その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」をご紹介します。今日は舟津昌平さんの『 経営学の技法 ふだん使いの三つの思考 』です。

【はじめに 専門家の時代の経営学】

 現代は「専門家の時代」の様相を呈している。コロナ禍は大きな契機だろう。まったく先の見えない不安で不確実な状況下で、「専門家需要」が急速に高まっていった。誰か専門家に聞けば、科学とかそういった見地から答えを与えてくれるだろうと、社会全体が期待していた。この期待は部分的に正しかったし、部分的に間違っていた。

 コロナ禍に直面するなかで多分野にわたる多数の専門家が、社会を少しでも良くしようと奮闘した。その結果として救われたことも多かった。一方で専門家の働きが十分に伝わらず、ミスコミュニケーションが多発していたようにも見受けられた。

 このような一般社会と専門家との知の伝達といった話を「専門」とするのがサイエンスコミュニケーションという領域である。専門家たちは科学的知見を社会に伝えようと日々試行錯誤しているものの、日本では(おそらく、他国でも)まだまだサイエンスコミュニケーションが行き届いてはいない。

 なぜ、サイエンスコミュニケーションはうまくいかないのだろうか。

 以前とある本を執筆した際、ネットレビューに次のようなことが書いてあった。「この本は面白い箇所もあるけど、根拠が無い。教授であるならば論文でも書いて数値を出してくれたほうが、信憑性があるのかなと」。根拠が無いといっても、多数の聞き取り調査を行い、関係者の証言を引用して載せていた。学術的にも妥当な方法である。

 しかしこのレビュアーの方にとって、証言は根拠でなく(第4章参照)、論文に書かれた数値じゃないと信頼が置けないようなのだ。いったい数値とは何の数値なのか、それを知ってどうなるのかわからないけど、この方にとっては数値をくれる専門家が良い専門家なのだろう。

 論文を書いて数値を提供する。ああなるほど、これが現代の専門家の役割か、とどこか腑に落ちてしまった。まったく単一の事例ではあるけど、こういう方は世に多そうだな、そんなに特殊な例じゃないだろうな、とも思った。

 なぜならコロナ禍においても、ワクチン接種とか外出自粛とか喫緊の問題について「科学的な知見を」「数値によって」「間違いなく完璧に」専門家が教えてくれるべきだ、という意見がたしかに聞かれていたからだ。それを求める気持ちもよくわかる。

 しかし、この志向には解決しがたい矛盾が内在している。まず専門家の知見というのは、語弊を恐れずに言えば、根本的に難しくてわかりにくい。「論文で数値を」というニーズに応えて数値が載った論文を発表したとしても、科学のトレーニングを積んでいない一般人が論文を読解するのはほぼ不可能であるし、頑張って読んだとて労力に見合うような知識は得られないと思われる。論文は書くのも読むのも相当に前提知識を必要とする。

 敢えて簡単で単純な形、たとえば「成果主義を導入すると社員のモチベーションは○%向上する」みたいな要約をすれば、先述のニーズにも応えうるだろう。「論文で数値を」も、「簡単にまとめろ」の言い換えなのかもしれない。でもそれは重要な情報や条件をそぎ落としまくって成立する伝達方法である。受け手の満足感に比して「誤解」を招く危険は跳ね上がる。「意図的に誤解させる」ことも、はっきり言って簡単である。

 正確なかたちで理解したいと思っても、到底理解できない。わかりやすく伝えてもらってしまうと不正確になる。科学知を一般社会に届けるのは、まじめにやろうとすれば相当に難しいのである。

 こうした背景を知りながら、特に経営学に関して専門家の積み上げた知見を、一般人に読解可能な形で届ける。これが本書の最たる目的の一つである。それは現代で高い需要があると同時に、かなり難しく、かつ悪い結果を招きかねない冒険でもある。

 ところで、ちまたでよく聞く「研究ジョーク」がある。大学かどこかで学生が発表していて、質疑の時間に移る。すると、大御所の教授が手を挙げて言うのである。

 「すみません、この分野は素人なんですけど…」

 いやいや、あなたに比べたら私の方がよほど素人ですよ、と発表者自身が言いたくなるようなセリフである。これは戯画化された、誇張された話でありつつも、実際こういう場面はないではない。謙遜を含めて、専門家はよく「自分は素人なのですけど」と言う。少なくとも「この分野はあんまり知らないんですけど」はよく聞く。

 色んなことをかなり勉強したであろう「教授」が、教授ほど、自分は素人だと言う。そう考えてみると、素人ってなんなんだろう、またその逆のくろうと―専門家―ってなんなんだろう、と思えてくる。細かい考察は少しおいといて、とりあえず「専門家」と「素人」という二つを対置してみよう。

 本書が目指したのは、「素人が経営学を日常に活かすこと」である。そのための工夫がいくつかある。まず、できるだけ難解な表現や数式を排して、自然言語で記述することである。難解にみえる表現にこそ豊かな意味が込められるし、数式はコミュニケーション上、きわめて有用なことに違いないのだが。

 また、まっさらに考えるために、各章を「素人質問」から始める。既に頭に棲みついたあれやこれやを一度隅に置いて、改めてシンプルで抽象的な問いについて深めようという狙いに基づく。

 本書は、主には経営学に興味がある方を読者として想定している。あまり知識はないかもしれないけど経営学を学んでみたいとか使えそうとか思っている方に、成功を約束するでなく、難解に過ぎるでなく、いい塩梅の「使い方」を示すことができるよう腐心した。

 専門知としての厳密性と、ふだん使いができる実効性。その二つがこんな形なら両立可能なのではないか、という試行錯誤を経て、本書はつくられている。本書が伝えようとした「学問の技法」とは何であるか、という問いを頭の隅に置きつつ、読んでいただければと思う。


【目次】

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