その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は室脇慶彦さんの『 SI企業の進む道 業界歴40年のSEが現役世代に託すバトン 』です。

【はじめに】

 早いもので、前著『 IT負債 基幹系システム「2025年の崖」を飛び越えろ 』(2019年、日経BP発行)を出版して3年がたつ。おかげさまで、日本経済新聞では推薦図書「この一冊」として取り上げられ、読売新聞などでも紹介された。様々な業界や団体から講演依頼があり、反響の大きさに驚いている。DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていく中で、「2025年の崖を乗り越えていくことが必須条件である」ことの証左ではないかと感じている。その後、DXはバズワードとなり、関連書物もたくさん出てきた。
 2020年以降は、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の影響で日本国のデジタル技術の遅れが表面化した。新型コロナへの対応スピードは諸外国と大きな差がある。新型コロナに対するワクチン接種申請は今も紙が媒体となり、接種証明も紙が主流である。関連業務は徐々にデジタル化されつつあるが、接種証明書の入力は手入力であり、当然のことながらミスが前提となっている。欧米・中国・韓国などの国ではデジタル化され、迅速かつ抜け漏れなく、費用もかけずに実施されていた。我が国は、それぞれのシステムが連携されておらず、他国に比べて、ITシステムの品質・対応スピード・対応コストの差は目を覆うばかりである。
 紙の印刷、郵送、事務処理も相変わらずマニュアルが中心となり、データ収集もリアルタイムからほど遠い状況である。コロナ患者の把握は、いまだにFAXなどが多用されており、まさに昭和の時代のITシステムである。給付金をクーポン化するために1000億円近くの費用がかかったというが、それに加えて自治体や、クーポンを利用できる個人商店の事務負荷を加えると、恐ろしいほどの無駄なコストがかかっている。とにかく日本は、コストと期間がかかるだけでなく、恐ろしく使い勝手の悪い仕組み(ITシステム)が乱立する国となっている。
 他国とは先進国に限らない。2022年の8月現在、ウクライナの状況は世界に暗い影を落としているが、この国のデジタル技術は目を見張るものがある。例えば、世界中から雇い兵を募集するマルチ言語に対応したシステムを半月程度でリリースしたという。その他、あの混乱の中で、ロシア戦車の情報を共有する仕組みなどを構築している。リードするのは、副首相兼デジタル担当大臣。年齢は31歳(1991年生まれ)。国の重責を担い、自ら技術者として国の非常事態に対応している。SNSを駆使したデジタル情報戦も、ミサイル同様に重要な戦力になっている。
 なぜ日本国では同様にできないのだろうか。理由の一つは、現状のITシステムの構造が恐ろしく古く、何をするにしても非常にコストがかかるから。一言で表現すれば「負債化」が進んでいることに尽きる。これは日本国政府のITシステムに限ったことではない。日本企業のITシステムの多くが同様の状況にある。念のために書いておくと、ここで問題視しているITシステムとは、AI(人工知能)やIoT(Internet of Things)などの新たなITシステムを指しているのではなく、各企業の基幹システムのことである。筆者は20年程度の遅れを実感しているが、日本の多くのIT技術者は現状を正しく認識できていないように感じる。

