その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は山崎良兵さんの 『天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊』 です。
【はじめに】
テスラのイーロン・マスク、アマゾンのジェフ・ベゾス、マイクロソフトのビル・ゲイツ。この3人の共通点は何だと思いますか? いずれも世界が注目する天才的なイノベーターで、それぞれ10兆円以上の資産を持つ大富豪であり、米フォーブス誌が毎年公表する「世界長者番付」で1位になったことでも知られます。そして、実は3人は、猛烈な読書家でもあります。
過激な発言や行動で注目を浴びるマスクは、テクノロジー系スタートアップのスーパースターのような存在です。EV(電気自動車)で世界シェア1位のテスラに加えて、宇宙ロケットを開発するスペースXのCEO(最高経営責任者)も兼務しています。ガソリン車やディーゼル車が中心だった自動車産業のEVへのシフトを先導。宇宙開発でも再利用可能なロケットを開発し、人工衛星打ち上げで驚異的なコストダウンを実現させました。
べゾスが創業したアマゾンも、実店舗が中心だった小売りの世界をインターネットを活用して激変させました。書籍から家電、衣料、食品へと取扱品目を拡大し、2021年12月期のアマゾンの売上高は約4698億ドル(約66兆円)に達しました。クラウドコンピューティングのAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)や電子書籍端末の「キンドル」、動画配信の「プライム・ビデオ」など多様な事業を展開しています。べゾスもアマゾンを経営するかたわら、2000年に宇宙開発ベンチャーのブルーオリジンを創業。マスクに負けじと再利用可能なロケットを開発しており、べゾス自身もすでに宇宙を旅しています。
ビル・ゲイツは、企業向けの大型コンピューターが産業の中心だった時代にマイクロソフトを創業。1990年代~2000年代にかけて、OS(基本ソフト)の「ウィンドウズ」シリーズで、個人がパソコンを使う時代を切り開きました。ゲイツが経営の第一線を退いた後も、マイクロソフトは成長を続け、キーボードの着脱が可能なタブレットPCやゲーム、ビジネスアプリの「チームズ」などに事業を拡大しています。
謎を解くカギは愛読書にあった
多様な業界の秩序を破壊するイノベーターたちは何者で、ユニークな発想はどこから来るのか。私は日経ビジネスや日本経済新聞の記者として、3人をそれぞれ独自取材する機会を何度か得て、特集やインタビュー記事などを執筆してきました。当然、取材の前後にさまざまな資料を読み込み、できる限り理解を深めて記事化してきました。
それでも世界が認める天才たちにどこまで迫れているのか、疑問が残ることが少なくありませんでした。例えば、マスクを取材した際に、「なぜ火星に行く宇宙ロケットを開発するのか」と質問したことがあります。返ってきた答えは、「人類の数千年にわたる歴史を考えると、文明が発展した時期がある一方で後退する時期もあった。再び同じことが起きないとは限らない。だからこそ来るべき危機に備えて、地球以外に人類が住める場所を確保する必要がある」。型破りなコメントに驚きましたが、なぜこのような発想をするのか、マスクの考え方の根っこの部分を理解できていないと感じて、心にひっかかりのようなものが残りました。
後に知ったのはマスクが猛烈な読書家で、SFやファンタジー、歴史関連の書籍が大好きなことです。例えば、マスクが愛読しているSFにはアイザック・アシモフの『ファウンデーション―銀河帝国興亡史』シリーズがあります。1万2000年続いた銀河帝国が衰退した後の宇宙を描いた壮大な作品で、時間軸は数百年単位と驚くほど長いのです。マスクは現実の歴史への関心も深く、エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』やウィル・デューラントの『The Story of Civilization(文明の物語)』といった大著を愛読しています。このような読書経験が火星を目指すマスクの思考の根底にあります。
