その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中島貴春さんの 『Digital General Construction 建設業の“望ましい”未来』 です。

【プロローグ】
建設業の未来は「デジタルゼネコン」にあり

「We've always tried to be at the intersection of technology and liberal arts」(テクノロジーとリベラルアーツの交差点に立つ)

 これは、Apple社を創業したスティーブ・ジョブズの言葉です。私が大学3年生の頃、この名言をもじってTwitterに以下のように投稿しました。

「建設とテクノロジーの交差点に立つ」

 今思うと少し痛い学生だったかもと、少々恥ずかしく思いますが、投稿から10年以上、この交差点に立ち続けています。建設とテクノロジーが交わった先にある未来を見据え、自らの手で創り出すことを私自身のミッションとして過ごしてきました。

「建設×テクノロジー」に向き合った10年

 はじめに、筆者である私、中島のことを説明します。新卒で大手IT企業にエンジニアとしての内定をもらっていたのですが、普通のエンジニアとして満足して終わってしまいそうな自分に漠然と不安を抱き、2013年、大手ゼネコンである竹中工務店にIT系職種として入社します。一般的にゼネコンに入社する際、建物をデザインする設計部門か、実際に建物を造る施工部門に配属されるのがほとんどです。ゼネコンにとって花形は利益を上げる施工部門で、毎年優秀な人材が多く配属されます。この2部門のほか、大手ゼネコンになると都市開発や原子力関連を手掛けるエンジニアリング・技術開発などの本社採用があり、私が採用されたIT系職種もそうした一つでした。IT系採用とはいえ、竹中工務店では現場監督を経験したほか、工事現場におけるICTやBIM(Building Information Modeling)活用を推進しました。

 入社してから3年後の2016年に同社を退職し、同年、CONCORE'S社(現:フォトラクション社)を創業して代表取締役に就任します。フォトラクション社は、「建設の世界を限りなくスマートにする」というミッションを掲げる、建設業特化のテクノロジーを提供するスタートアップです。もしIT企業でエンジニアになっていたら、本書もなかったと考えると本当に良い決断だったと思います。

 ゼネコンは建物を建てるプロフェッショナルの集まりであって、当たり前ですがITに詳しい人は多くいません。私は幼少の頃からプログラミングが好きで、ゼネコン時代はエクセルのマクロが組めるだけで大変珍しがられました。建設業に入社する人とは違ったことに興味を持てる点が、結果的に優位に働いたと思っています。ゼネコンのIT系職種を経てスタートアップを起業するという、一般的な建設業のキャリアとは異なる環境に身を置き、「建設×テクノロジー」にずっと向き合ってきたことで、ほかの人とは異なる解釈で業界やプロダクトを見ている自分に気が付きました。若気の至りというやつなのかもしれませんが、10年という歳月は、「建設×テクノロジー」というニッチな分野においては割とベテランと言え、それなりに目は肥えてきたのではないかという自信もあります。

「デジタルゼネラルコンストラクション」誕生へ

 本書には、私が10年にわたって「建設×テクノロジー」に向き合った結果たどり着いた「建設業の望ましい未来」を書いています。先に結論を書けば、建設業の未来は「デジタルゼネコン」(Digital General Construction)が誕生していると思います。ここで注目してほしいのは、「コントラクター」(Contractor)ではなく「コンストラクション」(Construction)であることです。「デジタルゼネコン」という言葉から一般的に想像するのは、建設プロジェクトの中で元請けとしての役割を持つゼネコン(General Contractor)がITツールを駆使してデジタル化を進めた状態だと思います。しかし本書で語りたいデジタルゼネコンは、デジタルゼネラルコンストラクション、直訳すると「デジタル総合工事会社」でしょうか、デジタルを得意とした新しいスタイルの建設会社です。本書の主役となる言葉ですので、ぜひ覚えておいてください(図表0-1)。

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 近年、ゼネコンをはじめとした建設業が使うITツールは目まぐるしい進化を遂げ、クラウド、BIM、IoT(Internet of Things)、スマートデバイスなど多くのテクノロジーを活用するようになりました。クラウドに関して言えば、私がゼネコンにいた時には想像もできないぐらい当たり前のように活用しています。建設業における最も偉大なテクノロジー企業の一つであるAutodesk社をはじめ、多くの企業がITツールを提供しており、建設業の人々の作業を効率化し、データを蓄積することで今まで見えなかったものを可視化しました。

建設テックは生産性向上に結び付かず

 このような変化はありますが、建設業の「付加価値労働生産性」を見ると、実は長い間ほぼ横ばいという状況が続いています。数年前から掲げている「工事現場の週休二日」はいまだ実現に至っておらず、世の中「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が叫ばれていますが、建設業に限っては、この20年間、デジタル化による大幅な生産性向上は果たせていないと言わざるを得ないと思います。もちろん、現場は知恵を出して工夫していますが、業界全体の生産性を改善するほどの効果には結び付かず、真剣にテクノロジーに取り組んでいる方ほど、「果たして今の延長線上に答えがあるのか?」と疑問を持ち始めている頃だと思います。

