その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は川端康介さんの『 顧客を見れば、戦略はいらない 解像度を上げるボトムアップマーケティング 』です。

【はじめに】

 なぜ、教科書通りのマーケティングはうまく行かないのか?

 「著名なマーケターの成功事例で使っていたフレームワークを参考にしたのに、うまくいかない」「自社の魅力を余すところなく伝えているのに、売り上げが上がらない」「リブランディングして認知を広げたけれど、売れ行きが芳しくない」

 これまで用いられてきたフレームワークや戦略設計だけでは、現在の予測できない市場に対してアプローチをし続けていくことには限界がある──。そう感じている方も多いのではないでしょうか。マーケティングの書籍や教科書が世の中にあふれ、誰もが正解と信じているフレームワークを用いたり、多くの受賞歴を持つ大手の広告代理店に依頼したりしても、こういった声が多くの企業から聞こえてきます。世間では常識とされているマーケティング戦略を実施しているにもかかわらず、なぜ、このような問題が生まれてしまうのでしょうか。

 フレームワークとは流動的に変化し続ける市場の「不確実性」を、疑似的に「固定化」するツールです。つまり、固定化することによって情報を整理し、問題を発見することで課題を設定し、戦略へと落とし込むのが一般的なフレームワークの利用方法です。

 しかし、従来のフレームワークでは市場の最大公約数は捉えることができたとしても、固定化の網目が粗過ぎることによって、多様化した「個」の詳細なニーズを捉え切れなくなったのです。それにもかかわらず、これらのフレームワークから導き出された示唆や結論を「正解」として戦略が設計されているのです。

 「戦略の理論」と「現場の現実」がますます乖離(かいり)し続けている中でも成長している企業は、マクロだけで市場を捉えたトップダウンのアプローチによる戦略理論だけではなく、デジタルを活用してミクロな顧客に適応し続けるボトムアップの戦略を取り入れ始めているのです。一度ローンチしたプロダクトであっても、口コミやレビューの調査から継続意向を高める商品機能を発見して商品をリニューアルするなど、現場の現実(リアル)をすぐさま戦略に取り入れる余白が事前に織り込まれているケースが増えてきているのです。

 従来、企業は長期にわたる競争優位性をつくるため、時間とお金と人を投下し続けていました。しかし、デジタルの進化や競合の参入障壁の低下、そしてアフターコロナの市場、消費行動の大きな変化……消費者にとっての消費とは、単なるモノとカネの交換ではなく、ブランドがもたらす体験によって得られる意味も求めるようになり、意味の多様化によって市場動向は目まぐるしい競争環境となりました。こうした変化に伴い、未来の予測が圧倒的に困難な時代となっているのです。

 せっかく多大な時間とお金、人を投下することによって確立したかに思えたブランドの優位性も僅かな期間で消えてしまう。それほど移り変わりの激しい環境において、長期にわたる優位性を保持し続けられるブランドや企業はどれほど存在しているでしょうか。そんな中でも、企業は「長期にわたって優位性を保持し、消費者から選ばれ、そして選ばれ続けるブランド」を目指しています。しかし、抜け漏れなくかぶりのない、MECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)で緻密な戦略のために何カ月もかけて設計を練っている暇はないのです。

 つまり、「ブランドがいつか選ばれる」ための戦略ではなく、ブランドが「今選ばれるため」に多くの「瞬間的な優位性」の連続を生み出し続けることが重要なのです。選ばれることによって、企業にとってのブランドは、消費者にとってのブランドになるのです。

多くの「瞬間的な優位性」を生み出し続けることが「選ばれ続けるブランド」になる

 年齢や性別、購買行動、価値観といった従来のものさしで消費者を捉えたとしても、個人によって異なるニーズの発生条件や情報との接点、それに応じて求める便益や解決手段は多岐にわたります。仮に「買ったものは同じ」だったとしても「買った理由」は人それぞれ異なるのです。そして、「買った理由」の多様化はこれからも広がり続けます。フレームワークによる固定化は、人を年齢や性別といった「単位」として捉えることができず、消費者の流動性や多様なニーズを捉え切れなくなってしまっているのです。

