その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」をご紹介します。今日は鳥海不二夫さん、山本龍彦さんの『 デジタル空間とどう向き合うか 情報的健康の実現をめざして(新装版)(日経プレミアシリーズ) 』です。

【はじめに】

 インターネットは、日々の買い物から家族や友人とのコミュニケーション、ニュースの閲覧まで、なくてはならない存在になっています。特にメールやLINE、各種SNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)等現代社会のコミュニケーションの多くは、ネット上のデジタルプラットフォームを介して行われています。
 情報社会の発展によって、私たちの日常生活の利便性が向上している一方で、デマやフェイクニュースの拡散、社会の分断、プラットフォーム事業者による個人の認知過程へのハッキングなど、新たな社会問題も多数発生しています。このような、私たちの日常生活に必要不可欠となったネットが社会にもたらす問題を、どのように解決していけばよいのでしょうか?
 本書は、2021年春から始めた私たちとデジタルプラットフォーム関係者との研究会がもとになっています。この研究会では、デジタル情報空間のあり方について議論を重ねてきました。主に技術と法律という二つの視点から議論し、その成果を22年1月に共同提言「健全な言論プラットフォームに向けて――デジタル・ダイエット宣言version.1.0」(本書巻末に収録)として発表しました。

 インターネットの発達により情報化社会となった現在では、あまりに多くの情報が存在しているため、すべての情報を吟味し、どの情報を信用して意思決定をするべきかを見極めることは困難となっています。その結果、フェイクニュースやデマなどの問題が生じていることは、多くの人が実感しているのではないでしょうか。しかし、この問題を技術的に解決するのは困難です。
 デジタル情報空間で起きている様々な問題の根底には、アテンション・エコノミー(関心を競う経済)と人間が先天的に持つ脆弱性があります。例えば、人々は必ずしも正しい情報を求めているわけではありません。正しい情報が提示されれば、誰もが正しい考え方に至るわけではありません。多くの人は賢くなりたいからではなく、楽しむために情報を得ています。このエンターテインメントとしての情報消費のことを、私たちは「ソーシャルポルノ」と呼んでいます。

 情報が本当かどうかは二の次で、ただ面白いから話題にし、みんなに拡散します。そのような、正しい情報を求めていない私たちと、関心を得ることによって経済的インセンティブがあるデジタルプラットフォーマーとの融合によって、様々な社会問題が発生しうるのです。
 そして、この問題はSNSなどのプラットフォームに限りません。アテンション・エコノミーに支配されている多くのメディアも、SNSと同様、危うい状況にあります。
 アテンション・エコノミーのもとでは、企業もメディアも、エンターテインメントを求める人々の心情に応える方向にシフトしていきます。ユーザーにクリックをしてもらうために、ソーシャルポルノを自ら提供していくことになります。

 情報飽和による弊害が特に目立つようになったのは、ごく最近、2010年以降のことです。20世紀末にインターネットが普及し、00年代には多くの人がインターネットを閲覧するようになりました。しかし、誰もが発信するまでには至りませんでした。それが、10年代になると、いわゆるWeb2.0の時代を迎え、ツイッターやフェイスブックなどの大規模なSNS、プラットフォームが出現し、情報提供者が大幅に増加することで情報の飽和が目立ってきました。
 人間が1日に情報取得のために使える時間、すなわち情報可処分時間は限られています。以前であれば、社会的に十分な情報を得るために、毎朝1時間程度、新聞を端から端までじっくり読んでいました。その中には大して興味のない情報も含まれていたでしょう。しかし、今はインターネット上で、好きなタレントの情報を追っていくだけで、同じ1時間が過ぎてしまいます。
 好きな情報ばかり見続けてしまうという人の性向を止める方法はありませんし、止めるべきではないでしょう。特定の情報の摂取を抑制するということは、人の自由を奪うこととほぼイコールのため、法的にも心理的にも強制するのは不可能です。
 しかし、受け手にとって都合のいい情報は、フェイクニュースかどうか考える前についつい見てしまいますし、フェイクではないと思いたくなるでしょう。フェイクニュースを提供する側も、よく見られるとわかっているから提供しているのです。その結果として、受け手は欲しい情報が得られ、提供側は多くのアクセスが得られるウィン― ウィンの関係が成り立っています。
 このような情報の受け手と提供側双方にメリットがある、しかし、フェイクニュースの氾濫のような社会全体に歪みを生じるエコシステムに対して、私たちは何をすればよいのでしょうか。

