東京・墨田区、都営大江戸線両国駅から徒歩数分の所にある本屋「YATO」は、青森県五所川原市で高校教師をしていた佐々木友紀さんが、再上京して2019年に始めた書店だ。昨年、都営浅草線・本所吾妻橋駅近くの元喫茶店だった物件を借り、読書や思索にも適した、1人の時間を大切にできるカフェ「ORAND」を立ち上げた。同じ建物の2階にあるイベントスペース「OUET」では、本やアートに関係したさまざまなイベントも行う。書店とカフェの間は自転車で行き来しているという佐々木さんに、お話を聞いた。

画像のクリックで拡大表示

佐々木さんは、出身地の青森県で高校の教師になった後、辞めて再上京し、YATOを始めたんですね?

 東京の大学を出た後、地元の青森に戻って、五所川原市にある私立高校で教師の道を選びました。教師は世の中の役に立つ仕事だし、やりがいもあって面白かった。確かに素晴らしい仕事なのですけれど、教務主任になって、忙しくさせていただく中、来年から楽になりそうなタイミングで、おそらく今が成長のピーク、このまま続けても先が見えたと思いました。

 僕はかつて、「お店をやる」と「教師になる」という2つの夢を持っていて、お店も機会があればしてみたいなと思っていました。そんなとき、遠距離交際中の東京の彼女から「このまま教師を続けるの?」と言われました。

 パートナーが続けてほしいと思っているわけではないのであれば、せっかくなのでもう1つの夢をかなえてみようと思いました。

「YATOの書棚はみんなで作っている感じがします。お客様から注文が来て初めて知る本も結構あります」と話す佐々木友紀さん
「YATOの書棚はみんなで作っている感じがします。お客様から注文が来て初めて知る本も結構あります」と話す佐々木友紀さん
画像のクリックで拡大表示

お店の中でも、とりわけ書店をやりたかったのでしょうか?

 はっきり書店をやりたかったというよりは、何らかの文化的なスペース、場所を作りたかったんですね。再上京した時、夏葉社の島田潤一郎さんが書いた『あしたから出版社』(晶文社)を読んで、「本はいいなあ、本に関わることをしよう」と思いました。すごくしっかりしている人の本を読んだときには、「これは自分にはできないな」と思いましたが、島田さんの本を読んだときには「僕にもできるかも」と思ってしまったのです。そう思わせる平易さや優しさが魅力の本でもありますが、後から振り返れば、島田さんのされていることもまったく簡単ではできないんですけど。むしろ天才的だと思います。

 東京で書店をやるなら、すでに書店が沢山ある西側よりも、東側に作った方が意義があると思いました。特にJR上野駅の東側はアクセスが良くて人口も多い割にはお店が少ない。ちょうど想定していた地域にROUTE BOOKSという書店がある日オープンしました。さっそく行ってみると、植物が沢山あり、コーヒーも飲める。僕の理想を、さらに魅力的にしたような店でした。たまたまその日珍しくレジにいた社長に、その場で働かせてもらえないかお願いして、働くことに。

 ROUTE BOOKSの母体は工務店で、書店やカフェ経営のセオリーなどはまったくなかったのですが、それがかえって面白く、たいへん魅力的でした。一方で、使われていない場所を自分たちでリノベしたり、何でも作ってしまえば、ランニングコストや経費は安く済み、エコ。地域にとってもいいことで、空間もより魅力的になる可能性もあることも学ばせていただきました。

YATOの開店は2019年です。当初は店の奥にカフェスペースがあったそうですね。

 カフェは11席あって、土日は満席になっていました。ところが、新型コロナウイルス禍によって2020年2月ごろからほとんどカフェ利用の方が来なくなりました。当時は情報が乏しく、狭い空間に座席が多かったので、どのくらいの密度で感染するリスクが高くなるのか、など分からず手探りでした。

