その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は井上裕さんの『 稲盛和夫と二宮尊徳 稀代の経営者は「努力の天才」から何を学んだか 』です。

【はじめに】

 京都市左京区、和輪庵(わりんあん)。永観堂と銀閣寺をつなぐ「哲学の道」沿いにある、別名「京セラ ゲストハウス」と呼ばれる日本庭園です。南禅寺界隈別荘庭園群の1つに数えられる名園。京セラと稲盛財団が共同で管理しています。

 私がBSジャパン(現・BSテレビ東京)のチームとともに和輪庵を訪れたのは2015年、雨が桜を打つ4月15日のことでした。哲学の道は京都でも有数の桜の名所です。疎水沿いの散策路に400本もの桜の木が並び、桜の花のトンネルが訪れる人を出迎えます。

 インタビューの相手として訪ねたのは和輪庵の主、稲盛和夫・京セラ名誉会長(当時)でした。経営破綻した日本航空(JAL)の再建を終えて3年後、83歳の時です。

 稲盛さんには3つの顔があります。経営現場での引き締まった厳しい表情。記者の質問に考え込む沈思黙考の姿、そして破顔。お茶目と言ったら失礼に当たるかもしれませんが、心の底からうれしさと優しさが同時にあふれ出るような、独特の笑顔です。周りがぱっと明るくなる桜のような笑顔です。この日もそうでした。

 話が出生地の鹿児島を出て、京都の松風(しょうふう)工業という碍子(がいし)メーカーに就職した頃に及んだ時でした。

 稲盛さん23歳、戦後10年。日本は高度成長へ向かう神武景気のスタートラインに立っていました。しかし、中小企業である松風工業の経営は厳しく、給料の遅配、相次ぐ同期の退社、経営陣の無気力やらで「俺の人生は一体どうなるのだろう」とひどく落ち込んでいたといいます。稲盛さんにとっては、人生ただ一度のサラリーマン生活でした。

 そこで味わった苦悩。「不安を(ひと時でも)忘れる、払しょくするために(ニューセラミックの)研究に没頭しましたが、生半可な努力では足りないとわかった。その時、真剣に『ど』を付けました」。「ど真剣」は稲盛哲学の土台になっている態度ですが、いつそれを身につけたのか、初めて聞く話でした。

 「ど」はど偉い、どでかい、ど近眼など「度を越した」の意味を持ちます。もともと関西由来の言葉だそうです。実際、小説とドラマで有名な「どてらい男(やつ)」のどてらいは関西方言として知られます。でも、真剣さに「ど」を付けたのは稲盛さんが初めてでしょう。

 稲盛さんの「ど」は仕事を成功させるための並外れた努力を言っているわけではありません。自分を押し潰そうとする恐怖から逃れるには狂気にも近い、一心不乱の仕事への集中が必要だったと明かしたのです。稲盛さんはよく「自分は臆病な人間」と語っていました。この時、その意味がよくわかりました。

 経営の神様と呼ばれ、稀代の起業家で思想家だった稲盛さんが臆病な人間であるはずはない。我々はそう思い込みやすい。でも違う、と稲盛さんはお話しになりました。このインタビューの7年後に稲盛さんは他界します。これが最後のテレビ出演でした。

 稲盛さんに初めて会ったのは、30代に入ったばかりの若輩記者として通信業界を取材していた1988年春のことです。稲盛さんは56歳の働き盛り。創業会社、京セラのトップにあり、85年の通信自由化で新規参入した第二電電(DDI)の会長兼社長としても多忙を極めていらっしゃいました。

 この時すでに当代きっての花形経営者として名を馳せていたことを覚えています。ベンチャーの先駆けとなって興した京セラを短期で世界企業に押し上げた実績に、説得力のある物言いが加わり、メディアのインタビューに講演にと引っ張りだこになっていました。初めてインタビューの機会を頂いた時にはカチカチに緊張したのを思い出します。

 昭和が平成に変わる1年前、DDIはその年の9月中間決算で売上高、経常利益ともに新電電3社中トップの業績を上げ、初の期間黒字を達成していました。それでも、稲盛さんに浮ついたところは微塵もありませんでした。この時、自分の書いた記事を読み返すと、「世界で最も高いと言われる長距離電話料金を下げ、まだ通信自由化の恩恵を受けていない地方の人々や企業にも安い新電電サービスを享受してもらいたい」と力強く語っていました。

 携帯電話全盛の今と違って、固定電話が国民生活と企業活動の生命線を握っていた時代です。バブル景気の絶頂期で、物価も所得も上がっていましたが、それでも電話料金の値下げはみなが望むところでした。

 稲盛さんが気骨のある優れた経営者であることは、すぐにわかりました。ただ、若気の私は、稲盛さんが傑出した思想家でもあることに、はっきりとは気づいていませんでした。

殺気にも似た強烈な「気」

 それでも1つ覚えていることがあります。記者会見の時も、それ以外の取材でも、稲盛さんをはじめとするDDIの経営陣には、ほかの会社とは違う清冽で尖った「気」、殺気にも似た強烈なやる気が充満していました。日本の通信を変えるのは自分たちだという強い志。密度の高い熱気。あえていえば、「革命家とその同志たち」といった印象です。

