その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は網倉久永さん、新宅純二郎さんの『 マネジメント・テキスト 経営戦略入門 』です。

【はじめに】

 本書は、初学者を対象読者とする、経営戦略論の入門テキストである。経営戦略論は、1970年代の多角化研究を経て、Michael Porter CompetitiveStrategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors(1980)の出版を機に競争戦略に注目が集まり、米国の研究者を中心に、経営学における比較的新しい研究分野として確立してきた。

 日本でも、伊丹敬之『経営戦略の論理』(1980)、マイケル・ポーター『競争の戦略』(1982、前掲書の邦訳)、土屋守章『企業と戦略』(1984)などの刊行を契機に、1980年代前半に経営戦略論に注目が集まり始めた。85年には、本格的なテキストとして石井淳蔵・奥村昭博・加護野忠男・野中郁次郎『経営戦略論』が出版され、90年代には多くの大学で「経営戦略論」を冠する講義が開講されるようになった。

 筆者の二人はいずれも1990年代初頭から、学部学生を対象に経営戦略論を講義してきた。当初はテキストとして、ポーターの邦訳書などを用いてみたものの、説明に用いられている例は、学生には馴染みの薄い米国企業のものばかりであった。また、国内で出版されたテキストも、半ば研究書としての性格が強く、初めて経営戦略論に触れる読者がテキストとして独力で読みこなすのは難しいと感じていた。そのため、講義では特定のテキストを指定することなく、いわば手作りで講義資料を準備してきた。

 基礎知識を持たない初学者が独習に用いることを念頭に、経営戦略論の基本的な概念やロジックを、読者に馴染み深い事例を用いて、丹念に説明した入門テキストが必要であると考え、筆者の講義資料に基づいて執筆したのが本書である。


 本書が対象として想定している読者は、経営戦略に興味を抱いている学生や実務家である。近年、わが国でも専門職大学院が増加し、経営学を専攻する大学院生も増加してきた。しかし、数の上では、経営学を学ぶ学生の圧倒的多数を、実務経験を持たない学部学生が占めている。また、実務家であっても、実際に戦略的な意思決定に携わっているとは限らない。学部学生や比較的若年の実務家にとって、経営戦略は身近なトピックとはいえず、戦略は、社長や事業責任者などの「偉い人」が考える難しいものであるという感覚を抱いているように見受けられる。

 だが、筆者は、優れた戦略とは「理に適った」ものであり、そのエッセンスは簡明で、専門知識がなくても十分に理解できると考えている。優れた戦略とそうでない凡庸な打ち手の違いを見分ける「戦略審美眼」を読者に養ってもらうことが、本書の目指すゴールである。

 このゴールを目指して、本書ではいくつかの工夫を試みた。その第1は、基礎的理論・概念、分析ツールを丹念に説明することである。日本の実務家は世界に類を見ないほど勉強熱心で、書店には数多くの「ビジネス書」が平積みにされている。多くのビジネス書では、基礎的な理論や概念、分析ツールの概略が紹介されているものの、独習する初学者が深く理解できるだけ丹念に説明されていることはまれである。

 本書では、経営戦略の基礎理論や分析ツールの考え方やロジックを丁寧に説明することを心がけた。特に、業界の構造分析や製品ポートフォリオ・マネジメント(PPM)などの分析ツールについては、読者が実際に「手を動かして」自ら分析を行えるよう、現実の公表データに基づいた分析のプロセスを詳細に記述している。様々な理論や分析ツールを用いて導いた「結論」だけを提示するのではなく、その結論に至るプロセス、ロジックや考え方をできるだけ丁寧に説明するよう心がけた。

 第2の工夫は、経営戦略にかかわる基礎的な理論・概念を網羅的に取り上げることである。比較的新しい研究分野であるとはいえ、海外で出版されたものまで含めると、経営戦略に関する優れたテキストは多数存在する。しかし、それらのテキストで扱われているトピックは、1980年代以降に研究者の関心を集めてきた「競争戦略」に偏っているように思われる。70年代に主要な研究対象とされた多角化研究を代表とする「全社戦略」について触れているテキストは少なく、多くの場合はPPMなどが断片的に取り上げられている程度である。本書では、競争戦略・全社戦略の双方について、基礎的な理論・分析ツールを網羅的・体系的に解説するよう心がけた。

