その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は出口治明さんの 『一気読み世界史』 です。
【はじめに】
この本が何であるかといえば、とても簡単な話で、『一気読み世界史』という言葉ですべてわかっていただけるでしょう。一気読みするための世界史です。
僕は、歴史について話すとき、「人類5000 年史」という言葉をよく使います。なぜなら、歴史は、ひとつながりの物語だからです。世界史はすべてつながっていて、たった1つしかありません。だから本来は、西洋史や東洋史とか、古代史と現代史とか、政治史と文化史などと分けたりしないで、すべて丸ごと一気通貫で理解した方がいいと思うのです。人類の歴史が文字に記録されるようになったのは、今からだいたい5000年前ですから、そこを起点にすれば人類5000年史ということになります。
この本では、人類5000 年の歴史を一気通貫で読み通すために、細かな話はかなり捨象しました。歴史を学ぶうえで、固有名詞の暗記といった細かな話はそれほど大事ではありません。大事なのは、大きな流れです。「人間って、こういう大きい流れのなかで生きてきたんやな」ということをわかっていただければ、すごくありがたいと思います。
僕がこの本をつくったきっかけは、2020年に「日経ビジネス電子版」で、人類5000年史の連載をしたことです。ありがたいことにとても好評で、「書籍化してほしい」という声が編集部に多く寄せられたそうです。僕は、すでに人類5000年史の本をいくつか出していたので、最初は正直、どうしたものかと思ったのですが、編集部から「出口さんの歴史の本は、どれも長い。一気に読み切れて大局がつかめる1冊がぜひ欲しい」と、提案いただきました。なるほど、その通りです。そこから、「一気読みができるように」と、大幅に編集を加えました。その間に、僕が1年半ほど闘病したこともあって、時間がかかってしまいましたが、ようやく刊行できました。
「気候変動の関数」を打ち破った、産業革命
人類5000年の歴史のなかで、21世紀の今を生きる僕たちにとって、特に大事な「大きな流れ」といえば、18世紀後半から19世紀初頭に起きた変化です。
19世紀のはじめ、世界で経済力を誇っていたのは、中国の清とインドのムガール帝国でした(第10章で詳述します)。それをひっくり返したのが、1840年のアヘン戦争で、その後、西洋が世界の中心になっていきます。19世紀とは、世界の中心が東洋から西洋に入れ替わった世紀です。
この入れ替わりは、偶然の産物でした。19世紀に西洋が覇権を握ったのは、18世紀の西洋で産業革命が起こり、国民国家が誕生したからです。産業革命と国民国家は、世界を大きく変えた革命であり、イノベーションですが、この2つが西洋で起きたのは、偶然でしかありません。
産業革命は連合王国(現在の「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」)で起きました。産業革命の何がすごかったかというと、「気候変動の関数」を打ち破ったことです。19世紀までの大国の攻防には、気候変動の関数が大きく作用していました。要は地球が寒冷化すると、北からさまざまな部族が南下して混乱が始まり、大国が分裂する。そして温暖化すると、大国が復活し、政治が安定するといった具合です。世界史の一気読みで大きな流れを概観すれば、その繰り返しだったことがよくわかります。しかし、産業革命によって生まれた工業の力は、気候変動の関数を打ち破ります。工業の力によって、温暖化を待たずとも、大国を形成することが可能になりました。
新しい常識となった「想像の共同体」
そこに国民国家が生まれます。1789年のフランス革命で芽吹いた国民国家は、1848年の革命で完成します。およそ60 年かかりました。
国民国家とは、「想像の共同体」です。今、僕たちは「自分は日本人だ。日本国民だ」と思っていますよね。「同じ日本人だ」「だから仲間だ」と思っています。でも、考えてみれば、仲間だと思っている日本人のほとんどは、顔も名前も知らない誰かです。ちょっと、おかしいですよね。しかも仲間の日本人は皆、理屈のうえでは自由で平等で、王様に支配されているわけではなく、全員が主権者です。
これが「想像の共同体」です。「想像の共同体」があるから、僕たちは、顔も名前も知らなくても、同じ日本人が戦場で亡くなれば深く悲しみ、オリンピックで活躍すればわがことのように歓喜します。昔は誰も、こんなことは考えませんでした。国民国家という人工物に、どうして僕らは、これほどの愛着を覚え、心揺さぶられるのでしょう。僕たちの今の常識は、昔から常識だったわけではないのです。
産業革命が起きた西洋で、国民国家という「想像の共同体」が成立したことで、欧米列強は圧倒的な力を得ました。国民国家という装置なくして、欧米列強が世界の覇権を握ることはなかったと思います。