 しかし、「ど真剣」、さらには「利他の心」「動機善なりや、私心なかりしか」といった稲盛さんの思想が、その「気」の正体だったと知るのはかなり後のことになりました。

 本書のもう1人の主役、二宮尊徳を教えていただいたのも稲盛さんからでした。2000年末、経済誌「日経ビジネス」でのインタビュー。当時、私はこの雑誌の副編集長をしていました。

 稲盛さんにお願いしたのは2001年1月1日号の巻頭コラム「有訓無訓」です。巻頭コラムはその雑誌の品格を表す大切な記事です。しかも、世紀の変わり目。やはり緊張したのを覚えています。何を語ってくれるのか。

 「テーマは二宮尊徳でいきましょう」と稲盛さん。尊徳の俗名は皆さんご存じの「金次郎」です。当時の私は尊徳について、「大変な努力家、勉強家で、薪を背負って本を読む銅像になった人」というイメージくらいしか持ち合わせていませんでした。そんな尊徳を熱く語る稲盛さんの言葉に驚き、感銘を受けたのを覚えています。尊徳が西郷隆盛とともに稲盛さんが敬愛する歴史上の人物だと知ったのもこの時です。

 「いくつもの荒廃した農村に入っては、鍬一本、鋤一本で、朝は朝星、夕方は夕星を仰ぐまで一心不乱に仕事をし、一番最後に帰るのは、どこへ行っても尊徳だった」

 「心を美しくするにも一心不乱に仕事をする、どうもそれしかないなと」

 「生涯を農村復興に捧げた二宮尊徳があそこまで人格を高められたのも、なるほどそのためだったのか」

 一心不乱を「ど真剣」に置き換えると、尊徳が並みの努力家ではなかったことがよくわかります。インタビューは「一心不乱に働き己を磨く」の見出しで2001年1月1日号の巻頭を飾りました。記事中の写真は破顔の稲盛さんでした。

 京セラ広報室、秘書室の助けもあり、2001年以降も稲盛さんへのインタビューの機会を頂くことができました。新聞、雑誌のインタビュー、企画記事やテレビの特別番組などです。その都度、滋味深い稲盛哲学に触れ、あのえびす顔にお目にかかれたのは、記者冥利に尽きることでした。65歳の時に思い立って在家得度した稲盛さんは、表情もDDIの頃とは違った柔和なものに変わっていました。

叶わなかった幻の尊徳連載

 2022年8月、稲盛さんが90歳で永眠されたと聞き、まず頭をよぎったのは尊徳でした。これには巻頭コラムの思い出とは別の理由があります。

 「日経ビジネス」は2005年の10月から12月にかけて「敬天愛人 西郷南洲遺訓と我が経営」と題した13回の連載記事を掲載しました。筆者は稲盛さんです。私はいったん新聞社に帰任した後、出戻りで同誌の編集長を拝命していました。

 編集者は欲張りなものです。連載終了のお礼に京セラ本社を訪れた際、次は尊徳で連載をお願いできませんかと図々しくも持ちかけてみました。さすがに稲盛さんも最初は「勘弁してください」と苦笑されましたが、最後には「尊徳をさらに勉強したらいずれ考えてもいい」との返事を頂きました。関係者から尊徳に関する資料の寄贈を受けており、それを読み込んだらとのことでした。

 結局、稲盛さんご自身の書籍出版やJALの再建、私の異動などでそれが叶うことはありませんでした。幻の尊徳連載でした。

 稲盛さんがもし尊徳を書いていたら、どんなメッセージを込めただろう。尊徳のどこに共鳴していたのか。それが本書執筆の理由です。

 もう1つ、私は「ど真剣」という言葉が喉に刺さった魚の骨のようにうまく飲み込めずにいました。何をどこまでどうやったら「ど真剣」になるのか。稲盛さんと尊徳の人生、思想を重ね合わせることで、見えてくるかもしれない。その期待もこの本を書く動機になりました。

 稲盛さんは自著だけで55冊の書籍を遺されました。共著も含めると73冊にのぼります。尊徳もその波乱の人生や語録が弟子や後継者、尊徳を愛する市井の人々によって今に伝えられています。

 それらの本や資料を読むと、稲盛さんと尊徳の生き方や考えがよく似ていることに気づきます。時代こそ違え、第一級の実業家で思想家だった稲盛さんと尊徳。数奇な糸で結ばれた巨星たちは今、天国で何を語り合っているのでしょうか。

 江戸末期に活躍した尊徳にかかわる記述は、弟子や継承者、研究者らが残した多くの書籍や資料(尊徳本人の日記など含む)を照らし合わせ、一部ゆかりの地での取材を加えて構成しました。文中の尊徳の年齢は当時の慣習と主要書籍の表現にならい、数え年としました。

 ここからは登場人物も多く、敬称略で書き進むことをご容赦ください。


【目次】

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