その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はジェームズ・W・クレメントさん、クリスティン・ロバーグさんの 『SWITCH(スイッチ) オートファジーで手に入れる究極の健康長寿』 です。

【はじめに】

スイッチ

人生の悲劇とは、年をとるのは早すぎ、賢くなるのは遅すぎることだ。
― ベンジャミン・フランクリン

 数年前、医学の分野で密かにブレークスルーが起こった。それは科学の世界では広く知られるようになったが、一般社会ではまだあまり話題になっていない。

 あなたが考える、健康で長生きするための「秘訣」とは何だろうか。「血糖値のバランスを保つ」「適正体重を保つ」「運動をする」などが頭に浮かんだのではないだろうか。

 確かに、いずれも素晴らしい目標だが、とても大切なポイントを見落としている。これらは、極めて効果的な老化防止プロセスである「オートファジー」を誘発する手段にすぎないということだ。オートファジーとは、細胞内で損傷・老化して有害な影響をもたらす細胞小器官(細胞内でさまざまな働きをしている器官や構造)や粒子、細胞内細菌(病気を引き起こす微生物)を取り除き、再利用する方法のことだ。オートファジーには、免疫系を強化し、がんや心臓病、慢性炎症、変形性関節症、うつ病や認知症などの神経変性疾患の発症リスクを大幅に低下させる効果がある。このプロセスは、細胞内の「mTOR(訳注*「エムトア」と読む)」と呼ばれるタンパク質の働きが抑制されることで誘発される(訳注*反対に、mTORが活性化するとオートファジーが抑制される)。本書では、このmTOR複合体を「スイッチ」と呼ぶ。

 人体は数兆個もの細胞(※)で構成され、そのほとんどは同じような構造や活動をしている。細胞の構造は人間の体内のほかの細胞だけではなく、地球上のあらゆる動物の細胞と酷似しており、人類進化の源である細菌ともほぼ同じだ。細胞がその生命を健全な状態に保つには、内部でさまざまな化学反応をひたすら実行し続けなければならない。それをしているから、私たちは生きていられる。この化学反応は細胞内の無数の構成要素の間に重要な関係をつくり出し、いくつもの経路でつながっている。

※人体を構成する細胞の平均的な数については、現在でも科学者の間で論争が続いている。30兆から40兆の間だと見なされているが、これには体内や皮膚上に存在する細菌の数は含まれていない。

 細胞内で起こるこれらの化学反応は、総称して「細胞代謝」と呼ばれる。mTOR複合体による作用も、ほぼすべての細胞で起こるこうした代謝プロセスの一つだ。健康・長寿効果があるとされるさまざまな介入方法はすべて、実質的にこのスイッチを調節する手段にすぎない。本書では、これらの方法がどのようにしてこの重要なスイッチを調節し、定期的にオートファジーを有効にしているのか、その仕組みを詳しく説明していく。

 このスイッチは、照明器具の調光器のようなものだと考えてほしい。つまり、つまみを片方の端に向けて回すと光が強まり、逆に回すと弱まる。人類は体内でこの「成長」(mTORが活性化)と「修復」(オートファジー。このプロセスは長期化することもある)の生物学的なスイッチを絶え間なく回したり戻したりできるように進化してきた。

 だが現代人は、このスイッチを常に「成長」の方向にひねり、「修復」の方向にはほとんど(あるいはまったく)回さないような生活を送っている。このスイッチが「成長」にあるとき、「細胞のごみ収集車」の働きをする「修復機能」は動きを止め、細胞内の廃棄物(異常タンパク質や病原体、機能不全の細胞小器官)を取り除く能力が低下する。「オートファジー」という単語はギリシャ語で「自分自身を食べること(自食)」を意味する。ほとんどの細胞が備えている強力な自己浄化機能である。

 細胞内部の分解システムに触れた論文は数十年前からあったが、その仕組みが解明されたのは最近のことだ。2016年には、東京工業大学栄誉教授の大隅良典(分子細胞生物学を専門とする日本人の生物学者)が、体内でのオートファジーのメカニズムを解明した功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞した。大隅教授の研究は「21世紀の大発見」と称賛され、医学を新たなパラダイムに導いた。