 この細分化された「個」のニーズを捉え切るためには、人を単位で捉えるのではなく、人が求めていた「意味」を理解し、その「意図」を捉えなければなりません。「意図」は環境や状況によって変化するため、データを用いてリアルタイムに適応し続ける必要があります。適応し続けるには、維持や安定ではなく持続的な変化を引き起こし、多くの「瞬間的な優位性」をリアルタイムで生み出さなければならないのです。これが従来のトップダウンのアプローチではなく、ボトムアップのアプローチです。

ボトムアップの「要」となる顧客理解

 ボトムアップは、市場や消費者の「不確実性」を捉え切れない従来のフレームワークや再現性、勝ちパターンといった売り手が求める理想にとらわれるのではなく、絶えず柔軟に、そして流動的に、顧客からの反応に適応し続けます。これにより、トップダウンのアプローチにあった硬直性というリスクを排除し、多くの「瞬間的な優位性」を連続的につくり出すことが可能になるのです。

 このボトムアップのアプローチを支える要となるのが「顧客理解」です。顧客理解がなければ、ブランドは「ブランドが言いたいこと」だけを言い続け、なぜ売れないのかと悩み、思考停止の「A/Bテスト」だけが増え、組織が疲弊してしまいます。「ブランドが言いたいこと」ではなく、「顧客が言ってほしいこと」を見つけるために解像度を高めるアプローチこそが顧客理解なのです。

 顧客理解と聞くと、「インサイト(消費者本人も意識していない心の核心部分)」を見抜くことと思われる方もいるのではないでしょうか。

 「人の感情や心を理解する」アプローチを否定するつもりはありませんが、人が人の感情を理解することは、実質は不可能だと考えています。長年一緒に過ごしている家族やパートナー、同僚であったとしても、本当のところは何を思い、何を考えているかなんて分かるはずもないのです。ましてや本人も意識していない心の核心であるインサイトなど、存在を確認しようがありません。それでも「インサイトの理解」は重要視されていて高度で属人的な技術を要する職人芸のようにも扱われているものの、実際は多くの方が扱い切れていません。

 本書で紹介する「顧客理解」とは、そのような感覚的な「顧客が思っていそうなこと」を論理立てて実在を証明しようとする禅問答をテーマにしているのではありません。企業の商品やサービスが、市場において多くの「瞬間的な優位性」を生み続け、「今選ばれる」ボトムアップアプローチを体現する、「ブランドとのコンバージョン(Conversion/CV)との距離が近い」顧客は誰かを理解することと定義しています。

「CVとの距離」という考え方を取り入れる

 従来までの「正解とされてきた戦略の理論」と「実務における現場のリアル」のミスマッチが広がる中、認知施策やブランディングを実施することで、市場におけるブランドの優位性が約束されているわけではありません。今や消費者にとっては、特定のブランドだけが特別な存在なのではないのです。

 であれば、「いつか選んでほしい理想のターゲット」ではなく「今選んでくれるターゲット」は誰なのかという顧客理解は、この時代のマーケティングにおいて至極まっとうなことなのです。そこで取り入れたいのが、ブランドと消費者の「CVとの距離」という考え方です。CVとの距離とは、ブランドと「ブランドの便益を享受できる可能性がある消費者」との間にある購入難度です。

 顕在や潜在、認知や比較検討、年齢や年収といった、消費者の状態だけで買われやすさや獲得難度を測る従来型のものさしではなく、ブランドにとって最もブランド価値を享受してくれるターゲットの「求めている便益」を理解し、コミュニケーションを最適化させる概念です。消費者は、「私は30代の年収600万円だからこれを買おう」とは考えていませんし、ましてや「独自成分が500mL配合された商品」や「Amazonで1位を受賞した商品」を探しているわけではないのです。

 ここで分かりやすい事例をお話しします。

 とある英会話コーチングサービスがありました。このサービスのフロントメニューは「4カ月間で日常英会話を身に付ける」というパッケージです。英会話サービスの市場では、英会話教室やeラーニング、パーソナライズコーチングなど、各社が様々なサービスを展開し、競争が激化しています。この企業も例に漏れず、顧客獲得に苦戦を強いられていました。

