奈良県の城下町で、「金魚のまち」でもある大和郡山。商店街の片隅にある独立書店「 とほん 」は、開店10年目を迎えた。独特の品ぞろえと、奈良らしいのんびりとした雰囲気に引かれ、県外からもファンがやって来る。コロナ禍では、他のお店と同様苦しんだが、SNSの活用と通販で乗り切ってきた。「とほん」店主の砂川昌広さんにお話を伺った。

元畳店をリフォーム

どういった経緯でお店を始められたのですか?

「以前、私は大阪市の宮脇書店西淀川店で働いていたのですが、閉店になってしまいました。書店員の仕事が好きだったので、別の書店で働くか自分でお店をやるか悩みました。妻が奈良県出身で、私も奈良の地はとても好きなので、自分で本屋をするなら奈良のイメージでしたね。そんな中、奈良県内で候補地を探していたとき、この物件に出合いました。『本屋さんをやる夢がかなってよかったですね』と言われることもあるのですが、そうではなくて、ただ書店員を続けたかったからなんです。

 大和郡山の柳町商店街は、かつて県内有数の商店街でした。呉服屋さんや和菓子屋さん、生鮮食品店や日用品店など、何でもそろう商店街でした。しかし時代の流れとともに、空き家が目立つようになりました。私は、商店街の空き家オーナーと入居希望者をマッチングさせる活動をしているNPOにこの物件を紹介してもらい、2014年からお店を始めることになりました」

書棚の間には金魚の水槽。金魚の雑貨も扱っている
書棚の間には金魚の水槽。金魚の雑貨も扱っている

「ここは元畳店で、長らく使っていない状態でしたが、大家さん自ら、スペースに格子戸を入れるなどのリフォームを行いました。建物自体はコンクリートのビルですが、間口が狭くて細長い、城下町特有の区割りになっています。この書店の奥にはガラス工房と料理教室が入居しています」

本好きの人だけの店にしたくない

「とほん」という店名の由来はなんですか?

「『雑貨とほん』『大和郡山とほん』『人とほん』『町とほん』のように、いろいろなものごとが本とつながっていけたらと、名付けました。お客様の好きなものや関心のあるものに、とほんの本を通じて出合ってもらえたらいいなと思っています。

 お店を始める際には、本好きの人しか来ない店にはしたくないと考えました。敷居をなるべく低くし、普段あまり本を読まない人もふらっと立ち寄れる店、たまたまお店にやって来た人でも、気になる本が見つかるような店を目指しています。

 開店当初は新刊書籍より利益率の高い雑貨や古書も扱っていましたが、もともと新刊書店に勤務していたので新刊本の扱いが慣れているのもあり、現在は新刊本を中心にした売り場になっています。開店以来、売上は徐々に上がっていますが、書店単体の利益では生計を立てられるまでには至りません。妻が編集・ライターの仕事をしていて、『共稼ぎモデル』でなんとかやっています」

コロナ禍で通販が急伸

新型コロナウイルスの影響はどうでしたか。

「2020年、新型コロナの感染の流行が始まった当初、お店に来るお客様がほとんどいなくなりました。そこでインターネットによる書籍の通信販売に力を入れることにしました。それまでネット販売は、雑貨や書店に流通していないリトルプレス(個人や小版元の雑誌)を中心に扱っていたのですが、一般書籍も通販サイトに登録することにしました。

 日常のゆるい投稿が多かったSNSもスタイルを変えてみました。特にインスタグラムでは書影をズラリと並べ、本に興味をもってもらおうと思いました。お薦め本をしっかり紹介しつつ、通販サイトのリンクを貼った結果、ネット販売の売り上げは大幅に増えました。

 緊急事態宣言が出ていた時期は、通販の売り上げが店舗の売り上げを上回ることもありました。コロナ禍のなか、ネットで買い物をしてお店を応援しようというムードに助けられたと思います」

通販で本を購入してくれたお客様には「とほんのおまけ」を同封している。砂川さんが原稿を書く手作りの冊子だ
通販で本を購入してくれたお客様には「とほんのおまけ」を同封している。砂川さんが原稿を書く手作りの冊子だ

「現在は、店頭での売り上げが回復してきています。コロナ禍の間にSNSをフォローしてくれたお客様が来店してくれたりして、週末はにぎわうこともあります。一方、通販の売り上げは落ち着いてきましたが、それなりに保っています。今後、ネットとお店の売り上げをどう確保していくか、試行錯誤の日々です」

お店の中を案内していただけますか。

「入り口すぐの平台には、手に取りやすく、気軽に読める本を置き、店奥の棚差しのコーナーには、読書好きの人向けの本を置いています。平台にある本は、タイトルや表紙が目を引き、手に取ってもらいやすいものを中心にしています」

イラストが多め、文字は少なめの本が並ぶ平台
イラストが多め、文字は少なめの本が並ぶ平台

「うちのお客様の7割以上は女性ですが、特に女性向けの品ぞろえをしているわけではありません。エッセーやイラストが多めの本、天体や動植物をテーマにした本、心に向き合うような本、詩歌集など、幅広い本を購入いただいています」