21世紀のパラドックス

 25歳以上の読者に、残念なお知らせがある。あなたは今、医学的に見て「老化」が進んでいる。もちろん、老化は生まれた瞬間から始まっているのだが、ある種の生物学的な変化は、生まれてから25年後にギアが切り替わるように加速する。その後、はっきりとした下り坂を進まなければならない。細胞の働きが変化し、成長ホルモンの分泌は減る(もう身長が伸びたり、靴のサイズが大きくなったりはしない)。新陳代謝のペースも一段落し、脳は完成に近づき、筋肉と骨の量はピークに達する。顔の皺(しわ)に気づき、夜ふかしすると肌つやが悪くなり、高校時代より5キロも体重が重くなり、原因がよくわからないだるさや不眠症などを経験する。だがこれらの兆候が表に出るはるか前から、老化は身体の奥深くで進行している。変化は一夜にして起きたように見えるが、そうではない。

 現代は、私たちの健康にとってとても刺激的な時代だ。人体に関する科学的知識の進歩に加えて、分析や診断の技術も急速に発達しているからだ。精度が低く高価な20世紀の分析装置は、21世紀に入ると高精度で安価なものに取って代わられた。私の研究室にも、数十年前には見たこともなかったような機器がたくさんある。

 生物学と医学の優れた研究論文の数も、爆発的な勢いで増えている。こうした急激な変化の中、私たちは今、以前に比べてはるかに病気のリスクや寿命をコントロールしやすくなった新時代に突入しようとしている。細胞内の活動に対する科学的な理解も飛躍的に高まっている。しかし、私たちの生活習慣や医療に関する決定に大きく影響するはずのこの新しく重要な情報は、国民の健康政策を担う政府や、私たちを治療する医師にはほとんど知られていないのが現状だ。これから私たちが健康について正しい判断を下していくには、この知識が不可欠だ。一昔前に比べて伝染病や感染症で命を落とす不安は大幅に減ったが、現代は、身体に悪い食べ物のとりすぎや、身体を動かす機会の減少といった問題を抱える人が増えている。その結果、加齢とともに、さまざまな病気にかかるリスクが高まっている。だがそれは、食生活や生活習慣の改善、画期的な薬やサプリメントの使用などによって、かなりの割合で予防可能だ。

 2019年、権威ある医学雑誌のランセットに、「全世界の死亡者の死因の2割は、単なる不健康な食事である」という驚くべき研究結果が掲載された。良質で栄養価の高い食べ物が手に入らないからではなく、砂糖や塩、肉の食べすぎが、心臓病やがん、糖尿病、認知症などの21世紀の主な文明病を引き起こす原因になっているのだ。毎年1100万人が、健康的な食事をしていないという理由で地球上から姿を消している。不健康な食事によって命を落とす人は、喫煙や高血圧が原因で死ぬ人よりも多い。この研究では、年齢や性別、居住国、社会経済的地位なども考慮に入れていたが、人々はこれらの要因とは関係なく不健康な食習慣の影響を受けていた。つまり今日の世界では、慢性病の主な原因は食事である。現代人の多くは食べ物に困ってはいない。にもかかわらず、不適切な食事によって病気になっている。これはとても残念なことだ。

 この研究は、ノースカロライナ大学公衆衛生大学院が実施した、代謝が正常な米国人の割合の調査後に行われた。代謝が正常な状態とは、「血糖、トリグリセリド(中性脂肪)、HDL(善玉コレステロール)、血圧、胴囲の五つのパラメーターで、薬の助けを借りずに基準値レベルを維持していること」と定義されている。2009~2016年に米国の8721人を対象に実施された米国国民健康栄養調査のデータを精査し、慢性疾患のリスクを調べた結果、最適な代謝状態にあるのは米国人のわずか12.2パーセント、つまり8人のうち1人しかいないことがわかった。この結果も、私たちが自分で食事をコントロールできる状況にあることを考えると残念である。

