その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はエドワード・ブルック=ヒッチングさんの 『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』 です。

 2014年1月21日、テーラーメイドゴルフ社CEOのマーク・E・キングが、ゴルフは廃れつつあると米国の業界関係者の会議で訴えた。世界最大のゴルフ用品メーカーのトップとして、競技人口が急激に落ち込んでいる現状に対処すべく、フロリダ州のローゼンセンターに関係者を集め、どうしたら瀕死の危機からゴルフを救えるのか、意見を求めたのだ。

 「過去10年間で競技人口は500万人減少しているのです!」と登壇者の1人、米国ゴルフ財団(NGF)のCEOジョー・ベディッツは声高に叫んだ。背後の巨大スクリーンには「5000000人減少」の文字が映し出される。「3000万人のうちの500万人です!」。少なくとも米国に限って言えば、年に8ラウンド以上プレーするコアな層のゴルファーが25パーセントも減少していることが数字で示された。

 「4人に1人ですよ! しかもそのコア層が、ゴルフ関連の消費やプレーの90パーセントを占めているのです」とベティッツは続けた。

 絶滅した鳥、ドードーとゴルフが同じ道を歩んでいるのかどうかは、まだ見守る必要があるが、テーラーメイドゴルフ社の狼狽ぶりからうかがえるのは、スポーツは不滅ではないという事実だ。人気が下火になり、人々の記憶から消えてしまうスポーツもある。

 本書の執筆を思い立ったのは、1719年に出版された、ハンス・フリードリッヒ・フォン・フレミング著『完璧なドイツ人の狩人』を読んだことがきっかけだった。「フックスプレレン(Fuchsprellen)」と呼ばれる娯楽を描いた不思議な挿絵が、私の目を釘付けにしたのだ。正直なところ、18世紀のドイツ語に精通しているわけではないが、「キツネ」と「跳ね返る」という、あり得ない組み合わせの言葉が使われていることは確かだった。挿絵を見て、自分の解釈が間違っていないことを確信した。着飾った貴族たちが、足をばたつかせている生き物を、平気で宙に放り投げているのだ。私は古書の取引業者に手紙を送り、そのスポーツについて見聞きしたことがあるか尋ねた。すると、自分をからかいたいなら、もっとましな冗談を言ってくれと答えが返ってきた。

 この「キツネ潰し」(英語では「キツネ投げ」)という娯楽は、歴史の記録の本流からこぼれ落ちてはいるが、ゲルマン民族の狩猟の歴史の中で異彩を放つ、興味深いスポーツだ(言っておくが、本当に目を疑う光景なのだ)。それが長年、表舞台から姿を消したままになっているという事実を考えると、こんなふうに忘れ去られているスポーツはどのくらいあるのだろうかという疑問がわいてくる。本書では、その答えを見つけるべく、歴史に埋もれた空白をのぞきこんでみたい。

 「スポーツ」という言葉は、「気晴らしをする、楽しませる、喜ぶ」を意味する古フランス語のデスポルテル(desporter)に由来する。ルールを定めるという考え方は比較的最近になって生じたものであり、何世紀もの間、スポーツとは体を使って楽しむ活動(特に狩り)を指していた。例えば、1755年編纂の『英語辞典』でサミュエル・ジョンソンは、まず「遊び、気晴らし、ゲーム。遊び戯れること、騒々しいお祭り騒ぎ」とスポーツを定義し、次に「野鳥狩り、狩猟、釣りなど野外での気晴らし」としている。本書では、新旧両方の意味でのスポーツを取り上げる。伝統的なスポーツだけでなく、マイナーなスポーツや一時的な流行に終わったスポーツに光を当て、歴史のはざまに置き去りにされてきたさまざまなスポーツの発展と衰退の物語を伝えていきたい。

 著述家や歴史家は最近まで、スポーツには記録に残すほどの価値はないと考えていたため、日常生活の他の事象に比べて詳細が分からないことが多い。だが、先人たちがどのように楽しんできたかを知ることで、道徳やユーモア、日々の試練といった幅広い事柄に対する当時の人々の姿勢を、これまでとは違う側面から理解できるようになるだろう。実際、スポーツはしばしば文明の発展において重要な役割を果たしてきた。ローマ人にとってコロッセウムや巨大な競技場における見せ物は、大衆の娯楽であると同時に、権力者が力を誇示するための政治活動でもあった。イングランドでは、アーチェリーやフェンシングといった軍事訓練に直結するスポーツから人心が離れてしまうのを恐れた当局が、たびたびサッカーなどの初期のスポーツを禁止しようとした。英国王のエドワード3世はその強硬派の1人だ。黒死病で多くの犠牲者が出たため、失った兵の穴を埋める、即戦力となる新兵がどうしても必要だったのだ。1363年には、イングランドの市民が浮ついた遊びに参加することを禁止している。

何人(なんびと)も、石や木や鉄を投げるゲーム、そしてハンドボール、フットボール、ホッケーや狩猟、闘鶏といった無益なゲームを行ってはならない。これに違反した者は禁固刑に処す。


 また、スポーツと教会の間には長い確執の歴史がある。膨らませた豚の膀胱(ぼうこう)を蹴って進む競技や、輪投げなどのゲームの他、賭けの対象となるような事柄に人々がうつつを抜かし、たびたび安息日の定めが破られたからだ。特に、村中がチームとなって行われた初期のサッカーともいえるスポーツが、教会との関係の悪化に拍車をかけたことは間違いない。何しろ、敵チームの村の教会の庭がゴールとして設定されており、得点するためにはそこにボールを蹴り入れなければならなかったのだ。そのうえ非常に暴力的なので、建物が破壊され、負傷者は絶えず、死者が出ることさえあった。1583年、ピューリタンの作家フィリップ・スタッブスは、『悪習の解剖学』で、この球戯における暴力を激しく非難している。

