その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」をご紹介します。今日は伊賀聡さんの『 組織をゾーンに入れる会議の魔法 』です。
【はじめに】
「会議を通じて組織がゾーンに入る」と聞いて、あなたは信じられますか?
創造的な戦略が生まれ、目標や戦略が共有され、一人一人のメンバーの魂に火が付き、組織に横連携が生まれ、統合された戦略の下、それぞれの施策が展開され、様々な関係者の心を動かすことで大きな成果が上がる。そんな夢のようなことが会議を通じて起きるなんて……。
組織がゾーンに入る──。チームスポーツではよく目にする光景でしょう。人々の印象に残る感動的な場面は、まれに起きる奇跡の大逆転です。例えば2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝したサムライジャパンの大活躍は、記憶に新しいところではないでしょうか。
3月21日に行われた準決勝メキシコ戦。日本チームに奇跡の逆転劇が起こりました。試合は終始メキシコのリードで進み、9回表メキシコの攻撃が終わって4対5と日本は1点のビハインド。いよいよ9回裏の攻撃です。以下、「2023 WORLD BASEBALL CLASSIC」の公式ページを基に、試合を振り返ってみましょう。
9回表、まずは大谷翔平選手がメキシコの守護神ジョバニー・ガジェゴス投手の初球を右中間に運びます。二塁に達すると、大谷選手は日本ベンチに向かって両手であおるジェスチャーでチームを鼓舞します。続く吉田正尚選手が四球を選んだ後、村上宗隆選手が打席に立ちます。村上選手は大会を通して不振にあえいでおり、この日も3打席連続三振に倒れていましたが、3球目の甘く入ったストレートを振り抜くと、打球はセンターの頭上を超えてフェンス直撃。大谷選手が二塁から生還してまず同点。さらに代走の周東佑京選手が一塁から俊足を飛ばして一気に生還しました。この逆転サヨナラ劇に野球ファンのみならず、日本国民の多くが興奮したことでしょう。
打席に立った大谷選手の集中力が普段以上に高まっていたことは、テレビ画面からも十分伝わってきました。2塁ベース上で見せた仲間を鼓舞するポーズは、チームだけでなく観客の心も揺さぶりました。大谷選手の行動は後続の選手たちの心に火を付け、各選手も集中力を高めていきます。大谷翔平という一人の選手の集中力が、大舞台の中で周囲に伝播し、組織全体がゾーンに入る。そんな場面を私たちは目の当たりにしたのです。
もう一つスポーツで心に残った事例を紹介しましょう。少し時を遡りますが、それはラグビーワールドカップ(W杯)2015での出来事。「ブライトンの奇跡」として知られる、9月19日の南アフリカ戦です。この時、日本代表 ブレイブ・ブロッサムズは初のベスト8が目標でした。しかし、W杯で24年間も勝利がない日本と、W杯2回優勝の実績がある南アフリカとの実力差は歴然でした。
試合は前半、南アフリカの波状攻撃を必死に防いだ日本が10対12の僅差で折り返します。後半残り9分の時点で29対32。ここから日本チームの集中力がどんどん高まっていきます。スタンドからの大声援を受け、日本は南アフリカのゴール前へと攻め込んでいきます。多くの観客が、予想外の健闘を見せる日本を応援していました。
異様なムードの中、残り約3分に南アフリカが反則を犯し、日本にペナルティーゴール(PG)が与えられました。五郎丸歩選手がPGを決めれば引き分けに持ち込めます。しかし、リーチ・マイケル主将の選択は違いました。トライを狙いにいったのです。残り約1分、ゴール近くで南アが反則。リーチ主将は再びPGではなくスクラムを選び、トライを狙いにいきます。エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)はPGの指示を出していました。しかし、「勝たなければ歴史は変わらない」と選手たちは気持ちを一つにして勝負に出ました。恐らく選手たちの集中力はピークに達していたでしょう。
果たして、ブレイブ・ブロッサムズは世界のラグビー史において永遠に語り継がれるであろう、奇跡のジャイアントキリングをなし遂げたのです。
勝負に勝つ、優勝するなどの大きな成果を達成できるのは、日々の個人トレーニングやチームミーティング、チームの連係プレーを体にたたき込む練習の繰り返しがあってのことです。日々のチームコミュニケーションと反復練習を通じて、互いの信頼関係と勝利を目指すという共通目標が生まれたからこそ、メンバー全員のモチベーションが高まり、一人一人が持っている力が最大限発揮され、さらにメンバー間での相互触発、相乗効果が生まれるのです。それが、大舞台での奇跡の大逆転へとつながるのです。
こうした一連の流れを、私はチームが「ゾーンに入る」と呼んでいます。チームスポーツほどドラマチックではないかもしれませんが、ビジネスにおいてもそのようなことは起こり得ます。日々の「会議」を通じて組織内のコミュニケーションが円滑になり、継続的に互いが持つ知恵を出し合い、互いの信頼関係と事業成長を目指すという共通目標が生まれ、メンバーのモチベーションが高まり、一人一人が持っている力が最大限発揮され、さらにメンバー間での相互触発、相乗効果が生まれます。それが組織全体の力を引き上げるため、大きな事業成長へとつながるのです。