 私たちを死に追いやっているのは不適切な食事だけではない。量も問題だ。今日の食品業界は、消費者に過剰な量をとらせようとしている。その結果、多くの人は食べすぎていながら栄養不足になっている。これは現代のパラドックスだ。

 現代人は以前よりもはるかに健康的な食事を楽しめるようになった。栄養価の高い自然食品が豊富にそろっているほか、農業や流通の進歩のおかげで新鮮な果物や野菜が季節を問わず手に入るようになった。だがその一方で、不健康な食事は増え、カロリーも危険なほど高くなっている。以前、あるレストランで、シロップ(高糖度コーンシロップを使ったもの)がたっぷりかかり、ベーコンが添えられた大きなバターミルク・パンケーキを注文し、そのあとでチーズピザを頼んだ人を見かけたことがある。私の目には、皿に載っているのは糖尿病で、デザートは心臓病に見えた。私たちはもっとまともな食事をすべきだ。

 食事に関する情報が混乱し、減量や健康増進を望む人々の間に大きな不安を引き起こしていることも、この問題に拍車をかけている。それは「低糖質(ローカーボ)か低脂肪(ローファット)か」や「菜食主義か肉食か」といった議論に目を向ければすぐにわかる。メディアには矛盾した情報があふれ、食品メーカーの宣伝の内容も疑わしい。現代では栄養に関する話題は、極めて対立的で政治的なものになってしまった。

 食べ物は「不安や病気の源」ではなく、「喜びや栄養の源」と誰もが思っている。そのため、私たちは食べ物と病気になるリスクとの関係についてはあまり考えない。たとえば喫煙が肺がんの原因であることはよく知られているが、清涼飲料水やベーグル、チーズバーガーのとりすぎと、アルツハイマー病や心臓病、大腸がんになるリスクとの関連性はほとんど意識されていない。

 現代の加工食品産業による誤解を招くマーケティングが、人々をますます病気に向かわせている。だが、良い知らせがある。私たちはそれを変えることができる。

私がこの分野にのめり込んだ理由

 私は1960年代から1970年代にかけて、典型的な中西部の科学オタクとして育った(宇宙科学や脳科学が好きだった)。大学では政治学と心理学を専攻した(神経生理学も集中的に学んだ)。2年生のときには神経生理学者のプロジェクトに参加し、共著者として執筆した論文がサイエンス誌に掲載されたこともある。卒業後はミズーリ州の上院議長代行のもとで1年間働き、その後、カリフォルニア大学サンフランシスコ校ヘイスティングス法科大学院に進学した。最終学年時、ベストセラーのLife Extension:A Scientific Practical Approach(ダーク・ピアソン、サンディ・ショウ著)を読み、深い感銘を受けた。当時、法学部の学生だった現在の妻からは、キャリアを変えて分子生物学者に転身するよう勧められた。だがその後20年間、その夢を心の奥底に秘めたまま過ごした。法律関連業務に従事し、さまざまな事業を立ち上げ、運営した(ニューヨーク州イサカのコーネル大学のキャンパス近くにある有名な地ビールの店もその一つだ)。その後、再び生物学の研究をするという若き日の夢を追い求め始めた。

 2000年代前半には、誕生まもないライフエクステンション(寿命延長)運動に関わるようになった。長寿実現を目指すいくつかの団体にボランティアとして参加した後、テクノロジーを活用して人間の生物学的限界を乗り越えることを目的とする組織「世界トランスヒューマニスト協会」の運営に携わった。また、親友のダン・ストイチェスクとh+マガジンを立ち上げ、作家・編集者のR・U・シリアスを編集者として同誌を数年間運営した(ストイチェスクは医薬品化学の博士号を持ち、自らの遺伝暗号の完全な解析に35万ドルという高額な料金を払った世界で2番目の人間だ)。ストイチェスクの励ましと支えもあり、私は2008年と2009年の大半を、バイオテクノロジーや医学のカンファレンスへの出席、幹細胞研究やクローニング、遺伝子治療に携わる人々の研究室への訪問、健康と長寿に関連するさまざまな分野の科学論文を読み漁ることに費やすなど、このテーマに完全にのめり込んでいた。