 テクノロジーの進化が早いと何が正解で何が不正解なのか判断するのは難しいのですが、迷いが生じ方向性が定まらないと、身につけるべきスキルや経験すべきキャリアは曖昧になります。そうした状態が続くと、学生たちに将来不安定な業界と見なされ、不人気業界となってしまいかねません。現状の人手不足に加えて業界の人気がなくなれば、建設業の閉塞感はより一層増してしまうことでしょう。

 日本の建設業はかつて名実ともに世界No.1といわれていた時代がありました。今も、建設投資額は世界3位の規模があります。ですが、「ENR」(Engineering News-Record:世界の建設業界において最も権威のある出版物の一つ)が毎年発行している建設会社の世界ランキングを見ると、2022年の上位20社に日本の会社は1社も入っていません。要因は様々あると思いますが、やはり日本の建設業の強みであるプロジェクトマネジメントのデジタル化が適切に進まず、生産性が上がっていないことが大きな原因だと思います。今後、国内の労働力人口はどんどん減り、2024年には残業規制もなされます。建設業の未来は、現状の下降していく労働力不足を補うほどの生産性向上をいかにして実現するか、そこにかかっていると思います。

 だからこそ、「建設とテクノロジーを組み合わせた建設テックに焦点を当て、これまでの業界の歴史やデジタル化の流れを整理したうえで、どうしたら建設業の生産性が高まるのかを見いだそう」――。これが、本書をまとめた動機です。既存の延長線上にある「建設業のデジタル化」の話はもちろんですが、特に力を入れたのは、デジタルゼネコンの必要性であり、デジタルゼネコンは従来型の建設会社と何が違うのかといったことにページを割きました。私は、デジタルゼネコンとして掲げる新しい建設生産システムこそ、建設業の生産性を大幅に向上し、業界の閉塞感を打破する鍵だと考えています。デジタルゼネコンは、日本だからこそ生まれるチャンスがあり、再び世界に日本の建設業が世界一だと知らしめるチャンスだとも考えています。

本書の構成

 本書は3つの章で構成されています。第1章は建設業の誕生から近代の歴史を書いています。建設とテクノロジーを取り扱うにあたって、建設業がどのような道筋をたどってきたのかを知ることは非常に重要であり、未来を考えるにあたっては必要不可欠だと考えたからです。建設業としての歴史は意外と浅く1800年代半ばからの話となります。そこでは建設市場を取り巻く環境が大きく変化していく中で、大手建設会社の創業者たちが今でいうイノベーションを起こそうと必死に頑張る姿が想像できます。現代の建設業を担う私たちも学ぶ点があるのではないでしょうか。

 第2章は建設テックそのものを中心に扱います。IT活用が遅れているといわれている建設業においても、2012年の大手建設会社によるスマートデバイス一斉導入を皮切りにして、デジタル化が大きく進んできました。そんな建設テックの普及の歴史を「BIM」「ITツール」「建設プラットフォーム」と大きく3つに区切って書いています。建設テックは生産性向上のためのテクノロジーではありますが、果たしてどのようなものがあるのか、そして建設業のデジタル化は今後どうなっていくのかを整理することで、デジタルゼネコンといった存在がどのようなものになるのか理解を深めていけたらと思います。

 第3章はデジタルゼネコンについてです。建設テックを大きくけん引する存在として多額の投資を受け、急成長を目指すスタートアップと呼ばれる企業群の存在があります。それらに触れつつ、時代とニーズの変化に応じて建設テックは今後も進化し続け、いずれデジタル化が進んだ結果、組織と事業の構造変化が起きるDXといわれている現象が起こり得ます。建設業におけるDXとは何であるか、そしてその時に誕生するデジタルゼネコンとは具体的に何であるかを明らかにします。

建設業をデジタルで変える、皆さんと共に

 建設業の仕事は人々の命や生活の質に直結しており責任が重いですが、その内容は素晴らしく称賛されるべきものがあると思います。ダイナミックに物事が進み、造るものも地球最大規模、数多くのステークホルダーが関わっているものづくり産業は、間違いなく楽しくやりがいのある業界だと思っています。もちろん、そこで働く人々は非常に優秀であり、愛すべき人たちがたくさんいます。日本の建設業が秘めているポテンシャルはとてつもなく大きなものがあると考えています。

 ただ、重厚長大産業である建設業を変えるのは簡単ではありません。それでも、建設業の望ましい未来に向けて、私自身も建設業界の一員として、本書を手に取ってくれた皆さんと共に頑張っていけたらと思っております。長い歴史を持つ建設業からしてみたら、本書の内容は取るに足らないモノかもしれません。それでも、建設業に携わる人、そしてこれから携わる人が1人でも多く、この本をきっかけに未来に希望を持ち、一生懸命に考え、産業のデジタル化に向けて行動してくれたら、これほどうれしいことはありません。


【目次】

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