その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はポール・A・オフィット(著)、関谷冬華(訳)、大沢基保(日本語版監修)の『 疫禍動乱 世界トップクラスのワクチン学者が語る、Covid-19の陰謀・真実・未来 』です。

【はじめに】

 2019年12月11日、中国の武漢でコウモリ由来のコロナウイルスが出現した。そこからSARS-CoV-2(サーズ・コロナウイルス-2)と呼ばれるこのウイルスによる肺炎で数百人の患者が入院する事態になるまでに、時間はかからなかった。のちに新型コロナウイルスと呼ばれるようになったSARS-CoV-2は4000人以上の命を奪い、中国国外にも広がった。新型コロナウイルスの免疫を持つ人はおらず、誰もこのウイルスについて知らなかった。

 2020年1月に科学者たちがウイルスの分離に成功し、塩基配列を解読した。こうしてワクチンの開発が始まった。

 2020年3月に、世界保健機関(WHO)は世界中に広がったウイルスのパンデミック(世界的大流行)を正式に宣言した。この時点で、すでに1万2000人の死者が出ていた。コロナウイルスによる米国の死者数が20万人を超えた2020年5月、ドナルド・トランプ米大統領は「ワープ・スピード作戦(超高速作戦)」の開始を発表した。これは、米国政府が1100億ドルを投じて、製薬会社によるワクチン開発を加速させようとする取り組みだった。

 全世界のコロナによる死者が200万人に達した2020年12月、米食品医薬品局(FDA)は緊急使用許可(EUA制度)と呼ばれる簡略化されたプロセスを適用してファイザーとモデルナが製造したワクチンの使用を許可した。どちらのワクチンも、新しいワクチン技術である修飾メッセンジャーRNA(mRNA)を使用していた。これらのmRNAワクチンは臨床試験段階で7万人以上に接種され、高い効果が認められたが、EUA制度の承認プロセスは一般的なワクチンの承認に比べると基準が緩く、ワクチン開発もかなりの急ピッチで進められたため、少なからぬ数の国民が開発に手抜きがあったのではないか、安全ガイドラインが守られていないのではないかという不安を抱いた。(著者はロタウイルスワクチンを発明した研究者の一人だが、ロタウイルスワクチンの開発と試験には26年かかった。一方、最初の新型コロナワクチンの開発と試験の期間は11カ月だった。)

 米国の新型コロナウイルスによる死者が50万人を超えた2021年1月、ジョセフ・バイデンが第46代米大統領に就任した。バイデン政権はただちにワクチンの大量生産、大量流通、大量接種に向けて動いた。米国の医療制度は大勢の成人がワクチン接種を受けることを想定していなかったため、これはなかなか大変な作業だった。バイデン大統領の就任当時、米国では1日当たり100万人の医療従事者が新型コロナワクチンの接種を受けていた。この数字は1カ月後の2021年2月には150万人、3月には250万人、4月には350万人と順調に増えていった。これは見事な成果だと言えるだろう。

 2023年6月現在、米国人のおよそ96パーセント(子供は90パーセント以上)が新型コロナウイルスのワクチン接種を受けるか、ウイルスに感染するか、あるいはその両方を経験している。もはや病院が新型コロナ患者であふれ返ることはない。新型コロナワクチンの当初の目的は、重症化を防いで入院したり、集中治療室に入ったり、霊安室に運び込まれたりする人を減らすことだったが、その目的は達成された。ほとんどの人は、以前の生活を取り戻した。ニュース番組『60ミニッツ』でバイデン大統領はこう語った。「パンデミックは終わった。それでも新型コロナウイルス感染症の問題は完全には解決していない。まだやるべきことはたくさん残っている。しかし、パンデミックは終わった」

 バイデン大統領の発言は正しいのだろうか?

 パンデミックの定義の一つに、私たちの仕事や暮らしや活動をすっかり変えてしまうことが挙げられる。パンデミックは、インフルエンザのようなよくある感染症の流行(エピデミック)とはわけが違う。新型コロナウイルスが米国に入り込む2年前、インフルエンザは80万人の入院患者と6万人の死者を出した。インフルエンザは毎年流行するが、だからといって私たちの生活が変わることはない。日常的なマスク生活も、ソーシャルディスタンス(対人接触距離)の確保も、感染者の隔離も、移動制限も、休校も、会社の休業も、検査を受けることも、求められることはない。もしもこうした感染対策をすべて実行すれば、毎年のインフルエンザによる入院患者数や死者数は大幅に減るかもしれない。実際に、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるための対策が大々的に行われた2020年には、米国からインフルエンザはほとんど姿を消し、冬に流行することが多い他のウイルス性呼吸器感染症もほとんど見かけなかった。

