1つ、それが「鼻」です。
 本書ではこの「鼻」にフォーカスして、熟睡を手にする方法を解説していきます。

■海外ではもはや常識。鼻トラブルと睡眠障害の関係性

 海外では10年ほど前から鼻のトラブルと睡眠障害の関連を調べた論文が出ていたのですが、国内で注目を集めるようになってきたのはここ1~2年ほどのことです(*1。以下*は巻末の「主要参考文献」参照)
 ここでいう鼻のトラブルとは、スギやヒノキ、イネ科植物などによる花粉症のほか、ハウスダストなどを原因とするアレルギー性鼻炎、その他の慢性的な鼻炎副鼻腔(びくう)炎(蓄膿症)などを指します。みなさんの中にも、「季節ごとに花粉症に悩まされている」「鼻炎持ちで鼻水、くしゃみ、鼻づまりなどに困ることがある」という方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。
 花粉症や慢性的な鼻炎に悩んでいる方の多くは、「頭がぼんやりする」「疲れやすい」「疲労感が抜けない」と感じているのではないかと思います。従来、このような症状が出るのは、鼻炎治療薬の副作用で眠くなることが主な原因だと考えられてきました。
 しかし花粉症の時期に集中力や仕事の能率が落ちてしまうのは、実のところ、睡眠障害が関与している可能性が高いのです。

■鼻がつまると眠りが浅くなり、寝ても疲れが取れない

 花粉症などの鼻のトラブルによって、なぜ睡眠障害が起きるのか?
 ごく簡単にいえば、「鼻がつまると息苦しさで自分では気づかないうちに脳が覚醒し、睡眠の質が悪化する」からです。これが、鼻のトラブルによって睡眠障害が起きる仕組みです。
 鼻は生命維持に直結する呼吸機能を担っており、鼻がつまって口呼吸になっていると十分な酸素を取り込めなくなります。睡眠中に鼻がつまれば、その苦しさから眠りが浅くなりますから、「熟睡できない」「寝ても疲れが取れない」ということになり、日中に眠気をもよおしたり強い疲労を感じたりするわけです。このような状態では、仕事に集中することができないのも無理はないでしょう。
 鼻の専門病院である私どものクリニックを受診した成人の患者さんについて見てみると、初診時の問診で鼻づまりのため眠りが浅いことがあるという方は74%にのぼっています。

■自覚症状のない「かくれ鼻づまり」の人も多い

 鼻炎による睡眠障害の怖さは、本人がまったく気づいていないケースが多いことにあります。「鼻がつまっていれば、苦しいのだから自然に気づくものなのでは?」と考えるかもしれませんが、そうともいえないのです。
 まず、慢性的に鼻がつまり気味の人の場合、鼻がつまっている状態が当たり前になっていて、「自分の鼻がつまっている」という自覚がないことがあります。
 鼻づまりというと「鼻が完全にふさがって、鼻ではまったく呼吸できないような状態」をイメージする人もいます。しかしそこまでの状態でなくても、「鼻のみで呼吸することができず、口で呼吸を補う必要がある」という方は、鼻づまりを起こしていると考えられます。
 もう1つ知っておきたいのは、就寝中だけ鼻がつまる「かくれ鼻づまり」の人がたくさんいることです。
 鼻炎は、一般に日中はあまり症状がひどくなく、睡眠中に悪化しがちです。このため、「自分は鼻炎だ」という自覚がまったくなく、鼻炎を放置している人は少なくありません。「かくれ鼻づまり」の人は、自分の睡眠の質が悪く日中のパフォーマンスが劣化していることに気づいていない可能性があります。

■チェックリストで確認! あなたの「鼻」は大丈夫?