そこで考えたのが、天才たちがどんな本を読んでいるのかに焦点を当てた書籍を執筆することです。米国には、大富豪やイノベーター、セレブリティーといった著名人が薦める本を紹介する「ブックガイド」的なコンテンツが多数存在します。成功者が読んでいる本に強い興味を持ち、推薦されているタイトルを手に取ってみたいと考える人が多いからです。日本でも同じような関心を持つ読者が多いのではないかと考えました。
アマゾン起業につながった『日の名残り』
マスクだけではなく、べゾスも読書好きです。実の父親と育ての父親が違うという複雑な家庭環境で育ったべゾスは、幼い頃から図書館に足しげく通い、膨大な数の本を読破してきました。そもそもべゾスは、アマゾンをリアルの書店と比べて品ぞろえが圧倒的に豊富な「インターネット書店」としてスタートさせました。
べゾスの人生にも読書が大きな影響を与えています。例えば、アマゾンを創業する際に背中を押したというべゾスの「後悔最小化フレームワーク」。80歳になって人生を振り返ったときに、後悔を最小化できるように生きようという考え方です。
「挑戦して失敗しても後悔しないが、挑戦しなければずっと後悔しながら生きることになる」とべゾスが考えるようになったきっかけは、カズオ・イシグロの小説『日の名残り』を読んだことにあります。日の名残りは、第二次世界大戦前に大きな政治力を持っていた英国の名門貴族の執事だった人物が過去を振り返って思い悩む物語です。この執事のように年を取ってあれこれ後悔しないよう、「今やりたいことにチャレンジしよう」とべゾスは心に誓いました。
マスクとべゾスの読書リストに目を通すと分かるのは、2人ともSF好きであることです。イアン・バンクスの『カルチャー』シリーズやフランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』のように共通する愛読書も目立ちます。いずれも宇宙を舞台にした壮大なSFで、デューンは映画化もされています。若かりし頃に読んだSFが、2人の想像力をかきたて、宇宙開発のスタートアップをそれぞれ起業することにつながりました。
マイクロソフトを飛躍に導いたゲイツの「読書週間」
ゲイツに至っては、猛烈な「読書マニア」として米国で知られています。2016年のニューヨーク・タイムズとのインタビューで「1年間に本を50冊読む」と述べていたほどです。日頃読みあさっている多数の本の中から、毎年夏に5冊の推薦書を公表。選ばれた書籍が軒並みヒットするので、多くの出版社の垂涎の的になっています。
ゲイツもマイクロソフトの経営において読書を生かしてきました。ウィンドウズが世界を席巻する前の1990年代前半から、別荘にこもって大量の本を1週間かけて読みあさる「シンク・ウィーク(Think Week)」を1年に2回続けてきました。
とりわけ有名なのが、1995年のシンク・ウィークでゲイツがまとめた「インターネットの高波(The Internet Tidal Wave)」というメモです。当時のマイクロソフトはインターネット分野で出遅れていましたが、ゲイツは関連する本を集中的に読み込み、インターネットがIT業界の勢力図を根底から覆す可能性を強く認識しました。このメモをきっかけにマイクロソフトはインターネット戦略を本格化させ、飛躍のチャンスをつかんだのです。
もちろん本をたくさん読むだけで、イノベーションを起こせるわけではありません。SFを読んで未来を妄想し、科学や技術関連の書籍を参考に開発戦略を立案し、経営書を読んでマネジメント手法を考えるようなイメージです。空想の世界を描くSFが好きでも、理系のバックグラウンドを持つマスク、べゾス、ゲイツは、科学的なアプローチを重視する現実主義者としての顔を持ちます。例えば、マスクは「ロケットに関する知識は読書から得た」と述べています。読書を現実の問題解決に活用する姿勢は、3人がイノベーションを実現する力になりました。
