その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はイアン・ブレマーさんの 『危機の地政学 感染爆発、気候変動、テクノロジーの脅威』 です。


【日本語版への序文】

 本書は危機に関する本だ。さらにいえば、危機の持つ力についての本だ。平常時では不可能な難題の解決や、将来の課題への新しい対策の創出が、危機によって可能となることがある。もちろん、危機だけでは十分ではない。21世紀の世界を襲う緊急事態をどのように生き抜き、どのようにその危機を活用するかを理解したリーダーも必要だ。知的で、弾力性があり、強いリーダーシップが必要となる。だからこそ、本書の日本の読者は私にとって非常に重要な存在なのだ。
 日本の読者には、なぜ日本の政治体制や文化が欧米で広く称賛されるのか理解しがたいかもしれない。日本経済は何十年も大きな成長を見せていない。人口も減り続けている。コロナウイルス禍は国民の自信にダメージを与えた。しかし、世界にとって幸運なのは、国際システムにおける日本の存在感が増していることだ。それは、日本の故安倍晋三首相がもたらした変化によるところが少なくない。安倍氏はインド、ドイツ、イラン、そしてアフリカの多くの政府との関係を築いた。日本がチャンスをつかみ、本書で取り上げたような拡大し続ける難題への解決策を提示できるようにしたのだ。韓国との関係改善も新たな希望につながる。
 2022年、岸田文雄首相は、韓国、オーストラリア、ニュージーランドとともに、日本の指導者として初めて北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席した。パンデミック、戦争、気候変動、破壊的技術―世界的な危機の時代に、日本の特質である安定性、強靱さ、法治主義、イノベーションを重んじる文化、そしてリーダーたらんとする意欲は、世界にとって非常に大きな価値がある。

 アメリカやヨーロッパの立場から見てみよう。世界は左右の政治的二極化という流れにのみ込まれたが、日本はそこに陥らなかった。世界では持たざる者の被害者意識が政治を動かす大きな力となっているが、日本の民主主義の強さと国家公務員の能力は疑う余地がない。他の主要先進国に比べて機会均等が進んでおり、日本の制度には国民からの信頼がある。私は日本のダイナミックで勤勉な民間部門とかかわって20年になるが、その経済の強靱さに大きな敬意を抱いている。この国では強力な社会的セーフティーネットが維持され、国民の尊厳が尊重されている。また、女性の社会進出が進むことで、日本が持つ創造性、創意工夫、勤勉性の潜在能力がより発揮されるようになってきた。このプロセスがさらに勢いを増していくと信じ、期待している。

 気候変動の危機の時代において、日本は、世界の経済発展に貢献することができる。大気、水、土壌の汚染、地球温暖化と異常気象、市民との社会契約を守れない政府の姿が示すのは、世界が「持続可能な資本主義」のモデルを必要としているということだ。日本が目指す「Society5.0」は、人工知能(AI)やロボット技術など、人々の生活を豊かにする高度な技術革新の上に成り立つ。この国の政財界のリーダーが世界に持続可能な道筋を示す機会となるだろう。今日の世界において、これほど価値のあることはない。

 日本は他国にとっても貴重なパートナーだ。2022年7月、日本がアメリカと共同で次世代半導体の研究開発センターを開設することが発表された。21世紀のグローバルサプライチェーンを現在・将来の国際的混乱から守るために不可欠な貢献となるだろう。

 本書の第1章は、アメリカと中国、そしてその複雑化する関係が中心となっている。日本は、この2国間の信頼を回復し、共通の利益となる問題での協力を強化させ、最も重要なこととして、2国間で高まる対立のリスクを抑制するために重要な役割を果たすことができる。欧州連合(EU)やカナダなどと連携し、欧米主導の既存の体制を守ることもできる。日本は、今日の危機の影響を抑え込むために、特に債務救済や移民への支援などで、指導的な役割を果たして各国をまとめることができる。日本のビジネスリーダーは、より良い医療、スマートシティの建設、新しい教育など、持続可能な投資を促進する新しい技術的解決策を提供することができる。

 世界は日本のリーダーシップを必要としているのだ。本書が一助となることを願っている。

2022年8月  イアン・ブレマー



【目次】

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