* ITシステムの設計・開発・運用に携わる技術者。「SE」「ITエンジニア」などとも呼ばれる。本書では「IT技術者」で統一する。

 私は、今後の世界を変革する最大の担い手は「ソフトウエア」で、中でもディープラーニングなどのAI技術が特に重要だと確信している。AI技術を活用するための肝は、いかに「清流化された独自のデータ」を多く持つかである。「清流化されたデータ」とは、鮮度・精度・粒度の適切なデータを指す。また、「独自のデータ」とは、各企業や組織が持つ、他者が持っていない情報のことだ。例えば、長年にわたって収集した「顧客が・いつ・どこで・いくらで・何を購入し・いくら利益を出した」という実データである。これらは極めて重要なデータなのだが、それらは既存の基幹システムに埋もれている。
 日本国のITシステムが古いからといって、それが原因ですぐさま国が滅んでいくとは考えにくい。だが、グローバル化がますます進む今日、日本企業は世界の企業と熾烈(しれつ)な競争をしている。そうした中、企業の根幹を支えるITシステムの負債化を放置すれば、確実に競争力を失い、結果として、国力の低下は避けられない。
 もちろん、すべての企業が手をこまぬいているわけではない。企業によっては果敢にチャレンジしているが、変革はあまりうまくいっていない。例えば、みずほ銀行はシステムトラブルを発生させ、経営トップが責任を負うような事態が発生している。変革には必ずリスクが伴う。当然のことである。重要なことは、そのリスクをコントロールしながら挑戦を続けることである。従って、基幹システムへの抜本的な対応に日本企業が及び腰になることは、座して死を待つことに似ていると、私は感じている。
 みずほ銀行の一連のシステムトラブルについて少し私見を述べると、既に確立された技術で新たなITシステムのアーキテクチャー(構造)を活用し、業務を大胆に全面的に見直すことで、リスクをコントロールできたのではないかと思われる。報道されているようなトラブル多発の原因を考えると、SIer*1が最善のデジタル技術とシステムの設計図(システムアーキテクチャー)をみずほ銀行に提供していたのか、大いに疑問が湧く。このように考えると、ユーザー企業*2サイドの問題だけで収まるわけもなく、自省を含めて、SIer自身の問題として考える必要があると思う。

*1 システムインテグレータ-の略。情報サービス産業の個別企業を指す。顧客向けITシステムの設計・開発・運用などを担う。なお、SIerが提供するサービス(システムの設計・開発・運用などを指す)を「SIサービス」と呼び、それをビジネスサイドで語るときは「SIビジネス」と呼ぶ。
*2 ITシステムのオーナーであり利用する企業のこと。SIerからするとビジネス上の顧客になる。ビジネス的な意味では「顧客企業」、システムの利用企業という意味で「ユーザー企業」と表現する。

 多くの日本企業では、ITシステムに関わる業務をSIerに委託している。分かりやすく言えば、ユーザー企業のIT機能をSIerに丸投げしているのである。これは世界的に見て極めて特殊な形態である。「SI(System Integration)」という言葉は、私の記憶だと1980年代に米国から伝わってきたが、「SIer」という言葉は日本独自の和製英語である。ユーザー企業とSIerとの契約は、ほぼ日本にしか存在しない受託契約(韓国は日本に近い)という特殊な形態をとる。
 こうした背景があることから、ITシステムに関して正しい経営判断をできるユーザー企業の経営者はまれである。だからこそ、現状を打開するには、SIerが先頭に立ってユーザー企業を導くしか道は無いと私は考える。ただ、現状の受託契約では、変化の激しい企業ニーズに応えることはできない。本書で詳しく述べるが、日本風土に根差した強力なビジネスモデルである「SIビジネス」は、間もなく終わりを向かえる。SIerは、新たな道を模索するしかない。顧客のためにも、自分のためにも、ビジネスモデルを大きく変革する、つまりSIer自身のDXを実行するしかないのだ。