本書では、マスク、べゾス、ゲイツが読んだ100冊の本を取り上げます。さらに3人を直接取材した経験を生かし、これらの本が彼らの生き方や経営にどのような影響を与えているのかも読み解きます。3人の本棚の中身を詳しく紹介することで、天才たちの関心や思考にできる限り迫りたいと思います。100冊は、彼らが書評を書いたり、著書やインタビュー、ブログ、SNSなどで読んだとコメントしたり、出版社が推薦を受けたと公表したりした書籍で、日本語版があるものから選んでいます。
本書は構想から完成まで足かけ3年を費やしました。過去の取材メモや資料をたどり、100冊を選ぶのにも時間がかかりましたが、とりわけ大変だったのは、大量の本を読破することです。100冊には上下巻に分かれていたり、シリーズ化されたりしている大著も多く、読むのは当初の想定以上に大変でした。会社員としての本業のかたわら、主に土日や祝日、深夜を読書と執筆に充てたため、家族には多大な迷惑をかけました。私のわがままを許し、サポートしてくれた妻と2人の子どもたちに心から感謝します。
教養をアップデートしよう
マスク、ベゾス、ゲイツが選んだ100冊を読んでつくづく感じたのは、読書が彼らの人生やビジネスに極めて大きな影響を与えていることです。歴史から科学、SF、経済学、経営学、自己啓発まで、驚くほど多岐にわたる本を読み、彼らはさまざまな問題に対する答えやヒントを見いだしてきました。
特徴的なのは、100冊には、古典だけではなく、最近になって出版された本が多数含まれていることです。3人は若い頃から読書を通じて深い教養を培ってきましたが、成功して大富豪になっても飽くなき読書欲を持ち、新しい本を読み続けています。
彼らは「教養をアップデートし続けている」ともいえるでしょう。
過去10~20年の間に科学は進歩し、遺伝子解析や人工知能(AI)などのテクノロジーは飛躍的な発展を遂げました。とりわけディープラーニング(深層学習)によって進化したAIは、自動運転や音声認識などの分野で急速に利用が広がっています。
経済学では、21世紀に入って「行動経済学」が脚光を浴びるようになりました。経済学と心理学を融合させたアプローチで、マーケティングなどにも役立つ身近で新しい経済学として認知されるようになりました。
さらにベストセラーの『ファクトフルネス』に記されているように、最新のデータを検証すると、世界の状況は20~30年前には想像できなかったほど変化しています。欧米や日本などの先進国と新興国の格差は縮小し、貧困は減り、医療も大幅に改善しました。
歴史でも、それぞれの国や地域に焦点を当てた伝統的な見方に対して、「人類史」という大きな視点に立った研究が目立っています。宇宙のビッグバンから現在までの歴史を、科学分野を含めて考察する「ビッグヒストリー」と呼ばれる学問分野も新たに誕生しています。
『天才読書』で取り上げた100冊には、このような最近の変化に焦点を当てた新しい本が多数含まれています。それは“21世紀の教養”といってもいいでしょう。もちろんエドワード・ギボン、アダム・スミス、ピーター・ドラッカーなどの古典もありますが、それらは天才たちが今読んでも価値があると考えている本です。
最近の日本では、教養がブームになっています。とりわけ歴史、哲学、思想、経済などの分野で、時を超えて読み続けられている本を紹介する書籍が人気になりました。インターネット検索で手に入れられるような情報では満足せず、より本質的で深い教養を学びたいと考える人が増えているのは喜ばしいことです。
教養に役立つことをアピールする書籍を手に取ると、古典と呼べるような本を多く紹介するケースが目立ちます。先人たちが積み重ねてきた発見を利用して知的進歩を遂げることを指す「巨人の肩の上に乗る」という比喩があるように、幅広い知識の土台を身につけることが重要なのは言うまでもありません。自分の思考の枠を超え、認識・理解できる世界を広げることは、私たちの人生を豊かにしてくれます。