レジ前から店の奥を眺める
レジ前から店の奥を眺める
画像のクリックで拡大表示

 最初の1年で、他の仕事を兼業したり、カフェを併設すればなんとかギリギリやっていけることは分かりました。なので新型コロナウイルス禍を機に、本だけで経営していけるのかを試してみたくなりました。そこでカフェは閉め、書店のみの営業に変更することにしました。地元支援策として墨田区がPayPayによるポイント還元を複数回行ったりするなどの追い風もあって、本だけでの売り上げでも、なんとか今日まで営業を続けて来ることができました。

初めて訪れたとき、間口が狭く奥に広い空間に本が雑然と置かれていて、まさに谷戸(やと)のようなお店だと思いました。どんな書店を目指しているのですか?

 開店当初はお金がなく、改装費と什器(じゅうき)代合わせ150万円くらいしか使えませんでした。大工さんに空いている日だけ来てもらい、後は作業を教えてもらいながら自分で行いました。本も300冊程度しかなく、多くは面陳列し、空間を埋めるため手持ちの古書も並べました。その後どんどん本を仕入れるようになって、今は95%以上が新刊です。 

 僕は人文書を多く読んできたのですが、小さな書店には人文書の新刊を広く取りそろえているところはまずありません。地元青森にある大型店でも、自分が楽しみに待っていた人文書の新刊が見当たらないことがよくありました。

 僕はネット書店も使いますが、できれば実店舗で好きな本を探し、知らなかった本にも出会い、手に取って、装丁や紙や加工も見て、買った後近くの喫茶店に行って読む、その体験できることの豊かさに喜びを感じるタイプ。同じような趣向のお客様が来てくれるお店になれたらと思いました。

 店に置く本は他の独立系書店に置いてありそうな本と、意識的にずらしているところもあります。荻窪の「本屋title」の辻山良雄さんが、書籍の中で「独立系書店の品揃えは気を付けないと金太郎飴化してしまう」ということをかなり早くから指摘していたことに、影響を受けていると思います。

 昨年、和歌山と青森から、東京国立近代美術館での中平卓馬展と、この店に来ることだけが東京に来た目的、という女性のお客様が2人おられました。当店がディスティネーション・ストア(目的地としてのお店)になりうるのであれば、なるべく豊かな体験ができるように整えていきたいです。なるべくですけれど。

自分の好きな本をそろえるのと、お客様が求めている本をそろえるのと、2つの方向がありそうですが。

 本屋の不思議なところは個人の好みで本を選んでいるつもりでいても、そうでもなくなってくること。元英語教師っぽく言うと、publicとpublishがほぼ一緒であることがそうさせているのではないかと、魔法のようなものを感じます。当店の書棚も僕とお客様が一緒に作っている感じがあります。常連のお客様は、近隣の方々に加え、江戸川区、葛飾区、千葉県など。予想外でしたが、東京の西側や神奈川県からもいらっしゃいます。お店を続けていると、この本はあの人とあの人が買ってくれるだろうと想像できるようになってくるんですね。

江戸・東京の歴史や散歩関連の本がそろう
江戸・東京の歴史や散歩関連の本がそろう
画像のクリックで拡大表示

佐々木さんが得意でなかったジャンルの本も増えてきていますか?

 年々、趣向の幅は広がっていると思います。例えば生活ジャンルの本などは、30歳ごろまでは全く興味がなかったのですが、昔の同僚の女性などにたくさん教わりました。もっとも彼女としては、あまり教えたつもりはなく、ただただ好きなことの話をしていただけのようですけど(笑)。女性向けライフスタイルの本とか、家についての本とか、お茶の本とか、いろいろな方に教わって、興味の範囲が広がっていっていると思います。

本所吾妻橋でカフェも始めましたね。

 長期的に見れば書店だけをやり続けるのは苦しい。でも座して死を待つよりは、新しいことや楽しいこと、皆も喜んでくれそうなことをやりたい。たまたまご縁があって、都営浅草線・本所吾妻橋駅近くにある、元喫茶店の物件を紹介していただきました。1階は静かに読書のできるカフェ「ORAND」、2階を本やアート関連のイベントを行うイベントスペース「OUET」として昨年開業しました。

