その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は楠木建さんの『 経営読書記録 裏 』です。
【はじめに】
読書はスキだが愛書家ではない。蔵書には興味がない。読んだ本の95%は速やかに処分する。その辺の成り行きについては、本書の表バージョン『経営読書記録 表』に書いた。
読み終わった本を片っ端から処分していくと、自分がどの本を読んだのかが分からなくなる。「これは面白そうだ……」と買って読み始めてみると、前に読んだことがある本だった──こういうことが頻発した。そこで、読書記録をつけることにした。書名と著者名と日付に加えて、短い感想を書いておく。最初はPCでエクセルのファイルをつくって記録をつけていた。
そのうちにツイッター(今のX)が出てきた。渡りに船とばかりに、2009年から読書記録をこちらに移行した。実に便利なものが出てきたという気がした。というのは、読書感想をツイートすると、それを見た人がたまにコメントをつけてくれるからだ。「その本が好きならば、これもおすすめ」「この本は改訂増補版が最近出て、さらに充実している」──これが実にありがたい。読書生活が少し豊かになった。
紙媒体に書いたものはまとめてファイルするようにしているのだが、オンラインメディアに寄稿したものはどこに何を書いたのか分からなくなってしまう。そうこうしているうちに、オンライン記事にツイッターの共有ボタンがつくようになった。ボタンを押すだけで自分が書いた記事の備忘録ができあがる。インターネットという文明の利器を手にして喜んでいた。そのうちに読書やメディア寄稿の記録だけでなく、そのときどきに考えたこともメモ代わりにツイートするようになった。
しかし、文明の利器はしばしば文化の敵にもなる。しばらくするとツイッターが不穏な空間へと変容していった。何かツイートすると、しばしば「バカ」とか「ハゲ」(と言われても事実なので返す言葉がない)とか「この人、大丈夫?」とか「こんなヤツが国立大学教授なのか、税金返せ!」といった怒りの声が寄せられるようになった。ま、やりすごしていればイイのだが、あまり気分がよくない。都合10年ほど使い続けていたが、とあるツイートが軽く「炎上」したのをきっかけに、読書記録と日々の考えごとメモをツイートするのを止めた。現在では、オンラインメディアに書いたものの備忘録としてのみ使っている。
エクセルの読書記録に回帰したちょうどそのころ、DMMという会社からオンラインサロンなるものを開設しないかという誘いがあった。その気がないので断った。すると、「オンラインサロン」とは言うものの汎用的なプラットフォームであり、メンバーの交流を目的とするサロン形式に限らず、課金購読者に向けたブログとしても使えるという。有料のクローズドな場であれば、(よほどのことがない限り)「ハゲは逝ってよし」と言われることもないだろう。感想やコメントのやり取りも継続的で中身の濃いものになる。何よりも、ツイッターは140字しか書けない(当時)。ブログであれば好きなだけ書くことができる──。
ということで、DMMのプラットフォームを使った有料ブログを開設した。月曜日から金曜日まで平日は毎日何かしらの記事をアップし、すでに5年目に突入している。「楠木建の頭の中」というタイトル通り、読んだ本の感想の他にも、仕事や日常生活の中で考えたことを書き続けている。記事は書評と評論が半々ぐらい。クローズドな場にすることが第一の目的なので、料金は月額税込み500円。こっちが手前勝手に書いているものを、おカネを払ってまで読んでくれる人はそうはいない。それでも一定少数の読者が読み続けてくださっている。
有料ブログを始めてみて、事前の期待を超えてイイものだということがすぐに判明した。のべつ本を読んでは考えているのだが、僕は生まれつきの「発表体質」にできている。考えがある以上、それを文章にして自分以外の誰かに向けて発表したい。その理由は、自分の考えを他者と共有する喜びにある。面白い映画を観ると、自分だけでグッときているのが我慢できない。「この映画観た? ここがグッときたんだけどさ……」と、知り合いに話したくなる。他者に伝えると、自分の喜びも増す。伝えることによって自分の考えもまた深まる。
「楠木建の頭の中」は僕にとってまたとない発表の場だ。注文がこないとメディアには書けない。幸いにして複数の雑誌で書評連載をやらせてもらっているが、「出版後3カ月以内の新刊書限定」とか「3冊分の書評で2000字以内」とかの縛りがある。その点、自分のブログであれば、スキな本についてスキなときにスキなだけ書ける。しかも、読者からすぐに反応が返ってくる。こんなにイイことはない。
有料ブログを始めて半年ほどでコロナ騒動が始まった。室内生活者はパンデミックに強い。コロナがあろうとなかろうと、部屋の中で本を読んだり映画を観たり音楽を聴いていることに変わりはない。緊急事態宣言が発動すると、いよいよ水を得た魚状態。室内生活に拍車がかかった。仕事が暇になった分、いくらでも本が読めるようになった。読み終わったら、「楠木建の頭の中」にスキなことをスキなだけ書ける。コロナ下の幸せだった。
本書の双子の兄弟『経営読書記録 表』には書籍解説やメディアに掲載された書評を集めた。その裏バージョンに当たる本書は、「楠木建の頭の中」に書いた(購読者以外には)未公開の書評を中心に収録してある。分冊構成となったおかげで、これまでに書き溜めた映画評や音楽評論を集めた「読書以外の室内生活」や、自著について語った記事も載せることができた。手前勝手なお願いを快く受け入れてくださった日本経済新聞出版の永野裕章氏にお礼を申し上げたい。
家で一人、何もやることがないときのために、『経営読書記録 表』ともに本書をお手元に置いてくださいますように。
令和五年秋 室内にて
楠木 建
【目次】