ただ、教養を「今に生かす」という意味では、知識をアップデートし続けることも欠かせません。マスクやベゾスは、イノベーションを生み出し、ビジネスを成功させるために役立つ新しいアイデアやヒントを読書から得ようとしています。今は慈善家として活動するゲイツも、世界の問題を解決するために役立つ最新の知識をさまざまな本から学んでいます。
欧米エリート層の根底にあるリベラルアーツ教育
そもそも教養という言葉は何を意味するのでしょうか? 英語では「liberal arts(リベラルアーツ)」と呼ばれ、その語源はラテン語の「artes liberales(アルテス・リベラレス)」です。アルテスは技術を、リベラレスは自由を意味しており、ローマ帝国時代は、自由市民と奴隷に階層が分かれていたことに由来します。アルテス・リベラレスは、主人に支配される奴隷ではない「自由市民が身につけるべき技術」という意味になるでしょう。
古代ギリシャが起源で、ローマ帝国時代に広がったリベラルアーツは、天文学、数学、幾何学、音楽の4つで、後に修辞、文法、弁証法が追加されて7つになりました。さらに12世紀になると哲学も加わります。中世の学問の中心はカトリックの教会や修道院でしたが、やがてヨーロッパ各地に設立された大学へと広がり、14~16世紀にルネサンスが起きます。この頃に歴史、ギリシャ語、道徳哲学などがリベラルアーツに追加されました。
欧米で高等教育を受けるエリート層の教育基盤となったリベラルアーツの伝統は、現代にも受け継がれています。総合大学の教養課程だけではなく、米国にはリベラルアーツ専門のさまざまなカレッジが存在しています。日本でも東京大学や国際基督教大学(ICU)に教養学部があり、大半の大学では一般教養の科目を学びます。しかし日本では簡単に単位が取れる科目を履修する学生が多く、哲学や歴史などの伝統的なリベラルアーツは敬遠されがちな印象もあります。
それでもゲイツが薦める書籍『RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる』にあるように、次のイノベーションがどこで起きるか分からない複雑化した世界では、分野を狭い範囲に絞り、専門化された知見を身につけるだけでは活躍しにくくなっています。今の時代は、「『超専門化』した人が成功できる分野は限られており、多くの分野に精通し知識と経験の『幅(レンジ)』のある人のほうが成功しやすい」というのがこの本の主張です。
この知識の幅に当たるものがまさに教養です。異なる分野の知識をかけ合わせることはイノベーションにもつながります。例えば、EVの心臓部である電池にノートパソコン用のサイズのリチウムイオン電池を大量に使うというテスラのアイデアは、自動車産業において異端でしたが大成功を収めました。「異なる分野の一見無関係なアイデアをうまく結び付ける能力がイノベーターのDNAの核心だ」。イノベーション研究の大家であるクレイトン・クリステンセンはこう述べています。
21世紀になって、知識の幅を広げる“教養”が改めて求められていると私も感じています。天才読書で紹介する100冊には、新しい本でも、ギリシャ・ローマ時代から近代、現代に至るまで、世界の歴史に名を残す偉大な学者や知識人の研究を土台にしているものが目立ちます。まさに「巨人の肩の上」に乗り、最新の知見や研究の成果を踏まえて、過去、現在、未来について論じている本が多いといえるでしょう。
前置きが長くなりましたが、いよいよ本論です。本書は天才たちが読んだ100冊の中身を俯瞰できる「ブックガイド」的な書籍を志向しています。このため読者のみなさんが理解しやすいように、各書籍の概要やあらすじについて踏み込んで紹介している部分があり、内容に関するネタバレがあることをお許しください。どのパートからでも読み進められる構成にしておりますので、興味があるところから開いていただきたいと思います。なお本書では外国人の名前が多数登場するため、読みやすいように敬称を省略しています。天才たちに影響を与えた珠玉の書籍を取り上げていますので、本書を読んで関心を持たれた方は、ぜひ手に取っていただければ幸いです。
山崎良兵
【目次】