欧米列強の覇権の土台には、産業革命と国民国家という2大イノベーションがあった、ということです。この2つのイノベーションは、やがて全世界に広がっていきます。
「一気読み」すれば、未来が楽しみに
こうして19世紀以降、「欧米の先進国 VS. 発展途上国」という図式ができました。20世紀は、欧米先進国を、そのほかの地域の発展途上国が追いかけていった時代でした。そして21世紀の今、問われているのは、「発展途上国が、いつ先進国に追いつき、追い越すのか」です。
産業革命が生んだ工業は、膨大な仕組みを必要としました。複雑な機械を膨大に必要とし、膨大な設備投資を必要としました。その代表格が、内燃機関を核とする自動車産業です。
かたや、20世紀から21世紀にかけて勃興したIT企業は、基本的に若くて優秀な頭脳があれば、さほどの設備投資をしなくても、誰でも立ち上げられるような事業をしています。電気自動車は、内燃機関のような複雑な仕組みを必要としません。GAFAと呼ばれる巨大IT企業はこれまでアメリカに集中していましたが、今 はいつ何どき、どこの国からGAFAに匹敵する存在が現れるかわかりません。中国からかもしれませんし、インドかもしれず、日本かもしれません。そう考えると、わくわくしますよね。
世界史の大きな流れをつかむと、歴史の「次」が、楽しみに思えてきます。
「プーチン、あ、いたな」
話は変わって、ロシアのプーチンです。プーチンの戦争で今、世界は大騒ぎです。
ウラジーミル・プーチンは今、70歳です(2022年11月現在)。あと5年くらいは頑張れるかもしれませんが、せいぜい、あと5年、10年です。死んでしまったら、何もできません。
プーチンの思考のスケールは5年、10年くらいのスパンです。死後に影響を残すようなグランドデザインはありません。プーチンが何を考えているのかは、誰にもわかりませんが、せいぜいロシアに今ある弱みを自覚し、それをどうにかしたいといったところでしょう。
人類5000年の歴史のなかでも、死後にも残るグランドデザインを描き、「大帝国」と呼ぶにふさわしい帝国をつくった人物は、数えるほどしかいません。西洋ならば、カエサル、フェデリーコ2世、ナポレオン、せいぜいこの3人です。
ですから、あと20年、30年もすれば、「プーチン、あ、いたな」ということになるでしょう。数十年後に、歴史を振り返れば、「そういえば、プーチンという人物がいたな」というくらいのことです。
人類5000年の歴史のなかに、今のプーチンくらいの人物は、たくさんいます。その時期、その地域では、大変な権勢を振るったかもしれないけれど、死んでしまえば、さしたる影響は残していない。そういう人物と、死後にも残るグランドデザインを描けるリーダーの違いというのは、世界史を一気読みすれば、おのずとわかると思います。
「大きな目」を持てば、「小さな目」の解像度が上がる
僕らが、自分の生きる世界を見るとき、大きな目と小さな目の両方で見られるといいですよね。
大きな目で見れば、プーチンは、何者でもありません。
小さな目で見れば、プーチンがもたらしている現状は大変で、必死で対応を考えなければいけません。
どちらの視点も大事です。世界史を一気読みするにあたっては ぜひ、大きな目と小さな目の両方で、人類5000年の歴史について考えてみてください。世界史の一気読みには、大きな目と小さな目、両方を育ててくれる効用があります。
一気読みで「大きな目」を養うというのは、わかりやすい話かもしれません。一方で「小さな目」とは、細部に目を向ける視点で、その力を一気読みで養うのは難しいのではないか、と思われるかもしれません。
でも、そんなことはないんです。大きな目を持つことで、小さな目の鋭さが増します。
僕らは毎日、たくさんの小さな物語を目にします。ネットで流れてくるニュースもそうですし、歴史でいえば、好きな偉人がいたり、興味のある時代やジャンルがあったりして、小説やノンフィクション、歴史書を手にとることもあるでしょう。そのとき背景となる人類5000年の歴史の流れが頭にあれば、小さな物語の意味をより深く理解できます。大きな流れや文脈のなかで、小さな物語をとらえることで、個別の事象や登場人物の意味や造形がくっきりと浮かび上がります。目に映る世界の解像度が上がります。
人類5000年の歴史を短時間に凝縮して読むという体験は、歴史をこれから学び始める人にとっても、歴史が大好きですでにたくさんの本を読みこんでいる人にも、エキサイティングで学びのある体験だと思います。そのような体験をするのにちょうどいい1冊になったと思います。お楽しみいただければ幸いです。
皆さんの忌憚のないご意見をお待ちしています。
宛先メールアドレス hal.deguchi.d@gmail.com
2022年10月吉日 立命館アジア太平洋大学学長 出口治明
【目次】