その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は緒方憲太郎さんの 『ボイステック革命 GAFAも狙う新市場争奪戦』 です。
【はじめに】
なぜ今「音声」なのか
ボイシーを起業したのは2016年。音声の未来に可能性を感じ、音声産業が社会を大きく変えると考えていたが、当時はそんな話をしても、誰も聞く耳を持ってくれなかった。
その頃海外では、スマートスピーカーの登場やワイヤレスイヤホンの普及、音声テクノロジーの進化を背景に、音声コンテンツやサービスが急成長していたが、日本では相変わらず「音声? 今は動画でしょう」「ラジオを聴く人が減っているくらいなのに、何を考えているんだ?」「絵も音もある動画で十分じゃないか」といった反応だった。
しかし、それから5年経った2021年の今、「音声が社会を変える? 本当かもしれない」と、関心が高まり始めている。音声(voice)とテクノロジー(technology)による大きな変革「ボイステック革命」の予兆が、ようやく日本でも感じられるようになってきたのだ。
ボイシーでは、ビジネスのプロや芸能人などの「声のブログ」、4大マスメディアの記事が声で聴ける「メディアチャンネル」、企業が発信する「声の社外報」「声のオウンドメディア」など500以上のチャンネルが楽しめる音声プラットフォーム「ボイシー」を運営しており、2021年5月現在、月間ユーザー数は250万を超えるほどに成長した。
起業して最初の2年ほどは、正直「鳴かず飛ばず」だったが、2018年ごろから、「音声で発信したい」という人も、「声を聴いて楽しみたい」という人も増えてきた。相変わらず「なんで今さら音声なんだ?」と、周囲の風当たりは強かったが、ボイスメディアを運営し、じわじわと水面下で盛り上がる音声の可能性を自分で感じることができたからこそ、音声の未来への確信が揺らぐことなくここまで続けられたのだと思う。
クラブハウスが日本にもたらしたもの
そしてやってきたのが、2021年1月末に始まるクラブハウスブームだ。
クラブハウスは突然日本にやってきてブームを巻き起こした。「音声って結構おもしろい」「ながら聴きができるのっていい」「有名なあの人って、普段はこんな話し方をするんだ」「自分も発信を楽しんでいいんだ」……。多くの人が、音声の良さに気付くきっかけとなった。
「もっと音声に目を向けてほしい」「音声の魅力を知ってほしい」と私たちがあれだけ頑張ってきたのに、あっさりクラブハウスに「持っていかれた」ようにも感じた。正直、ものすごく悔しかったが、見方を変えれば最大のチャンスだ。私はすぐに頭を切り替え、広報担当と綿密な戦略を立ててクラブハウスに「全力で乗っかる」ことにした。
文字通り一日中クラブハウスに入り浸り、このサービスの特徴や強み、ユーザーが何に魅力を感じているのか、どんな風に使っているのかを徹底的に探った。目についたありとあらゆるルームに参加し、聴き手になったり会話に加わったりもした。ボイシーとして、パーソナリティの公開オーディションなどいろんな番組を始めてみた。
寝不足になるほど使い倒して実感したのは、「日本の音声市場がすべてクラブハウスに持っていかれることは絶対にない」ということだ。むしろクラブハウスが刺激になって、音声市場が盛り上がるだろうという確信を得ることができた。
カギはコンテンツだ。人の話は、全部が全部おもしろいわけではない。みんな、おもしろいコンテンツ、魅力的なコンテンツを求めていることが、あらためて痛いほどわかった1カ月だった。
芸能人やインフルエンサーでなくても、おもしろい話、魅力的な話をする人はたくさんいる。そして、そういった人たちの話は、もっと聴いてみたくなる。クラブハウスをきっかけに発信者として話す楽しさを知った人は、自分が話したことを残しておきたくなる。アーカイブ化、コンテンツ化への欲求が高まったように感じた。実際、クラブハウスによってボイシーを聴くようになった人も、ボイシーでパーソナリティとして発信したいと希望する人も大幅に増えた。
さらに、「ボイシーの緒方です」とクラブハウスに出没し続けたおかげで、「クラブハウスをどう見ていますか」「これからの音声市場はどうなるでしょうか」といった文脈で取材を受けることが急増した。2021年1月はメディアの掲載数が15件くらいだったが、2月は41件と2・5倍以上に増加。そして取材では、「クラブハウスによって日本の音声業界はより活性化する」「今、音声の流れがきている」という持論を述べ続けた。
しばらくすると、記者の方たちの音声に対する視線が変化してきたのに気付いた。以前は、「音声市場について教えてください」といったスタンスから始まっていたのが、「今年は音声がきそうですね!」と前のめりに話がスタートするようになったのだ。
春になり、クラブハウスブームはいったん沈静化したが、ボイシーは引き続き成長を続けており、リスナーも、パーソナリティ希望者も増え続けている。2020年に開始したボイシーの有料サービス「プレミアムリスナー」で、月間100万円以上を売り上げるパーソナリティも生まれ始めた。
音声コンテンツを聴きたい人も、発信したい人も、増えている。そして今、日本の投資家や大企業が、この状況を「見過ごせない」と捉え始め、「そろそろボイステックに投資しておこう」と動き始めた。
ようやく日本でも、ボイステック市場が生まれようとしているのだ。
今、何が起きているのか
私は、あらためてこのタイミングで、「なぜ音声なのか」「今、音声の世界で何が起こっているのか」をみなさんに知ってもらいたいと考えている。
多くの人がボイステック革命の予兆を捉えてはいるものの、実際に何が起こっているのか、なぜ今こんな流れが生まれているのか、理解している人はそう多くないように見える。しかも、この革命の規模や影響範囲を、過小評価している人が多い気がしてならない。
この革命は、情報と人のあり方を思い切り変える、スマートフォン(スマホ)登場以来の大きな変化だ。
アメリカでは、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)の中で、最後までボイステックへの取り組みが見えていなかったフェイスブックが2021年4月、とうとう音声サービスへの参入を明らかにした。
そしてGAFAはもちろん、マイクロソフト、ネットフリックス、ツイッター、スポティファイなど、IT大手がほとんど参入している。
私は、日本が世界に誇れる国であってほしいと願っている。これほどのダイナミックな変化が再び起ころうとしているのに、また、そこに乗り遅れてしまうのか。変化に乗り遅れ、海外企業の後塵を拝してしまった、AI(人工知能)、スマホ、仮想通貨(暗号資産)の時の二の舞いになってしまうのではないかと危惧している。次のビッグウェーブでは、日本にその産業の中のトップリーダーの一翼を担ってほしい。
今はまさに、新しい変化を察知し、どう波に乗るかを考えなくてはならないタイミングだ。本書を手に取るすべての人がボイステック市場に参入する必要はない。ただ、この新しい大きな波を、一緒に楽しんでほしいと思っている。
そして、社会の変化に耳をすませ、ともに新しい時代の証人になってほしい。
【目次】