本所吾妻橋駅近くにあるカフェ「ORAND」とイベントスペースの「OUET」
本所吾妻橋駅近くにあるカフェ「ORAND」とイベントスペースの「OUET」
画像のクリックで拡大表示
ORANDOの店内
ORANDOの店内
画像のクリックで拡大表示

 ORANDにも新刊の話題書を置いたところ、結構売れることがわかりました。カフェにいらっしゃったお客様がYATOに訪れ、また逆のパターンもあって回遊性が生まれるようになりました。

 書店はしんどい商売でもあるのですが、一方で、本好きの素晴らしいお客様とともに作家や編集者やアーティストなど、魅力的な方々がやって来ます。さらに飲食があるとハードルが下がって気軽に訪れていただけるようになります。実際カフェを始めてみて、書店だけだったときより、さまざまな人と知り合うことができました。

素晴らしいですね。さらなる野望はありますか?

 カフェの開業では結構お金がかかってしまい、借金もしてしまったので、早く返してしまいたい。クラウドファンディングのようなものもしておりますので、ご支援とお買い物をよろしくお願い致します(笑)。その上で、3軒目、4軒目のお店や出版社も作りたいと思っています。でも一人でやろうとすると、お金のことばかり考えなくてはならなくなる。そこで、例えば100人に10万円ずつ出資してもらって、3日ずつ店をやってもらうような形はできないか、なにか「私」と「公」の間のような活動をしたいと、うっすら考えています。

 不景気ですので放っておけば、書店やミニシアターなどの文化的な場は街から消えていってしまう。やりたいことやアイデアのある人が気軽にイベントをしたり、参加できたりする場がもっと増えていったらいいと思います。

YATOの売れ筋本や佐々木さんのお薦め本を教えていただけますか?

 『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』(ヤマザキOKコンピュータ著/タバブックス)は、当店のロングセラーです。私たちがつまらないことにお金を費やすと、世界はどんどんつまらなくなる、言い換えれば、私たちがお金をどう使うかで世の中は変えられると主張しています。彼にはOUETでトークイベントもしてもらいました。

『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』(ヤマザキOKコンピュータ著/タバブックス)
『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』(ヤマザキOKコンピュータ著/タバブックス)
画像のクリックで拡大表示

 このところ欧米を中心に日本人女性作家の評価がうなぎ登りです。国内でもZINEを中心に、元気のいい女性の書き手がどんどん出てきています。『シカクはこうしてこうなった 1~4』(たけしげみゆき著/シカク出版)は、大阪で書店を始めた女性が、お店の立ち上げについて書いた本ですが、はちゃめちゃというか、ここまで公開して大丈夫なのかと思うほど、あけすけに書いています。

 またこの『たまごサンド』(卯野たまご著)は、主にコミックエッセーを書いてきた著者が、自主出版で出した文章のみのエッセー。編集者もついているのですが、400ページ以上もあって、裸になって書いている感じがします。男性とは思いきりのよさがまったく違うように感じます。

『シカクはこうしてこうなった 1~4』(たけしげみゆき著/シカク出版)
『シカクはこうしてこうなった 1~4』(たけしげみゆき著/シカク出版)
画像のクリックで拡大表示
『たまごサンド』(卯野たまご著)
『たまごサンド』(卯野たまご著)
画像のクリックで拡大表示

 人文書の古典も紹介します。『遍歴』(神谷美恵子著/みすず書房)は、高級官僚の娘として上流家庭で育った著者が、40歳を過ぎてハンセン病専門の医師になっていく課程を描いています。神谷さんは強い意思をもって、人生でやるべきことを見つけていったキャリアウーマンでもあると思います。そこには国内外で受けた教育が大きく影響しています。教養というものが人生を切り開いていく上でいかに大切かが分かります。仕事に悩んでいる読者にお薦めします。