時には首が折れ、背骨、脚、腕が折れることもある。脱臼したり大量の鼻血が出たりすることもある〔中略〕サッカーは妬みや憎しみを助長する〔中略〕時にはけんか、殺人が起き、多くの血が流れる。


 それは今もあまり変わっていない。

 マイナーなスポーツは、現在の出来事を報道する人々からは見過ごされがちだが、自ら積極的に追い求めれば探し当てることができる。本書で取り上げたスポーツやゲームは、多岐にわたる文献や資料から掘り当てたものだ。スエトニウス、シェイクスピア、そしてアイスランドのサガ、14世紀のフィレンツェの写本、あるいは1794年の『ケンティッシュ・ガゼット』紙、1889年のベーデン=パウエル卿による独創的なイノシシ狩りへの賛辞『イノシシ狩り』など、ありとあらゆる文献を参考にした。忘れ去られたスポーツやゲームを調査する過程で、思いがけない面白い発見もあった。例えば、ロンドンの劇場がもともと残虐な動物虐待の闘技場だったこと、「やぶをたたいて獲物を追い出す」ということわざが、残酷な狩りの方法から生まれたこと、そして、鋲(びょう)付きの犬の首輪にまつわる歴史まで知ることができた(親が気をもむ若者のファッションアイテムを想像しがちだが、実用性から生まれたデザインだと分かった)。

 これらのスポーツが廃れていった理由はもちろんさまざまだが、おおむね「残酷」、「危険」、「ばかばかしい」の3つに分類できる。本書で取り上げたスポーツのなかで目立つのは「残酷」に分類されるものだ。人類は、動物を残虐に扱ってきた忌まわしい歴史があったこと(そして今も続いていること)を知ってはいるが、動物虐待の歴史を深く掘り下げて調べない限り、常軌を逸した残虐行為の全容を理解することはできない。ウナギ引きや、イノシシ狩り、イタリアでの猫への奇抜な頭突き、そしてもちろんキツネ潰しもこの範疇に入る。これらは、どう考えても残忍な〝ゲーム〟だが、当時の人々にとっては夕食前のちょっとした気晴らしにすぎなかった。社会が発展するとともに、動物を飛び道具のように扱うことに眉をひそめる人々が現れ、こうした娯楽は違法とされて歴史の奥底で朽ち果てていった。

 「危険」に分類されるスポーツは、あまりにもプレーヤーのリスクが大きいために、急激に衰退し、短命に終わったものだ。代表的なものとしては、バルーン・ジャンピングや、滝下り、花火ボクシングなどがある。それぞれ時代は異なるが、無鉄砲な人しか挑戦しないスポーツだという点が共通している。もちろん当初は、危険だからこそ向こう見ずな人々を引きつけるのだが、「命を落とす頻度が高い」となると、法律で禁じられるか、さすがに二の足を踏む人が増え、瞬く間に過去のものとなる。

 「ばかばかしい」スポーツの代表は、スキーバレエだ。アクロバティックなスキー技術とアイスダンス、悪趣味なファッションセンスをつぎはぎした競技で、ぴったりした競技スーツをまとったフランケンシュタインの怪物のようなものだ。このような書物を色々調べていくと、必ずお気に入りができてしまう。正直に白状すると、復活させてもよいと思えるスポーツのなかでも、私はいつの日か再び、スキーバレエの選手権を見られる日が来ることを願っている。

 どんなスポーツにも、有名人、チャンピオン、パイオニアは欠かせない。バルーン・ジャンピングの場合は、航空の専門家である〝聡明な(ブレイニー)〟ドブスだった。キツネ潰しではポーランド王アウグスト2世、スキーバレエではチャップスティックことスージー・チャフィーが、それぞれのスポーツを代表する存在だ。ただ個人的な話をすれば、私のヒーローは、ローラースケートの発明者ジョン・ジョゼフ・マーリンだ。独創的なベルギー人エンジニアで、楽器やオートマタなど、精緻な発明品が数多くある(英国ダラムにあるボウズ博物館所蔵の見事な「銀の白鳥」も彼の発明だ)。だが、彼の名を世にとどろかせたのは、1760年、最悪のお披露目となった車輪のついた靴だった。1801年、作家のジョゼフ・ストラットは『スポーツと娯楽』で、その〝壮大な除幕式〟について語っている。ちなみに別の文献によれば、マーリンはこの時、バイオリンを弾きながらローラースケートを履いて滑走したという。

1760年、スペイン大使とともにイングランドにやってきたリエージュ出身のジョゼフ・マーリンは、車輪で走るスケートを発明した。ただ、その初披露は成功とはいかなかった。発明品を履いてソーホースクエアのカーライル・ハウスの仮装パーティーで滑走したところ、500ポンドもする貴重な鏡に激突し、粉々にしてしまったうえに、彼自身も重傷を負った。


 本書を執筆するきっかけは、18世紀のドイツ人がキツネを空中に放り投げて楽しんでいる絵を見たことだったが、調べていくとさらに怪しげなものが次々と出てきた。単に酔狂だというだけでなく、あろうことかこれらは賛美されていた。ここで取り上げるスポーツやゲームを通じて、とても信じがたいような驚愕の歴史をのぞきこんでみれば、我々の先祖のユーモア、創意工夫、あるいは狂気の沙汰を、これまで以上に深く理解できるようになるだろう。


【目次】

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