その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は吉森保さんの『 私たちは意外に近いうちに老いなくなる 』です。

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 生命科学は、私の専門分野であるオートファジーをはじめ、「細胞」「血液」「睡眠」など、各臓器や機能ごとに細分化されて、各ジャンルで研究され、発展してきました。もちろんこの中で、老化に関わるメカニズムもそれぞれ研究されています。

 近年、不老長寿はすでに夢物語ではなくなり、「科学の力で老化を避けられる未来がくるのではないか」と感じる人も多くなっているのではないかと思います。
 そして、その予感は当たっています。生命科学の研究者たちの間では、老化研究は花盛りです。

 私の感覚では、意外に近いうち——これまでの科学の加速度的な進展ぶりを考えると、ここ5~10年くらいの間に、大きな進展があるのではないかと感じています。

 ただ、現在は、研究分野がまだ各ジャンルで分かれているがゆえに、その全貌はわかりやすく見えません。
 老化とはそもそも、体中すべてにかかわるものです。近い将来、これらがひとつの統一的な理論として統合されていくはずです。
 今はまだバラバラに見える研究成果も、やがて共通の軸が見えてきて、老化という現象の全体像が明らかになってくるでしょう。

 本書は、細胞生物学の専門家である私が、生命科学のそれぞれのジャンルの第一線で活躍している研究者たちに話を聞き、かみ砕いてまとめたものです。
 老化研究の最前線と、その研究者たちが何を考えているかに迫りました。

 老化という、すべての人に関わりがあり、近い将来確実に影響を及ぼしてくるものに対して、きちんと科学的知見を持って向き合うことはとても大切です。

 これから始まる本文にも折に触れて書いていきますが、老化研究は、複雑なことも多く、その中には知らないばかりに体に害を与えるようなこともあるでしょう。
 知識を得て、自分の頭で考えていくことは、科学のようなむずかしいとされるジャンルでは特に重要です。

 この本は、最先端研究をみなさんの手元にわかりやすく届けるためにつくっています。

 私たちは長い間、老化を避けられない運命として受け入れてきました。
 老い、そして死ぬ——これは人類の歴史を通じて、ほとんど疑問を挟む余地のない真理だと思われていました。
 しかし、21世紀に入り、生命科学研究の最前線では「老い」に対する考え方は大きく変わっています。老化は私たちがあたりまえに受けとめていた「避けられない運命」ではなく、回避できるものかもしれないのです。
 人類の長年の夢だった不老長寿が夢物語ではなくなりつつあるのです。

 そういわれても「本当かな」と思われる人が大半でしょう。いまだ不老不死の人に会ったことはないでしょう。人間に限らず、生き物は老化して死ぬのはあたりまえのことだと思われているはずです。

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 ただ、自然界を注意深く観察すると、この「常識」を覆す生き物がすでに存在しています。

 たとえば、ハダカデバネズミは、その名の通り裸の皮膚を持つユーモラスな姿のげっ歯類ですが、変わっている点は外見だけではありません。通常、同じサイズのげっ歯類は2~4年しか生きないところ、ハダカデバネズミは37年以上も生きるという驚異的な寿命を持っています。
 さらに、年齢を重ねてもハダカデバネズミの死亡率は上昇せず、若いときと同じくらい、死亡リスクは低いのです。言い換えれば、彼らは「老化しない」のです。

 海の中にも驚異的な生物がいます。「不老不死のクラゲ」と呼ばれるタリトプシス・ドーニーは、成熟した段階から若い段階へと発生プロセスを逆転させます。つまり、若返るのです。
 傷ついたり老化したりすると、このクラゲは「細胞の再プログラミング」で、ライフサイクルをリセットします。理論上、このサイクルは無限に繰り返せるので、生物学的には「不死」となります。

 こうした例は決して珍しくはなく、他にもヒドラは体を再生させて、まったく老化しませんし、ホッキョククジラはがんなどの老化に関連する疾患にほとんどかからず、200年以上生きます。

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 これらの生物からわかるのは、老化は生命の必然的な運命ではなく、なにかのメカニズムによって決まっているのではないかという仮説です。

 そして、もし老化が何かのメカニズムによって進行するのならば、それを遅らせたり、部分的に逆転させたりすることも理論的には可能なはずです。

 この可能性に着目した科学者たちの取り組みは、今や研究の世界で大きなムーブメントとなっています。
 老化の制御は生命科学の分野では非常に注目を集める分野で、投資も盛んになっています。米アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏やチャットGPTを開発したオープンAIのサム・アルトマン氏も老化に抗(あらが)う薬の開発に数百億円規模で投資しています。

 もちろん、こうした研究が活発になっているとはいえ、不老長寿がいきなり実現できるわけではありません。ただ、生物学的に、若さを保つどころか若返ることが、これから十数年で実現するのではという見方が専門家の間で出てきています。老化に抗うことはもはやSFの世界の話ではないのです。

 老化研究は社会を大きく変えます。
 「老いたくない」という個人的な願望だけでなく社会課題の解決にもつながります。特に日本は世界に先駆けて少子高齢化が進んでいます。
 健康寿命がのびれば、医療費の削減や労働力不足を解消できる可能性もあります。

 私たちの未来、社会、そして人生そのものに対する見方を根本から変える可能性を秘めているのです。

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 一方、老化研究は華々しい部分だけに光があたりがちで、課題があまり議論されない側面もあります。
 老いの生物学的なメカニズムは解明が可能であり、介入できる可能性がありますが、一方で、「なぜ私たちは老いるのか」「そもそも、老いることはマイナスだけなのか」は十分に論じられていません。

 老化について考えることの意義は、それが単なる「老い」の解明にとどまらない点にあります。
 老化を深く掘り下げていくと、生命とは何かという根本的な問いに行き着きます。細胞のしくみ、免疫システム、睡眠のメカニズム、そして寿命──体内で起こるすべてが老化という現象を通じて理解できるようになるのです。

 老化は、生命の営み全体を俯瞰できる窓となっています。老化研究は生命科学全体を理解するための「教科書」のようです。

 この本では、「老化」という複雑でいまだに謎が多い現象をさまざまな側面から探求していきます。私たちは老いをどこまでコンロトールできるようになっていて、その先には何があるのか。
 そして、老いとどう向き合えばよいのか。

 ではさっそく、一緒に見ていきましょう。


【目次】

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