『遍歴』(神谷美恵子著/みすず書房)
『遍歴』(神谷美恵子著/みすず書房)
画像のクリックで拡大表示

さまざまな料理の本がありますね。

 いつの間にか料理の本が増えてしまって、料理本についての執筆依頼なども、時々いただくようになりました。この『「食」と「本」のプロ30人が選ぶ私の偏愛料理本』(グラフィック社編集部編/グラフィック社)は、著名料理家と並んで僕も5冊の料理本を紹介しています。

料理書の棚。ひとひねり利いた本が多い
料理書の棚。ひとひねり利いた本が多い
画像のクリックで拡大表示
『「食」と「本」のプロ30人が選ぶ私の偏愛料理本』(グラフィック社編集部編/グラフィック社)
『「食」と「本」のプロ30人が選ぶ私の偏愛料理本』(グラフィック社編集部編/グラフィック社)
画像のクリックで拡大表示

最後に、お店を訪れたついでに立ち寄るといいお薦めのスポットはありますか?

 この近くにある、90代の女性店主が一人でやっていらっしゃる「おかとく」というもんじゃ屋さんをお薦めします。それと、内装なども今の時点での理想を精いっぱい表現しているので、「ORAND/OUET」にもぜひいらしてほしいですね。

取材・文/桜井保幸 写真/木村輝

参考サイト YATO

【フォトギャラリー】

YATOのすぐ近くの横綱町公園内にある東京都慰霊堂。関東大震災で被害の大きかった被服廠(しょう)跡地に建設された
YATOのすぐ近くの横綱町公園内にある東京都慰霊堂。関東大震災で被害の大きかった被服廠(しょう)跡地に建設された
画像のクリックで拡大表示
YATOの入り口。間口は狭く奥行きがある
YATOの入り口。間口は狭く奥行きがある
画像のクリックで拡大表示
『万人のための哲学入門 この死を謳歌する』(佐々木中著/草思社)。「哲学の本を読んでみたいと思った方が最初に手に取るといい本です」
『万人のための哲学入門 この死を謳歌する』(佐々木中著/草思社)。「哲学の本を読んでみたいと思った方が最初に手に取るといい本です」
画像のクリックで拡大表示
『RIOT』(塚田ゆうた著/小学館)。「2人の男子高校生がZINEを作る漫画。めちゃくちゃ面白いです」
『RIOT』(塚田ゆうた著/小学館)。「2人の男子高校生がZINEを作る漫画。めちゃくちゃ面白いです」
画像のクリックで拡大表示
『しゃにむに写真家』(吉田亮人著/亜紀書房)。「吉田さんも、パートナーに『今の仕事をこのまま続けるつもりなの』と言われ、教師からカメラマンに転じた方です」
『しゃにむに写真家』(吉田亮人著/亜紀書房)。「吉田さんも、パートナーに『今の仕事をこのまま続けるつもりなの』と言われ、教師からカメラマンに転じた方です」
画像のクリックで拡大表示
『仕事と人間 70万年前のグローバル労働史 上・下』(ヤン・ルカセン著/塩原通緒・桃井緑美子訳/NHK出版)
『仕事と人間 70万年前のグローバル労働史 上・下』(ヤン・ルカセン著/塩原通緒・桃井緑美子訳/NHK出版)
画像のクリックで拡大表示
大阪発のインディペンデントマガジン『IN/SECTS Expanded Edition 特集 本をつくって本を売る』(LLCインセクツ)。表紙イラストはYATO店内
大阪発のインディペンデントマガジン『IN/SECTS Expanded Edition 特集 本をつくって本を売る』(LLCインセクツ)。表紙イラストはYATO店内
画像のクリックで拡大表示
科学の本が並ぶ棚。「うちには10歳以下から80代のお客様までいらっしゃいます。ジャンルを問わず上質な本をそろえていきたいです」
科学の本が並ぶ棚。「うちには10歳以下から80代のお客様までいらっしゃいます。ジャンルを問わず上質な本をそろえていきたいです」
画像のクリックで拡大表示