 2009年11月、私はシンギュラリティ大学で開催された「第1回エグゼクティブ・プログラム」に出席した。シンギュラリティ大学はピーター・ディアマンディスとレイ・カーツワイルが設立したシリコンバレーを拠点とする未来志向のビジネス・インキュベーターで、エクスポネンシャル・テクノロジーと呼ばれる技術を使って世界の問題を解決することを目指している。エクスポネンシャル・テクノロジーとは、主要産業や人々の生活を飛躍的に進歩させ、劇的な変化をもたらすことが期待されるテクノロジーのことで、人工知能(AI)や拡張・仮想現実、ビッグデータ、医学、ロボット工学、自動運転車などが挙げられる。ディアマンディスとカーツワイルは学生たちに、どのようなプロジェクトを選択するにせよ、それによって10億人の役に立つことを目指すようにとアドバイスしていた。私はそのとき、自分の残りの人生を世界中の人々の健康寿命を延ばすことに捧げようと決意した。

 2010年前半、私は106歳以上の高齢者が、がんや心臓病、神経変性疾患などの生命に関わる病気をどのように避けてきたかを調べるために、「スーパーセンテナリアン・リサーチ・スタディ」(超長寿者に関する調査研究)を立ち上げた。また、ハーバード大学医学大学院のジョージ・チャーチやリバプール大学のジョアン・ペドロ・デ・マガリャンイスなどの一流の科学者の支援も得た(彼らは現在も私の非営利の医学研究機関の科学顧問を務めている)。その後の数年間、同僚と一緒に北米と欧州の各地を訪れ、106歳以上の高齢者から60人分以上の血液サンプルを採取した。

 2009年12月以降、私は老化生物学に関する論文を毎日5本から10本読むことを日課にしている。2019年6月の時点で、読み終えた論文の数は1万8000本を超えた。2013年には、食事制限(カロリー制限とタンパク質制限)、断食(間欠的、長期的)、ケトジェニック・ダイエット(超低糖質の食事)の三つの食事法についての科学を深く掘り下げようと決心した。私が知りたかったのは次のことだった。

「これらの食事法が有益な効果をもたらす原因は何か」

「これら三つの食事法が健康と寿命を向上させるメカニズムは似ているのか、それとも異なっているのか」

 本書は、これらの疑問に答える。私は論文を500本ほど読み終えた時点で、mTORと呼ばれる細胞内複合体と、mTORの働きを抑制することで活性化されるオートファジーが健康と長生きの鍵を握っているかもしれないと気づいた。そして、カロリー制限や間欠的断食、超低糖質の食事が寿命を延ばすのに極めて有効なのは、それらの食事法にこの代謝のスイッチの方向を変える作用があるからではないかという仮説を立てた。この仮説に穴がないかを探るため、さらに500本の論文を読んだのちの2013年12月、師事しているハーバード大学医学大学院遺伝学教授ジョージ・チャーチと同大学の著名な教授で友人のデイヴィッド・シンクレアにこの仮説を説明した。2人とも私が大きな発見をしつつあることに同意してくれ、できる限りそのまま研究を続けるようにと励ましてくれた。デイビッドは私に、この知識を他の科学者や医学専門家、世間一般に広めるために、本書を書くことを勧めてくれた1人でもある。その間にも、mTORとオートファジーに関する文献は爆発的に増え続けた。 私はこのテーマの研究に没頭する一方で、自らも徹底した寿命延長法の実践を続けている(ちなみに、私は「ハーバード・パーソナル・ゲノム・プロジェクト」に参加しており、参加者番号145、PGP IDはhu82E689 だ。興味がある人は、私のゲノム、突然変異、健康に関するあらゆるデータをネット( https://my.pgp-hms.org/profile/hu82E689 )からダウンロードできる。私の自慢は、2010年前半に世界で12番目にゲノム配列をすべて解読された人間になったことだ)。