 本書で取り上げた経験曲線やPPMなどは、1970年代に最先端の経営ツールとして一種のブームとなったため、往時を知る読者には「古色蒼然」といった印象を与えるかもしれない。経営理論にもトレンドがあり、本書で扱っている理論や分析ツールの多くは最先端とは呼べないものである。最先端の理論・分析ツールを知ることも大切であるが、その一方で古典的な理論・分析ツールの基礎をしっかり理解することも重要であると、筆者は考えている。

 第3に、読者にとって身近な現象を説明対象として選ぶよう心がけた。古典的な理論・分析ツールを、それらが提唱された時代・国での例、たとえば1970年代の米国企業の例で解説しても、現代の日本に生きる読者には「遠い世界」の出来事でしかなく、共感を持って理解してもらうことは難しいだろう。そのため、なるべく日本の新しい事例を取り上げるよう心がけた。

 これらの工夫が、他のテキストとは異なる本書の特色であり、差別化のポイントである。ただし、これらの工夫が実際にどれだけ功を奏しているかは読者の判断を待つしかない。特に、第3のポイント、「身近な事象」という点については、近年の社会変化はそのスピードを増しているように感じられ、本書で取り上げている例が「時代遅れ」となっている可能性は否定しきれない。こうした点について、読者からのフィードバックを得られれば幸いである。


 本書の執筆は、筆者二人が講義計画・資料を持ち寄り、学部教育の専門授業として経営戦略論を通年4単位(90分講義で30回前後)で講義する際にカバーすべきトピックを検討することからスタートした。本書は、全体として3部から構成され、第1部が「経営戦略の基礎概念」、第2部が「競争戦略」、第3部が「全社戦略」となっている。第2部と第3部が、それぞれ半期(2単位)での「競争戦略」「全社戦略」の講義にほぼ対応している。

 本書の全体構成は、筆者の間で比較的容易に合意を見たものの、具体的に各章で何を取り上げるべきかの取捨選択は容易ではなかった。また、取り上げるトピックそれぞれについて、身近な例を探し、分析ツール利用の実例を示すためには、膨大な量の調べものが必要であった。そのため、本書の完成には当初の予想よりも長い時間が必要となった。本書が曲がりなりにも完成できたのは、ひとえに、以下の皆さんから貴重なサポートを得られたためである。ここにお名前を記して、改めて感謝したい。

 上智大学経済学部経営学科において開講している網倉ゼミナール卒業生の皆さん。卒業年次順に、岩田寛士、藤井初美、山田真也、鈴木遼、多功英貴、山下麻衣子、居代真澄、田中真帆、東彩貴、樋口賢輔、大畠朋恭の皆さんは、在学中に網倉のアシスタントとして、文献調査・データ収集などに献身的に努力してくれた。

 東京大学大学院経済学研究科の大学院生として、新宅の講義資料の整理や改訂、事例分析のデータ収集などに当たってくれた、高松朋史、宮崎正也、魏晶玄、加藤寛之、和田剛明、中川功一、福澤光啓、大木清弘、一小路武安、ラチョット・タンタスラセット、ソ・ヨンキョのティーチング・アシスタントの皆さん。なかでも、和田、福澤、大木、一小路、ソの皆さんは、本書のドラフトに目を通したうえで、読者としての立場から貴重なコメントを多数寄せてくれた。本書が多少なりとも読みやすくなっているとしたら、これらの皆さんのコメントのお陰である。もちろん、本書に関する、ありうる誤りは筆者に帰すものである。

 また、すべてのお名前を挙げることは不可能だが、経営戦略論の研究に従事する数多くの研究者の皆さんには大きな「知的な負債」を負っている。紙幅の制約から取り上げることができなかったトピックや参考文献も含めて、先行研究の成果という「巨人の肩」に乗ることで、本書の執筆は初めて可能になった。わが国、そして世界の経営戦略論研究者たちとその知的成果に、改めて感謝したい。とりわけ新宅は、わが国の経営学研究に多大な功績を残して2010年8月に急逝された故土屋守章先生の御霊に本書を捧げたい。

 最後に、日本経済新聞出版社の堀口祐介氏には、編集担当者として、本書の企画から10年以上の長きにわたって、遅筆なうえに原稿の手離れが悪い筆者に辛抱強く付き合っていただいた。改めて、深く感謝したい。

2011年4月
網倉久永・新宅純二郎


【目次】

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