 詳しくは序章以降でご説明しますが、鼻づまりによる睡眠障害が起きているかどうかを判断するのに一番わかりやすいチェックポイントは「いびき」です。
 いびきをかくことがあるという人は、睡眠中に鼻づまりが起きていると考えていいでしょう。
 また、いびき以外にも、鼻づまりによる睡眠障害の有無をチェックするポイントはたくさんあります。ひとり暮らしの方や「同居家族はいるけれど、寝室は別々」という方など、いびきをかいているかどうかわからない方も、まずは「『かくれ鼻づまり』チェックリスト」に当てはまる項目がないかどうかチェックしてみてください(図はじめに―2)。

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■睡眠の質を取り戻し、集中力や能率をアップさせよう

 チェックリストを見て、ご自身やご家族について「もしかして、寝ている間に鼻がつまっているかも……」と思った方も多いはずです。
 鼻づまりによる睡眠障害が起きているとすれば、質の良くない睡眠によって心身に負担がかかり続けるのはもちろん、集中力が出せなかったり仕事の能率が落ちたりすることになりますから、放置することはおすすめできません。
 また、お子さんに睡眠障害が起きている可能性がある場合は、積極的に改善に取り組んでいただきたいと思います。成長過程にある子どもの場合、睡眠の質の悪化による影響が非常に大きいと考えられるからです。
 本書では、まず鼻づまりの怖さ、鼻づまりによる睡眠の質の劣化がみなさんのパフォーマンスを劣化させている可能性についてご説明した上で、鼻づまりをもたらす原因となる病気にどのようなものがあるのかを解説。その上で、鼻づまりをどのように改善していけばよいかを考えていきます。病院で受けられる治療だけでなく、みなさんが日常生活の中で簡単にできる対処法として、「鼻の洗浄」については特に詳しくご紹介していきます。

 私が鼻づまり治療に取り組み始めたのは、40歳で大学病院を離れ、静岡県浜松市に50坪ほどの小さな耳鼻科クリニックを開業したときからです。それまでは耳や頭頸部の手術を多く手がけ、特に頭頸部がんを専門として手術治療に注力しており、鼻についてはほとんど治療経験がありませんでした。
 しかしクリニックを開業してみて気づいたのは、非常に多くの方が慢性の鼻炎や副鼻腔炎の症状に悩んで来院されることでした。一方、一般的に開業医が行う治療は吸引やネブライザー(粘膜を収縮させる薬などを霧状にして吸入させる機器)、飲み薬のような一時的な効果しかない治療法ばかり。このような治療で効果がない患者さんは、大学病院や総合病院で2~4週間の入院が必要な大がかりな手術治療を受ける必要がありました。
 ほかの医療が急速に進化している一方で、慢性鼻炎や副鼻腔炎の治療は数十年もの間、ほとんど進化していなかったのです。
 そのことに衝撃を受けた私は、安全性が高く、効果に優れ、身体的な負担が少なく子どもにも適応でき、入院不要な手術治療を目指そうと決意しました。手術治療方法の開発や、当時は珍しかった内視鏡の導入などを進め、1991年に全身麻酔による日帰り手術を行う専門施設を開設。その後も、短期入院に適した独自の手術方法や手術に使用する機器の開発に取り組み、手術時間の短縮、患者さんの身体への負担軽減のために工夫を重ね、2008年には東京にも鼻科手術の日帰り全身麻酔手術の専門施設を開設しました。
 かれこれ30年ほど鼻の手術治療に邁進し、開業以来、鼻の手術を受けていただいた方は約1万4000人にのぼります。1人の方が複数件の手術を受けることもよくあり、これほど多くの鼻の手術を手がけたケースは、世界的に見ても珍しいのではないかと思います。
 そして鼻の手術治療を行う中で気づいたのが、鼻づまりと睡眠の関係でした。
 多くの方が鼻づまりのために睡眠の質を悪化させていること、子どもの鼻づまりが時として心身の成長に深刻な影響を及ぼしていることは、まだ正確に知られていないことです。
 本書を通し、鼻づまりによって睡眠の質が悪化するリスクについての理解が広がり、読者のみなさんがご自身やご家族のパフォーマンスをアップさせるための一助となれば幸いです。

 2021年2月

黄川田 徹

【目次】

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