 私は現在、健康寿命の延長と疾患リスクの低減に取り組む非営利(「501(c)(3)」カテゴリー)の医学研究機関「ベターヒューマンズ」( https://betterhumans.org )を運営している。また、治験審査委員会で承認された複数の臨床試験の研究責任者を務め、アンチエイジングに関する幅広い実験や基礎研究を行う自らの研究所も運営している。人生を寿命延長の研究に捧げると決心して以来、ハーバード大学やエール大学、スクリプス研究所、UCLA、ニューサウスウェールズ大学、マウントサイナイ病院、プリンストン大学、テキサス大学サウスウェスタン医療センターなどの有名研究機関に所属する世界トップクラスの科学者との共同研究に関わり、そのプロジェクト数も飛躍的に増えた。

 私は現在の医学の進歩が革命的な長寿(100歳を超えても健康に生活できる)をもたらすと信じている。それを一刻も早く実現させ、私の両親(80代後半)や高齢の友人たち、私が出会った活力に満ちた素晴らしい100歳以上(センテナリアン)や110歳以上(スーパーセンテナリアン)の人々がさらに長生きし、真に健康的(30代と同程度)な人生を送れるようにする手助けをしたい。それによって間違いなく社会を変えられると確信している。一部の人とは違い、未来の社会がディストピア的、マルサス主義的な暗いものになるとはまったく考えていない。

 若い世代にも本書を読んでもらいたい。30代や40代の人の中には、認知症やがん、心臓病の初期段階にありながら、本人や担当医が実際に病気に気づくまでに数年、場合によっては数十年もかかることがある。気づいたときには手遅れというケースもあるだろう。だからできるだけ早く、健康に意識を向けるべきだ。健康的なライフスタイルを身につけて日々を過ごせば、70代や80代以上になっても50代のような感覚のままで生活できる。以前は、長寿に生活習慣が影響する割合は65パーセントから75パーセントで、残りは遺伝的な要因で決まると考えられていた。しかし最近の研究では、生活習慣の割合は90パーセント以上となっている。110歳以上生きるスーパーセンテナリアンの遺伝子を受け継いでいないほとんどの人にとって、これはとても良い知らせだ。自制心を持って目指せば、健康的に長生きできるのである。

 今日、米国人のうち平均寿命の82歳に達するのは5割未満であり、そのうちの3分の2はがんや心臓病で亡くなっている。82歳を過ぎた「幸運な半分」の人々の多くも、サルコペニア(加齢や病気による筋肉量や筋力の低下)や骨粗しょう症(骨密度の低下)、高血圧症、認知症、パーキンソン病、アルツハイマー病などに苦しんでいる。だが、このような病気は避けられる。世界を見渡すと、がんや心臓病、アルツハイマー病は、人々が「原始的」な暮らしをしている地域では、ごくまれにしか見られない。近代化した国々の中にも、少ないながらもそのような地域がある。こうした「長寿のオアシス」では、米国に比べて3倍もの人々が100歳になり、はるかに長く良好な記憶力と健康を保っている。私の使命はこの格差を是正し、「文明病」に苦しむ人々の健康と長寿を取り戻すことだ。

 本書のテーマは、私たちの体内で日常的に機能しているべきなのに、おそらくは何年も眠ったままになっているプロセスである「オートファジー」の力を目覚めさせ、それを活用して、スーパーセンテナリアンの遺伝子を持たない多くの人の寿命を延ばすことだ。現在、世界各地でオートファジーに関する臨床試験がいくつも行われている。本書では、このスイッチを再びオンに戻す方法を紹介していく。

本書の内容

 本書の冒頭には、1970年にはるか彼方のイースター島で、この重要な細胞のスイッチを発見する最初の手がかりを見つけたカナダのマギル大学の調査隊が登場する。酵母や線虫、ショウジョウバエの科学的研究を通じて、カロリー制限や間欠的断食、運動が健康と長寿をもたらす理由として、オートファジーの重要性を明らかにしたことも紹介する。遺伝子操作されたマウスや稀少な変異遺伝子を持つ人が、同じ細胞内浄化のスイッチによってがんや心臓病、糖尿病、神経疾患から守られているメカニズムについても見ていく。