 本書は、第1章、第2章、第3章で、デジタル空間で日々起きているさまざまな問題を取り上げ、第4章、第5章、第6章ではその問題解決の方向性を示します。
 本書で提案する方向をひと言で言えば、情報的健康(インフォメーション・ヘルス)の実現です。情報的健康とは情報摂取のバランスをとることによって、フェイクニュースなどへの「免疫」(批判的能力)を獲得している状態です。
 私たちは、研究会で議論する中で、デジタル空間の情報摂取を食事になぞらえることで、一定の解決策が見えてくるのではないかと気づきました。
 人間は健康維持のために食事をする一方で、楽しみのために食べることもあります。おいしいものを食べると幸せになりますが、どんなにおいしいものでも、そればかり食べていると健康を害します。
 私たちが好きなものを自由に食べられるようになったのは、近代以降でしょう。その結果、栄養状態が良くなる一方で、生活習慣病をはじめ、新たな疾患を引き起こすようにもなりました。飽食の問題点がわかってくると、今度は、食事はバランスよく摂るべきで、食べ過ぎにも気をつけるべきと理解するようになりました。
 情報の摂取も食事とよく似ています。情報摂取には、新たな知見を得て、賢くなるという側面と、エンターテインメント、楽しみのためという側面があります。一方で、情報摂取には私たちが食事をするときに働かせているような「抑え」は存在せず、毎日好きなものばかり食べている状態に近いでしょう。しかし、食事については私たち自身をアップデートさせてバランスを考えるようになったのと同じように、情報についても私たち自身をアップデートさせ、バランスの良い情報摂取を実現できるのではないでしょうか。
 健康に気遣って食事をする人が増えてくると、健康食品やダイエット食品など新たなビジネスが生まれてきました。同様に情報的健康を目指すことが人々のコンセンサスになってくれば、関連の産業が生まれてくることでしょう。さまざまな情報、メディアが混在する中で、ジャンクな情報ばかり扱うのもメディアの一つのあり方かもしれません。逆に「うちは質の良い情報を扱います。信頼がおける詳細な情報を使って、情報的健康を考慮したものを提供していますよ」という企業が現れても不思議ではありません。

 情報的健康を実現するための第一歩は、ユーザーが主体的に情報を取捨選択する手助けをすることでしょう。
 例えば、たばこのパッケージには「喫煙はあなたにとって肺がんの原因の一つになります」と記載されているように、ユーザーに対して、摂取している情報は何か、それによってどのような結果が生じうるのかを何らかの形で示すことができれば、情報的健康の促進につながるかもしれません。重要なのは情報を規制することではなく、その情報はどういうものであり、それを摂取することによって何が起きうるのかを示すことだと私たちは考えます。例えば、『虚構新聞』の記事の内容が事実であると信じてしまった人には、それがパロディサイトであることを伝えたほうがよいでしょう。

 ユーザーの多くが自身の利益になると納得できるとともに、情報を提供している企業にとっても、インセンティブが働く状況に持っていかなければなりません。今の時代はとりわけ経済の視点が外せません。個々のシステムの構築や実現すべき社会システムの提言はできますが、そのシステムが世の中に受け入れられるためには、経済的な視点や人間心理の視点が伴わないとうまくいきません。

 アテンション・エコノミーという、現代社会を支配する強力な経済原理がある中で、何ができるでしょうか。アテンション・エコノミーに代わる新しい経済原理を考えることも必要ですが、アテンション・エコノミーの範囲で解決する方法を模索する必要もあります。
 本書が、情報的健康をキーワードに社会がどうあるべきか、今できることは何かを探りながら、新たな社会のあり方を考えていくきっかけになればと思います。

鳥海不二夫

【目次】

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