* ユーザー企業のこと。なお、ユーザー企業にとっての顧客は「顧客」、ユーザー企業が提供しているITシステムの利用者を「エンドユーザー」や「最終顧客」という。

 私は野村総合研究所(NRI)に長く勤めた後、SCSKの顧問になるとともに、2021年3月までは独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)の参与として働いていた。IPAは主に経済産業省の政策執行機関であり、私はIPAでDX推進責任者を務め、「DX認定制度」の設立にも関わった。つまり、政府目線でこの国のDXを見ていた。本書を通して、政府から情報サービス産業(SIerの業界)はどのように見えていたのかをお話しできればと考えている。IPA退職後も、経産省の政策責任者とはITに関して毎月の情報交換を継続しており、提供できる情報は本書でもお話ししようと考えている。
 最初に一言だけ言えば、日本が現在の状況に陥っていることに対して、大手SIerの責任は大きいだろう。現在私が在籍しているSCSKは大手SIerの一角を占める存在であり、誠実で優秀な技術者を多く抱えているが、現状の問題を放置してきた当事者でもある。
 ユーザー企業がデジタル技術の経営的重要さに気づき、ITシステムの内製化を進めるのは重要だと考える。しかし、いきなりユーザー企業単独で内製化を実施するのは現実的ではない。これまでなぜSIerに任せてきたのか、その理由を理解したうえで、どのように内製化を進めていくべきかを考えなければ必ず失敗する。一部外資系のITコンサルティング企業では、米国的なやり方を是として進めているところもあると聞いているが、米国方式をそのまま日本に適応するのは極めて危険である。日本のいいところを台無しにする可能性が高い。
 日本で独特の成長を遂げたSIサービスは、ユーザー企業にとって都合の良いサービスであった。だからSIerは大きく成長したのである。ユーザー企業にとってのSIサービスの利便性をよく理解したうえで、SIer・ユーザー企業のIT部門・同経営が一体となって、抜本的な変革を進めることが重要である。そのためにも、SIerは現状をもう一度確認し、改めるべきことは改め、謙虚に身に付けるべき技術を身に付け、本当の意味でのユーザー企業のDXパートナーとなるべく、自分自身のDXを進める必要がある。
 DXとデジタル化の違いについてよく質問を受ける。その際、こう答えている。「経営が痛みを伴うか否か」。痛みを伴うのがDXである。変革とは、現状を抜本的に変えることである。成功するかどうかなど保証されていない新しい道を選択することになる。仕事の仕方も顧客も従業員に求めるスキルも役割も、すべて変わる。大きな投資も必要になる。従業員からの激しい反発もあるだろう。経営としての大きな覚悟が必要である。
 本書は、SWOT分析手法を参考に、現状のSIerの強み・弱みを分析したうえで、私が考えるSIerが進むべき道をお示しする。DXの主体者であるユーザー企業に求められること、行政が進めていくべきことを踏まえたうえで、SIerの課題を整理し、SIerが顧客をリードしていく未来図を描く。本書の内容を踏まえてSCSK社内で討論会を実施したので、参加してくれたリーダーたちがどのように考えているかも紹介する(第9章参照)。
 これまでの日本は「ハードウエア」で世界をリードし、多くの幸せを世界に提供してきた。これからは「ソフトウエア」で世界をリードし、多くの幸せを世界に提供していかなくてはならない。ソフトウエアはバーチャルであり、時間と空間を超え、人知を超えていく世界である。大きな利便性をもたらすが、同時に大きな危険をはらむと考えられる。サービスを提供する側には高い「信頼」と「透明性」(説明責任)が求められる。世界から最も「信頼」され、SIerの事業モデルが成立できる唯一の国日本が、「透明性」を担保しつつ、世界に新たな「信頼される最新のデジタル技術を活用した価値」を提供する責務があるのではないかと思う。そして日本が、あるいは日本を母体としたものが、世界を温かく照らしていく担い手となってほしい。

 本書は、主にSIer、ソフトウエアをなりわいとしているすべての人に向けて書いている。もちろん、ユーザー企業の経営に関わる方・IT部門の方にも、ぜひとも読んでいただきたい。変革を実際に進めるのは個々のユーザー企業であり、それを成功に導くための大切なパートナーを選ぶためにも、SIerのことを正しく認識し、自らの課題を見つめ直すことは極めて重要である。
 いずれにしても、ユーザー企業とSIerが、「信頼」と「透明性」を土台に新たな関係を再構築し、新たなパートナーとして共に変革を推進し、未来に大きく羽ばたくことを切に願う。
 そのためには、SIerはこれまでと全く違ったビジネスモデルに変容し、日本を支えなくてはならない。日本をリードし、世界をもリードするSIer、いや「デジタルインテグレーター(DIer)」として大きく変貌し、日本企業と共に成長するグローバルプレーヤーを目指してほしい。

【目次】

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