 また、これらの貴重なデータに現在の栄養学が追いついていない理由、金と政治の力によって健康効果の薄い食事が推奨され続ける仕組みについても説明する(「旧石器時代式(※)」と呼ばれる人気のダイエット法や菜食主義の食事に欠陥がある理由も述べる)。各章では、ぜひとも知っておくべきオートファジーの特色を読者に案内していきたい。

※「旧石器時代ダイエットとは、260万年前の旧石器時代から約1万2000年前の農耕文化の黎明期にかけて、人類が進化の過程で食べてきた物を模倣することをコンセプトとする食事方法だ。一般的には「パレオダイエット」と呼ばれることが多く、本書でも以降はそう呼ぶ。

 最終章では、本書で紹介した内容を実践するための具体的な方法を解説する。オートファジーには活性化させるべきではない時期がある。その理由も説明する。そこで紹介する戦略はすべて、人や動物が自然の中で暮らすときに、本来起こっていたはずのことをシンプルに模倣している。

 現代では、農業や食品保存の技術が進歩したことで、食生活における利便性は高まったが、半面、それらは老化を早める原因にもなっている。砂糖(や異性化糖=ブドウ糖と果糖を主成分とする液状糖)、単純糖質、穀物飼育された畜肉(悪玉の脂質が豊富)、大量の乳製品(スイッチを「オートファジー」とは逆の「成長方向」に保持するタンパク質を含む)などの非常に消化の早い食べ物がいくらでも手に入るようになったからだ。

 現代人の食事には食物繊維が著しく不足しており、消化器系や、腸内細菌叢(そう)と呼ばれる腸内の微生物の健康に悪影響が生じている。腸の役割はあまりクローズアップされないが、代謝障害や病気になるリスクと非常に密接な関係がある。本書の目的は、この老化の加速を逆転させ、再び、自然な食事や運動を取り戻すことだ。それによって、「スイッチ」(mTORとオートファジー)のバランスを保てるようになり、数世紀前にはまれだったが現在では広く蔓延している加齢に伴う疾患の予防が可能となる。

 mTORやオートファジーはまだ新しい研究分野で、細胞活動への刺激や最適化に関するものを含め、これから明らかにすべきことがたくさんある。本書は、これまでの研究結果に基づく知見を土台に、栄養の知識や、薬剤、ビタミン、サプリメント、生活習慣などについてのアドバイスのほか、あっと驚くような情報も提供する。たとえば、ある毒素が身体に良いとされ、ある種類のナッツがほかよりも特別な効果をもたらすことや、現在大流行中のパレオダイエットや狩猟採集民ダイエットに、高血糖や体重増加、骨量減少、腎臓障害、がん細胞の増殖といったリスクを生じさせるおそれがあることは、まったくと言っていいほど知られていない。

 私はこの分野の多くの研究者と同様、このスイッチを制御するメカニズムが現代医学における最も重要な発見の一つだと確信している。この知識を日々の生活に応用すれば、身体の衰えや生活習慣病の影響をできる限り受けずに年齢を重ねられるようになる。つまり、「死亡率曲線を平行に(※)」できるわけだ。

※「死亡率曲線を平行に」とは、加齢によって健康状態を損なうことなく、病気にかかりにくく、死の直前まで健康が続くことを意味する。スーパーセンテナリアンと呼ばれる110歳以上の超長寿者の多くが、このような形で死を迎えている。

 今は認知度が低いこのプロセスにスポットライトが当たれば、医師はこの知識を患者に説明し、治療や患者指導に活かせるようになるだろう。この狭い研究領域への関心が高まれば、多くの科学者が自らの研究によってこの生物学的プロセスの仕組みを解明しようとするだろう。それによって、民間や国によるこの分野への研究資金の出資がさらに促されることも期待している。


【目次】

画像のクリックで拡大表示