本を買った人に推薦文を募集

こちらの平台にある本には推薦文が付いていますね。

「はい、ここは月替わりでフェアをしている平台で、今月は『とほんでこれ買いましてん』というフェアです。当店で本を購入いただいたお客様に、『面白かった本の推薦コメントをください』と、ツイッターで依頼して作りました。私は、お客様が買われた本のどれを気に入ってくれたのかを知ることができ、お客様の側も自分のお薦め本が並ぶことで喜んでいただける。双方にとってうれしい企画です。在庫がある本ばかりなので、新たな仕入れが少なくてよいというのも、運営的にはありがたいです」

「とほんでこれ買いましてん」のフェア
「とほんでこれ買いましてん」のフェア
実際に本を買った人の推薦コメントなので説得力がある
実際に本を買った人の推薦コメントなので説得力がある

奈良出身の著者や奈良を舞台とした作品が結構ありますね。

「県外から観光でいらした方によく売れています。あまり他の書店では扱っていない自費出版本も数点取り扱っています」

『奈良へ』(大山海著/リイド社)と、小説『満月と近鉄』(前野ひろみち/角川文庫)。いずれも奈良を舞台にした、時空を超えたファンタジー
『奈良へ』(大山海著/リイド社)と、小説『満月と近鉄』(前野ひろみち/角川文庫)。いずれも奈良を舞台にした、時空を超えたファンタジー
『新装ポケット版 のほほんと暮らす』(西尾勝彦/七月堂)は奈良で詩を書きながらのんびり暮らしている著者の空気感が伝わるエッセー。「とほん」では著者のミニフェアも行っている
『新装ポケット版 のほほんと暮らす』(西尾勝彦/七月堂)は奈良で詩を書きながらのんびり暮らしている著者の空気感が伝わるエッセー。「とほん」では著者のミニフェアも行っている

「こちらは『心に寄り添う』ような本をそろえた棚です。さまざまな悩みを抱えた人向けの本や、ケアに関する本を集めました。

 書店の棚分類だと、心理学や自己啓発、新書、文庫など、ばらばらの棚に並ぶケースが多いテーマなので、こうして一つの棚にまとめることで、関心のある人に選んでもらいやすいと思います」

「心に寄り添う」本のコーナー
「心に寄り添う」本のコーナー
「心に寄り添う」本のコーナー

好きな本屋さん、影響を受けた本屋さんはありますか。

「『長谷川書店水無瀬駅前店』(大阪府島本町)ですね。駅を利用している通勤・通学客や近所の方が立ち寄る、普段使いの本屋さんですが、書棚を見ると選び抜かれた良書が所狭しと並んでいます。こんな本屋さんが家の近くにあれば最高だなといつも思います。ふらりと立ち寄れ、本の世界に引き込まれる佇まいに憧れます。

 また、とほんを始める時には 『レティシア書房』(京都市中京区) へ相談に行きました。新刊書店出身のベテラン書店員の方が個人で始めた書店です。リトルプレスを多く扱っていて、古書、新刊とのバランスが絶妙。店内の壁面をギャラリーに使うところなど、「とほん」も参考にさせていただきました。最近訪ねた書店では、神戸市中央区の『 1003 』も素敵(すてき)でした。最近移転されたのですが、ゆったりした店内に本がずらりと並んで、とても居心地がいいお店です。こちらも新刊本、古本、リトルプレスを扱った品ぞろえです」

「ゆったりとした雰囲気を大切にして、お店をずっと続けていきたい」と話す砂川さん
「ゆったりとした雰囲気を大切にして、お店をずっと続けていきたい」と話す砂川さん

「とほん」に来たついでに、立ち寄るといいお薦めスポットはありますか?

「近くにある『small works apartment. hen』(日曜・月曜のみ営業)が面白いです。リフォームをした古民家でカフェを営業し、セレクトした雑貨や衣服を販売しています。

 このあたりは城下町の風情が残っていて、古い町家もあって、散策が楽しいです。近くの郡山城跡は立派な石垣があって、見応えがありますし、天守台展望施設は見晴らしが良く、若草山や薬師寺などを見ることができます。春にはサクラの名所でもあるので、立ち寄っていただければと思います」

文/桜井保幸 写真/行友 重治

【フォトギャラリー】

大和郡山は日本有数の金魚の生産地。「とほん」がある柳町商店街の愛称は「金魚ストリート」
大和郡山は日本有数の金魚の生産地。「とほん」がある柳町商店街の愛称は「金魚ストリート」
入り口にある「とほん」の立看板
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金魚の水槽の横には宮沢賢治をはじめ、独自にセレクトした本や雑貨が並ぶ
金魚の水槽の横には宮沢賢治をはじめ、独自にセレクトした本や雑貨が並ぶ
お店は約8坪。「普段本を読まない人が圧倒されないように、本を詰めすぎず、あえて隙間をつくっています」
お店は約8坪。「普段本を読まない人が圧倒されないように、本を詰めすぎず、あえて隙間をつくっています」
店の奥から入り口を見る。取材に行った1月27日はみぞれが降っていた
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女性著者のエッセーがよく売れるという
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断裁された本や印刷所で余った紙を再生して作ったノート
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『読書からはじまる』(長田弘著/ちくま文庫)。「何を読むかということより、本を読む時間そのものが大切なことを教えてくれます」
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『本が語ること、語らせること』(青木海青子著/夕書房)。著者は東吉野村で、自宅の一部を「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」として開放している
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小説とエッセーが交じる文庫棚
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栞展(2月3日~2月26日)。さまざまな作家にオリジナル栞を公募し、販売している。今年で9回目
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