その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は田中雅博さんの『 AI駆動英語学習 』です。
【はじめに】
本書は、私の持つ2つの教育リソースを統合した英語の勉強法の本です。その2つとは、生成AIと、仕事に使う英語です。
私はもともと人工知能(AI)が専門で、長年、画像認識をはじめとするAIの応用研究に携わってきましたが、ここ数年の間変化は大変に大きく、ChatGPTを筆頭とする生成AIが、誰でも使えるものとして目の前に登場してきました。
AIの研究を続けてきたのと並行して、甲南大学では情報処理分野の学生を対象に技術分野に特化した「情報英語」という科目も担当してきました。私自身が長年、英語を使って論文を書いたり国際会議に行ったりしていたことから、そうした授業を受け持つようになり、前任校における英語による論文指導を含め、30年以上にわたって英語の指導も手掛けてきました。また、大学院の授業では、専門科目を英語で教えるといった取り組みも進めてきました。本書は、私が近年、生成AIを利用しながら、そうした授業や指導を通じて、独自に考え、実践してきたことを整理し、形にしたものです。
私自身は、高校3年生のときに文部省(現・文部科学省)に選ばれ、豪シドニー大学で行われた1974年のISS(International Science School;国際科学学校)に参加しました。このとき日本から参加したのは高校3年生5名で、私はその1人でした。当時から英語には自信がありました。といっても、山口の田舎の中学、高校に通っていた私は、都会にあるような英語を特訓する塾や英語で授業が行われるような学校に通えたわけではありません。通常の学校の授業のほかは、中学2年生のときに1年間聞き通したNHKラジオの「続基礎英語」と、無料で英会話を教えてくれるというので通った複数の教会で勉強しただけでした(宗教教育は受けずに英語のクラスだけ参加していました)。でも、そうした蓄積と度胸でISSというチャンスをつかめたのは、その後にもつながるよい経験でした。
海外生活も経験しました。1988年から1年半、オーストリア・ウィーン郊外のLaxenburgにあるIIASA(国際応用システム解析研究所)に、研究員として滞在しました。妻子とともにウィーンに到着し、家を探してくれたIIASAのhousingスタッフと話をしたとき、思ったようには英語が出て来なかったのを今でも覚えています。しかし、研究所内の公用語は英語だったので、1年半の仕事を通じて、英語が勝手に口をついて出るようになったのは確かな事実です。
オーストリアではドイツ語が使われていますが、私は逆に、生活環境の中でのドイツ語はあまり必要性がなかったため、ほとんど覚えませんでした。その点では、ドイツ語学校にも通い、幼稚園に通う子どもたちを通じて、現地の人との会話が必須だった妻のほうが、はるかにドイツ語を話せるようになりました。単に、ドイツ語生活圏に身を浸すだけでは、ドイツ語がしゃべれるようにはならないということを、私自身はこのとき、身をもって体験しました。
IIASAにはウィーンからのシャトルバスで通勤していましたから、その車中では研究所の人としょっちゅう雑談から仕事のことまで、いろいろと話をしました。このとき何人かから、“You are an unusual Japanese.”と言われたことはとてもよく覚えています。初めはどういう意味か分からなかったのですが、その真意を聞いてみると、unusual Japaneseとは英語が通じる日本人(と同時に「気持ちが通じ合う」もニュアンスとして含みます)という意味でした。これは褒め言葉だったのです。ランチタイムに、研究所内のレストランで大きなテーブルを囲んで、たまたまそこにいる誰かと雑談をしながら食事をするという毎日の経験も、英語力という点では非常にプラスに働きました。帰国後は、当時は円高が続いていたこともあり、毎年少なくとも2回くらいは国際会議で外国に出かけていました。2025年に大学教授を退職するまで、ほぼ同じようなペースで海外に出ていました。
unusual Japaneseが、英語の通じる日本人を意味するということは、usual Japaneseは、英語の通じない、気持ちの通じない日本人という意味にもなります。このusual(普通)という言葉が、当時からずっと私の頭の中に引っかかっていました。ひょっとして、多くの日本人は世界の舞台に出て行きながら、「英語に自信がない」というだけで、言うべきことや言いたいことも遠慮して言わず、そのために多くの場面で相手に言われるままに引き下がってばかりなのではないか。そのことをとても心配しています。unusualではなく、usual Japaneseが「話が通じる日本人」という褒め言葉になるように変えていかないと、これからさらに厳しくなっていくグローバルな社会の中で生き抜くのは難しいのではないかと思えてなりません。
今、生成AIが大きな注目を集めています。専門的な業務から身の回りのことまで、何でも大いに助けてくれます。本書を手に取った皆さんなら、既に手放せなくなっている人も多いでしょう。もちろん英語力の強化にも力を発揮するものです。それを示していくのが本書の目的です。ただ、私がやってみて有効だったことをそのまま皆さんにお勧めするのは適当ではないかもしれません。そこで、何をベースにして、千差万別である読者の皆さん方に勉強法を提示するかということがポイントになります。
