その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中島茂さんの『 会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義 』。「まえがき」をお届けします。

【まえがき】

 本書は「法人格」「定款」「株主有限責任」など、株式会社の基本的な制度について、それぞれの由来にまでさかのぼって探求し、制度の目的や趣旨を解き明かしたものです。これらの仕組みは根本的な制度なのですが、会社法の教科書を読んでも、とても難しくとっつきにくいものです。ビジネスで活用するときも、いまひとつ自信が持てません。けれども、どんな制度でも、その始まりについて知ると、ぐんと理解が深まります。

 たとえば、神奈川県鎌倉市に「材木座」という海岸があります。夏は、海水浴や食べ歩き、ウインドサーフィンなどを楽しむ人たちでにぎわいます。
 なぜ、「材木座」というのでしょうか。歴史の本をひも解くと、「座」とは平安時代の終わりごろにできた商工業者たちの団体で、領主に税金を納める代わりに商品の製造や販売の「独占権」を与えられて活動していたとあります。そこが分かると、「材木座」というくらいだから、「鎌倉周辺の材木業者たちが作った組織で、領主から独占権を与えられて材木の事業を行っていたのだろう」という推理が生まれてきます。すると、いまの材木座海岸あたりに港があり、船が泊まっていて、たくさんの人たちが材木を船から下ろしたり、運んだりしていた様子が目に浮かんできます。にぎやかな話し声や活気のある掛け声も聞こえてくるようです。

 他方、特定の人たちだけが事業を行う権利をずっと「独占」していてよいのだろうかという疑問も生じてきます。そうした疑問がわいたとき、天下統一を目指した織田信長が「楽座令」といって、「座」を廃止する命令を出し、人々が誰でも自由に事業ができるようにした、その志が分かってきます。経済を発展させて国を豊かにするためです。そう考えると、「楽座令」は現代の独占禁止政策そのものですね。

 実は、上にご紹介したエピソードの流れは、「株式会社」の誕生と発展のいきさつに、そのまま当てはまるのです。「株式会社」の原型である「英国東インド会社」は、1600年にエリザベス1世から特別な許可(特許)を得て設立されました。英国の企業家たちはエリザベス1世から東インド貿易の「独占権」を与えられ、その対価として莫大な特許料を国に支払う約束をしたのです。その大切な、とても大切な「独占権」を入れるためのカッチリした「入れ物」としてこの世に誕生したのが、英国東インド会社です。
 その後、英国でも、日本の「座」に対すると同様、「東インド会社にずっと独占権を与えていていいのか」という批判が巻き起こります。東インド会社は、そうした批判に対応しながら、「株主有限責任制」「株式の自由譲渡性」などを備えるようになり、今日の「株式会社」の形を整えていきます。その過程をみていくと、株式会社の各制度がどうして成立してきたのかがよく分かります。

 たとえば「定款」です。株式会社について学ぶとき、なかなか理解できないのが「定款」という制度です。「定款は会社の憲法だ」といわれます。それで分かったような気がするのですが、なぜ、憲法と称されるほど尊いのか、なぜ、絶対的な効力を持っているのか、よく分かりません。そうした「神秘的」ともいえるまでの定款の絶対性も、東インド会社の歴史をみていくと、ストンと腑に落ちるように理解することができます。詳しくは、ぜひ、本書をお読みいただきたいと思います。

 「株式会社の歴史、本質について探求する本を!」というご依頼をいただいたとき、私はとまどいました。私自身、学生のとき以来、相当の努力をして会社法を勉強したつもりなのに、「法人格」や「定款」という制度について、人に説明できるほどにはよく分かっていなかったからです。
 悩んだあと、「株式会社の歴史」というテーマにヒントがあると思いいたりました。「そうだ、歴史に聞いてみよう!」。それが本書作成の出発点でした。「どんな制度でも、その始まりについて知ると、ぐんと理解が深まる」のです。それから、英国東インド会社の歴史を追いながら、定款、株主有限責任、株式の自由譲渡性などを探っていく旅が始まりました。定款の神秘性、有限責任という制度に対する英国民の反感など、くっきりと分かってきました。「おもしろい!」。私の正直な感想です。
 そのおもしろさを、ぜひ、皆さんにお伝えしたい。そして、できれば、そこから皆さんに「これからの株式会社」について意見を持ち、「株式会社」や「社会」に関わっていくパワーを持っていただきたい。それが私の願いです。

 本書作成の旅の途中では、何度も自信を失いかけ、「こんな大きなテーマは、到底、私が取り組めるものではない」とため息をつきました。そうしたとき、粘り強く励ましてくれたのが日経BPの網野一憲氏です。「なるほど当時の経済人はそうした気迫を持っていたのですね」といった同氏の相槌がとても励みになりました。同社の永野裕章氏の素朴な質問も、私に多くの気づきを与えてくれました。資料集めを手伝ってくれたスタッフにはずいぶんと難題を頼みましたが、常に助けてもらいました。本書の作成を支援してくれたすべての方々に、心からの感謝を捧げます。なお、本文中では敬称を省略させていただきました。

 いま世界は、気候変動、人権問題、紛争の続発など、かつてないほど大きな変わり目の時代を迎えています。そのなかにあって、「株式会社」は社会とどう向き合っていくべきかが問われています。本書が「これからの株式会社」を考える人々のヒントになってくれることを心から願っています。

 2024年12月

中島 茂

【目次】

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