 そんな中、同社サービスの「便益」を最も理解している既存顧客へのインタビューを実施したところ、「海外赴任」が急きょ決まり、短期間でネーティブのような発音を身に付けたいというニーズがあったことを発見しました。海外赴任の通知は一般的に3カ月から半年前に内示されることが多く、4カ月間というパッケージは、これらのニーズに対し、十分に応え切れていなかったのでした。

 そこで、サービスパッケージの内容を「2カ月」に変更し、3カ月以降はロングテールとして学び続けるメニューに変更。2カ月間でネーティブのような発音がどれくらい上達するのか、実際の受講者が習う前後の発音をランディングページ(LP)に掲載したのです。その結果、今まで「代替競合に奪われていたターゲット」は求めていた便益だと認識し、「今選んでくれる顧客」に変容させることで獲得数も大幅に増加させられたのです。

 つまりCVとの距離が近い人は、「英会話コーチングサービスを探している人」という、いわゆる顕在層ではありませんでした。「単身赴任が決まった人」がサービスとの「CVとの距離が近い」ターゲットであり、「2カ月間でネーティブのような発音を身に付けられる」というコンセプトがターゲットにとって最も商品の便益を理解できるメッセージだったのです。

コンバージョン・エントリー・ポイント(Conversion Entry Point/CVEP)

 従来のマーケティングアプローチであれば、「英語を身に付けたいけれど、どこがいいか迷っている人」程度の解像度にとどまってしまい、英会話サービスを探している顕在層に向けてリスティング広告を当てるプランニングになるのではないでしょうか。しかし、そんな顧客理解だけでは、「講師の質」「ユーザーの声」「自宅や会社からの通いやすさ」「価格の低さ」という、ありきたりな訴求になってしまい、どんどんと競合と同質化し、顧客を奪い合うだけの未来しかありません。

 ちなみに、先ほどの英会話コーチングの事例の中には、ターゲットの性格や価値観、性別、年齢、インサイトといった、「デモグラフィック」や「サイコグラフィック」の軸は全く出てきていません。出てきたのは「単身赴任までの期間」という状況「短期間でネーティブのような発音を身に付けたい」という、求めている便益だけです。

 この「単身赴任までの期間」こそが自社の便益を最も享受しやすい状況であり、「短期間でネーティブのような発音を身に付けたい」というニーズに対して便益を提供したからこそ、自社のサービスが「今選ばれる」のです。

 この、「自社の便益を最も享受されやすい状況」と「その状況下で求める便益」、「代替手段では満たされない未充足ニーズ」をコンバージョン・エントリー・ポイント(Conversion Entry Point/CVEP)と名づけ、今選ばれる「瞬間的な優位性」をつくり続けるための、顧客理解に欠かせない重要なアプローチとして定めました。

 今までのマーケティングの考え方では、「年齢」「性別」「価値観」というセグメントや、「今サービスを探している/探していない」という分け方しかできていませんでした。しかし、それだけでは具体的に「サービスを選ぶ理由」を提示することができません。ニーズが多様化し、競合がひしめき合う市場環境において、消費者を「顕在層」と「潜在層」という2つだけのカテゴライズでくくり、年齢や性別で顧客を理解しようとすること自体が、市場に適さないアプローチなのです。

顧客理解とは、今まで見えなかった顧客が見えるようになること

 理論で仮説を積み重ねた、「確からしさ」を緻密に練り上げる従来のマーケティングアプローチは、重要な意思決定には不可欠です。一方で、不確実性が拭えず、現代のマーケティングには適さない側面が生まれつつあります。多様化する消費者の「詳細な個のニーズ」の変化を捉え切ることができなくなっているのです。

 そうではなく、現実からの反応を積み重ねた「事実(ファクト)」を基に予期しない問題や状況に適応しながら、「瞬間的な優位性」をリアルタイムに更新しつつ紡ぎ上げていく。つまり、「こういう人に買ってもらいたい」という理想に対して仮説と理論を積み上げるのではなく、自社が競合に勝ち、「買ってくれる人」を積み重ねるボトムアップなマーケティングアプローチによって得られる建設的な有用性が本書のテーマです。