ひとつ自信を持って言えること、それは「英語は慣れれば使えるようになる」ということです。そのきっかけは、私のようにラジオ講座でもいいですし、どこかで英会話を習ってもいいでしょう。でも今の時代、私と同じ方法がいいと皆さんにお勧めすることはしません。私は今でこそ、かなり役に立つ英語力を持っていると自負していますが、私がたどってきたやり方では時間がかかることが明らかです。
本書では、英語に慣れる方法として、生成AIを活用します。生成AIを使えば多くの人にとって簡単に「英語に慣れる」ことができます。おまけに、安くできます。語学力を上げようとすると、何かと出費がかさむというのは皆さんも経験があるでしょう。経済的にも生成AIは活用のしがいがあります。
さて、皆さんは、ご自身の英語をどの程度まで向上させようと思っているでしょうか。もちろん、英語はできればできるほどいいに決まっていますが、それには多大な時間と精神的負担が伴うことも明らかです。仕事や研究に日々携わっている皆さんにとって、英語にかかわる負担はなるべく少なく、でも何とか今よりもっと英語を使えるようにしたいというのが本音でしょう。エンジニアには、非常に多くの学ぶべきこと、やるべきことがあります。それなのに仕事のためとはいえ、日常業務に加えて英語の学習に多くの時間をかけることは、必須とまでは言えません。エンジニアもしくはエンジニアを目指す皆さんにとって、英語は仕事で「使う」ための道具です。そのことを再確認しましょう。仕事で使える以上のことは、必ずしも求められてはいないのです。
言語学習の目標は、単に使えるようになるだけでなく、その言語を使う国や地域の文化も学ぶことだとよく言われます。そのことは全く間違っていません。でも、英語ネイティブの人達も目指すような真の英語力を身につけるためには多大な時間が必要です。一方、エンジニアにとって仕事で必要なレベルの英語(技術英語と呼ぶことにします)であれば、目指すところが異なる以上、道のりも大きく異なります。仕事に使える英語を自分のものにするには、そこまで長い時間は必要ありません。本書では、エンジニアにとって必要な英語力や英語スキルは何か、それを明らかにし、皆さんが適切なゴール(目標)を設定するためのお手伝いをします。これにより、最小の労力で自分にとって必要な英語力を身につけることができるはずです。
エンジニアが必要とする英語は、英語の電子メールの読み書き、英語のWebサイトの理解、解説書や論文など技術文書の読み書き、国際会議、見本市、展示会、オンライン会議などでの英語によるプレゼンテーションや顧客対応、外国向けの製品に付随する説明書、マニュアル、契約書作成や理解など、多岐にわたりますが、本書ではそのために目指すべき英語力について、詳しく解説していきます。その詳細は、第5章以降で説明しています。
本書では、技術英語を大きく次の3段階に分けて考えます。
- 英語に慣れる(準備)
- 英語を使い始める(基礎)
- 英語で仕事をする(応用)
従来の英語教育は、「段階に応じて英語力を高める」ことを前提としてきました。たとえば、高校3年生ならこれ。大学1年生ならこれ……といったようにです。しかも、成績評価の大部分はペーパーテストですから、それでよい点を取るように訓練されることになります。しかしその方法では、いつまでたっても「仕事で使える英語」に到達できない人が少なからず出てきます。
本書の考え方は、全く異なります。「段階」と「自分の英語力」は切り離して考えます。そのうえで、
自分の英語力 × 技術英語の段階
に最適化された学習方法を設計します。それを生成AIに作らせるのです。
これまでの英語学習では、自分に合わない教材を使い続けるのが当たり前でした。しかし、今は違います。AIを使えば、自分の英語力・段階に最適化された教材を自分自身で作ることができる時代になりました。本書は、その新しい学習法を、誰でも実践できる形で提示します。
本書が対象とする読者はエンジニアですが、もう少し細かく見ると次の3つのグループに分けられます。
- 将来エンジニアや技術系研究者になりたいと思っている高校生や大学1、2年生
- これから英語を使うことになる若手エンジニア、ゼミ学生、大学院生
- すでに英語が必要になっている技術者・研究者
この番号は、先ほどの技術英語の段階に対応しています。エンジニアとしてどういう立ち位置にいるかによって、求められる英語力は変わってきます。そこに向けてどのように自分を進化させていくか。本書を通じて、その具体的な方法をご紹介したいと思っています。
私たちエンジニアにとって、英語は仕事をよりよく進めていくための道具です。本書を通じて、英語を「苦手でどう取り組んでいけばいいか分からないもの」から「使える道具」に変えてください。どんな形に結実するか、それはあなた次第です。本書を、あなたが自分自身の英語力を磨くための強力なマニュアルとして、ぜひお役立てください。
2026年7月
田中 雅博
【目次】