チームスポーツでは、監督やヘッドコーチといわれる指導者が存在します。そこで選手に与えられる戦略というと、監督や幹部が考え、上から与えて従わせるといったイメージがあるかもしれません。しかし、偉大な指導者は選手たちに声をかけ、個性あふれるメンバーの専門性や強みを生かしながら、彼らの中に眠っているアイデアやひらめきを引き出し、それらを結集して1つの戦略としてまとめ上げます。ただ上から与えた戦略では、選手たちの間で自分事化しないのをわかっているからです。メンバー一人一人が、自分たちの頭で、自分たちの言葉で考えた戦略であることが重要なのです。
2023年のWBCで、米国との決勝戦を前に大谷選手がチームメイトにかけた「(相手のメジャーリーガーに対して)憧れるのをやめましょう」の言葉は有名です。一人の選手が言った言葉が仲間の心を動かし、奮い立たせ、目標や指針となり、一人一人の集中力を高め、それが相互触発を生み、チーム全体に広がり、組織の創造力と実行力が極限にまで高まる。そうなった時、初めて奇跡は起きます。そして、その奇跡を起こすために各球団、各チームは外部からプロフェッショナルの監督、指揮官を招聘(しょうへい)するのです。
音楽でも同様のことは起きます。世界の名だたる交響楽団、オペラやバレエ団は、外部から音楽監督「マエストロ」を招聘します。マエストロは各楽団員の持つ専門性や才能、個性を引き出しながら全体を統合し、聴衆に感動を与える音楽を創造します。
時に有名マエストロばかりが脚光を浴びる傾向はありますが、マエストロのわがままだけで奇跡のような演奏が創造できるわけではありません。交響曲は交わり響くことが大切ですし、協奏曲は、協の字の通り、楽団員が力を合わせ、助け合って音楽を奏でることで良い音楽が「協=かなう」という意味です。協奏とはまさに共創なのです。
マエストロは優秀なスポーツの指導者と同じく、楽団員が持っている個性や才能、可能性、アイデアを引き出す役割を担います。それらを生かしながら楽団全体が進むべき方向を示す指導者、つまり戦略の「ナビゲーター」です。さらに各専門パートがバラバラになり、個別最適や部分最適に陥ったりしないよう全体を統合する「インテグレーター」でもあり、全体をオーケストレーションする調整役の「ファシリテーター」でもあります。高い視座、広い視野、鋭い視点が必要な、クリエイティブな仕事です。センスに加え、経験の蓄積も必要です。
マエストロ自身はあくまでメンバーの能力を引き出すことにたけた、協奏支援者です。こんにち、ビジネスの世界においても経営の伴奏(伴走)支援や協奏(共創)支援を行う「戦略マエストロ」が必要になっているのではないでしょうか。
社会や技術が複雑になり、社会課題や地域課題、産業課題の解決が難しくなっています。それを乗り越えるため、多様な個性、才能、専門性を持つメンバーの知恵やアイデアを引き出し、それらを創造的な戦略にまとめ上げ、目標や方針を共有し、メンバー一人一人のモチベーションを高め、各施策を部分最適、個別最適にとどめることなく統合し、横の組織ともシステマチックに連携しながら、最大の成果を上げることが求められているのです。その役割を担う存在こそが「戦略マエストロ」です。
戦略マエストロは、従来の軍隊型、ピラミッド型組織を率いるリーダーとは異なり、協奏支援に徹し、フォロワーシップで能力を発揮する新しい時代のビジネスリーダー像です。まさに「戦略の黒子役」と言ってもいいでしょう。
戦略マエストロが活用すべき手段が「会議のファシリテーション」です。普段の会議を共創の場、創発の場に変え、「会議の力」を通して、社会が、地域が、組織が、内側に持っている経営力を引き出します。さらに経営力再構築の協奏(共創)支援を行い、会議の力で社会や地域、経営の課題を解決します。
本当に会議の力で組織を変えることがきるの? 会議の力で創造的な戦略が生まれ、組織がゾーンに入るだって? 誰もがにわかには信じられないはずです。そういう方に、ぜひこの本を読んでいただきたいと思います。
本書では筆者が20年以上にわたる、推定1万回・2万時間を超えるファシリテーター経験で培った、ベテラン戦略家ならではの組織をゾーンに入れる会議と事業戦略づくりの奥義を、余すところなく棚卸ししました。これから「戦略」について学ぶ初心者には、必ずしもわかりやすい内容ではないかと思いますが、特に仕事のスタイル、仕事の価値観が大きく変わろうとしている今、組織マネジメントやプロジェクトリーダー、事業責任者として大きな悩みや迷いを抱えている経営者、マネジャー、リーダー層に届くことを願っています。
また、まだまだ俺は力を発揮できる、若い世代には負けんと思っているシニア層にも、「戦略マエストロ」という、一つの在り方、ロールモデルを提示できると幸いです。
戦略創発ファシリテーター
伊賀 聡
【目次】