 そして、このアプローチに欠かせないのが「顧客理解」です。とはいえ、ビジネスにおいて顧客理解だけですべてが解決できるわけではありません。深い専門知識や幅広い知見、技術、それらを応用し続ける思考など、ありとあらゆる能力やスキル、そしてそれらを有する人が必要不可欠です。しかし、顧客理解はマーケティングにおいて、施策や企画の判断基準となる重要な〝レバー〞の一つであり、普遍的なアプローチです。目の前に実在する顧客から選ばれなければ、ビジネスは成り立たないのです。

 心理学のような学術でもなければ、職人芸のようなインサイト理解などではなく、「誰もが明日から始められる顧客理解」のフローと考え方をお教えします。今までぼんやりとすら見えなかった顧客が見えるようになり、ビジネスの成功に必ず結実します。

自己紹介

 ここで少し私自身のお話をさせてください。

 株式会社マテリアルデジタルで取締役を務めています。マテリアルデジタルは、カンヌライオンズでアジア1位を獲得したPRエージェンシーのマテリアルグループの関連会社であり、主にデジタルマーケティングを支援する会社です。PR発想(ストーリーテリング)を軸とした徹底した顧客理解に基づくコミュニケーション戦略、デジタル起点によるフルファネルでのマーケティング戦略の策定から実行までを伴走し、ブランド課題の解決を支援しています。

 私は華々しいキャリアを歩んできたわけではありません。全くの未経験からEC事業部の立ち上げでスタートし、その後に独立してクリエイティブ(ランディングページ、ECサイト、コーポレートサイト、ブランドサイト)のコンサルティング会社を立ち上げ、年間数百億円規模の大手企業を含む数百社に対し、約1000を超える広告クリエイティブやコミュニケーションおよびマーケティングの支援をしてきました。

 現場と経営、クリエイティブとマーケティング、事業会社と支援会社という様々な立場を経験する中で、幸運なことに周囲でもあまり聞いたことがないまれな経験を積んでいます。

 その中で強く感じたのは、誰もが知るような大手企業の成功事例の側面だけを模倣しようとしても、再現できる企業は多くないことです。そして、成功よりも失敗の再現性の方が圧倒的に高く、ただ目の前にあるニーズを愚直に読み解き、適応し続けることが最も確実性が高いということです。優れた戦略も確からしい仮説も重要です。その上で早く試し、小さな失敗から見いだした正解のかけらを紡ぎ上げることによって、本質的に顧客に向き合う時間も回数も圧倒的に増えるのではないでしょうか。これが私の見いだした「ボトムアップ」のアプローチです。

 多くの消費者は、これだけ商品やサービスがあふれる中で、出合ったブランドすべてに対して興味を抱くことはありません。私たちマーケターは、この施策を打てば興味を持ってくれる、あるいは買ってくれると信じて戦略や施策を設計し、実行します。しかし、現実はそうではありません。消費者としての自分自身を考えてみると、仕事で関わらない限り、世の中のブランドに対して興味も知識も購買意欲も大してありません。ですから私が考えるボトムアップは、そういった希望的観測の「売れるはず」ではなく、「売れない可能性が高い」という前提からスタートし、確からしさよりも確かなファクトを集め、解像度を高め続けるしかないのです。

 解像度が高まれば、「やらなくていいこと」が見えてきます。逆に解像度が低ければ、やった方がいいかもしれないという見えない可能性によって、タスクだけが無限に増えてしまうのです。ボトムアップマーケティングは、解像度を高め、やらなくてよいことを見つけることで、正解を手繰り寄せる、これからのマーケティングに欠かせないアプローチだと信じています。

 これから本書でお話しする内容を簡単にまとめておきます。

 第1章……「戦略」「ファネル」「組織構造」「ブランディング」のトップダウンのアプローチによる弊害と、ボトムアップによってもたらされるメリット。

 第2章……ブランドが「いつか選ばれる」ためのアプローチから、「今選ばれる」ために、消費者とブランドのCVとの距離を見極めるコンバージョン・エントリー・ポイント(CVEP)について。

 第3章……「WHO(誰に)×WHAT(何を)」以前に理解すべき「前提」とは。文脈を踏まえた「顧客理解」へのアプローチ。

 第4章……第3章までの考え方を通じて、実践的なコンバージョンにつながる17の具体アプローチをご紹介します。

 この書籍が、皆さまのビジネスにとって、小さくとも確実な一歩を進める一助になれば幸いです。

川端康介


【目次】

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