その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は伊丹敬之さんの『 経営理念が現場の心に火をつける 』。「はしがき」をお届けします。

【はしがき】

 この本は、経営哲学や経営理念について、学びたい、考えたいと思っている読者に向けて、その意義は何か、そしてその意義を実現するために必要な考え方、それらを概論としてまとめたものである。主な読者としては、さまざまな規模の企業の経営者、経営幹部を想定しているが、そうした立場をめざしたいと考えている方々にも、もちろん意味があるであろう。
 この本の終章の最後の文章が、私の言いたいことを結論的に示している。

 「経営者は、自分の経営哲学を持ち、組織と共有できる経営理念を育むことに努めること、それで現場の心に火がつくことをめざすこと、それが大切である。それが、『すばらしい経営』を実現するための(少なくとも一つの)あるべき姿なのである」

 すばらしい経営のもとでは、現場が「そこまでやるか」という行動を、自発的にとっている。その自発的な行動をさせている原動力は経営理念だ、と言いたいのである。

 この私の締めの言葉と同じことを、本田宗一郎氏がいっている。序章冒頭の小見出しとして使った言葉である。

 「人間を動かすスパナは哲学である」

 理念や哲学という、フワッとしたものと受け取られかねない抽象的なものが、じつは経営の原点で大きな役割を果たす可能性がある。それを読者に感じて欲しいと思って、この本を書いた。
 その可能性は、決して日本に限ったものではない。意外に思われるかも知れないが、アメリカのIT産業のすぐれた経営者の多くが、同じ理念を組織のなかで共有することの大切さを自らの経営において強調し、実践している。グーグルとアマゾンの創業者、ラリー・ペイジ氏とジェフ・ベゾス氏が、そのいい例である。
 だから、第Ⅰ章で経営理念や経営哲学を重視する六人の日米の経営者たちの生の言葉を紹介しているのだが、そこには本田宗一郎氏、小倉昌男氏、稲盛和夫氏、松下幸之助氏と並んで、ペイジ氏とベゾス氏を私は入れた。
 洋の東西を問わず組織の経営にとって経営理念は意義を持つのだが、その意義の本質を、私は終章のタイトルで表現しようとした。

 「そこそこの経営、いい経営、すばらしい経営」

 世の中のさまざまな経営には、悪いものもあれば、そこそこの経営、いい経営もある。さらに、いい経営のその先に、すばらしい経営がある。そして、そこそこの経営をいい経営に進化させる鍵は、戦略が握っている。きちんとした戦略を持てるかどうかで、いい経営が実現できるかどうかが決まる。戦略論を専門の一つとして多くの本を書いてきた私は、そう考えている。
 さらに、いい経営をすばらしい経営に進化させる鍵が経営理念だ、というのがこの本の主張である。つまり、

 「いい戦略+いい理念=すばらしい経営」

なのである。

 いい経営からすばらしい経営への道は、簡単な道ではない。そのラストワンマイルを、経営者の経営哲学や企業の経営理念が歩ませてくれる。運んでいってくれる。なぜそこまで現場がやるか、というラストワンマイルには哲学・理念の貢献がある。
 そう考えるに至り、一冊の本を書くことになった。なぜラストワンマイルを経営理念が運んでくれるか、を説明するのに、それだけの長さが必要だったのである。
 しかし、序章の最後の項のタイトル(「しかし、安易に考えない方がいい」)が象徴しているように、私は経営理念が大きく貢献する経営が簡単だとは思っていない。むしろ、空疎な言葉だけが並ぶような、安易に見える経営理念の議論も多いのではないか、と危惧している。
 だからこそ、本のなかばで一章を設けて、「理念経営の落とし穴」を書かざるを得ないと思ったのである。ミッション、バリュー、パーパスとカタカナ経営用語を使った議論が流行になっている最近の動きに、意味あることと思う一方で、落とし穴も大きいと警鐘を鳴らしたかった。
 この本を書くきっかけをつくってくれたのは、私が七〇代になってから始めた伊丹経営塾、伊丹戦略塾の事務局をやってくれている、スタディス株式会社の津田維一さんである。彼は、本職はプロパンガス販売の中小企業の経営者で、一橋大学MBAプログラムの卒業生でもある。その彼が、「経営理念の本を書いて欲しい」という。彼と同じような中小企業の経営者がより大きく成長するためには、経営哲学や経営理念をしっかり持つことが重要だと思うようになったが、伊丹自身に経営理念をくわしく語った本がないことが残念だ、というのである。
 こうして、いわば読者代表のリクエストに応じて書いたのがこの本なのだが、多くの読者にも意味のある本になっていることを祈りたい。
 そして、こんなコンセプトの本を急に私から提案したのに、素早く現実の本にする企画・編集プロセスを進めてくださった日経BPの堀口祐介さんには、いつものことながら感謝の念を明記したい。

二〇二四年初夏
伊丹敬之


【目次】

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