 今の私たちは、新型コロナウイルスと共存し、この感染症による死者が出ることを受け入れる段階に来ている。新型コロナウイルスが消えることはない。これだけは確かだ。インフルエンザは1300年代から流行を繰り返してきた。同じように、新型コロナウイルスも世界中を巡り、より感染力が強く、免疫をすり抜ける新たな変異株を生み出しながら、数十年、いや数世紀にわたって私たちを脅かし続けるだろう。


 今や誰もがマスクを脱ぎ捨て、屋内に大勢で集まり、大規模なスポーツイベントやコンサートに出かけ、公共交通機関を利用し、映画館で映画を見ている。日常は以前の姿を取り戻しつつある。しかし、免疫不全などの理由でワクチン接種が有効でない人々が米国内だけで900万人もいることを忘れてはいけない。また、米国だけでも毎年400万人の赤ちゃんが生まれているが、赤ちゃんはウイルスに非常に感染しやすい。それに、高齢であったり、何らかの理由で体力が低下していたりするために、比較的軽い感染症でも命に関わりかねない米国人も数千万人いる。さらに、新型コロナワクチンは重症化の予防効果は高いが、発症の予防や感染防止という意味合いの効果はそれほど期待できない。世界中のすべての人がワクチンを接種し、ウイルスの変異株が出現することがなくなったとしても、新型コロナはなくならないだろう。

 特にこの感染症による影響を受けやすい人々を守りながら、私たちはどのように新型コロナウイルスと共存していけばよいのだろうか。これからも検査とマスク着用は続けるべきか? 幼い子供たちにもワクチン接種を受けさせる必要はあるだろうか? パンデミック後の世界で新型コロナワクチンの接種が義務化される可能性はあるのだろうか?


 本書では、私たちのこれまでの歩みを振り返り、これからどこを目指すのかを考えていく。新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)した2020年、私はフィラデルフィア小児病院感染症科で医師として勤務していた。他の多くの病院と同様に、私の勤務先にも大勢の感染者が運ばれてきた。新型コロナにかかった子供たちは呼吸をするのも苦しそうだった。集中治療室に運び込まれて人工呼吸器につながれた子供たちの両親は泣いていた。命を落とした子供たちもいた。病院で働く多くの医療従事者は、目の前の光景に打ちのめされた。

 同じく2020年に、私は新型コロナワクチンを設計し、試験を実施する最善の方法について製薬会社に助言するグループに加わるように米国立衛生研究所(NIH)所長のフランシス・コリンズ博士から要請を受けた。さらに私は2017年からFDAワクチン諮問委員会の委員を務め、投票権も与えられていた。こうした肩書のせいで、CNNやMSNBC、FOXニュースなどの全国ネットのニュース番組や、CBS、NBC、ABCなどのモーニングショーに出演して刻々と変わる状況を解説するように頼まれることも少なくなかった。私の言葉はしょっちゅうメディアに引用された。同じような立場に置かれた多くの人々と同じように、私は状況を正しく理解することに大きな責任を感じていた。

 しかし、パンデミックが長引くうちに、私たちが常に正しいとは限らないことがわかってきた。その理由は、私たちが判断を下すときに手元にある情報が十分でないことが多かったからだ。ときには、あちこちから内容が食い違う勧告が出されることもあった。その結果、多くの米国人が組織であろうが、個人であろうが、パンデミックから世界を救い出そうとする案内人を信頼しなくなっていった。米国の成人を対象として2022年に実施されたピュー研究所の調査によると、医者が公共の利益のために動いていることを強く信じていると答えた割合はわずか29パーセントだった。同じ年のNBCニュースの世論調査では、米疾病対策センター(CDC)を信頼していると答えた人の割合は、パンデミックが始まった当初の69パーセントから2年間で44パーセントまで低下した。

 これから、私たちが学んできた──そして間違いなくこれからも学び続けることになるであろう──新型コロナウイルス感染症にまつわる出来事の裏側を紹介する。新型コロナウイルスはインフルエンザやRSウイルス感染症のように冬に流行して米国で毎年数十万人を入院させ、数万人を死亡させる呼吸器感染症ウイルスの仲間入りをした。本書では新型コロナウイルスをめぐる陰謀論の出どころを探り、今後のパンデミックへの私たちの対応にどのような危険をもたらす可能性があるかを明らかにする。さらに、私たち自身や子供たちを新たな病原体からしっかり守れる方法も考えていく。また、本書のウェブサイトでは詳しい資料や最新の科学や勧告のリンクを紹介している。

 それでは、最初のところから話を始めよう。この恐ろしいウイルスはどこから、どのようにしてやって来たのだろうか?


【目次】

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