2000年、茅ヶ崎公園野球場で行われたサザンオールスターズのライブステージで、桑田佳祐が叫んだ。「長谷川書店知ってますか~!」――。神奈川県茅ヶ崎市に3店舗を展開する長谷川書店は1947年の創業、地元の人なら誰もが知る本屋さんだ。開高健、城山三郎、小津安二郎、加山雄三など、茅ヶ崎ゆかりの作家や著名人の本が並ぶ。小さい頃から本に親しんでもらおうと、毎月行っている「絵本とおはなし会」は300回を超え、茅ヶ崎の知の文化を育んできた。祖父が始めた書店を受け継ぎ、1992年にネスパ茅ヶ崎店店長となった長谷川静子さんにお話を聞いた。
茅ヶ崎駅周辺に3店舗
長谷川書店は戦後すぐの1947年創業です。長谷川静子さんは本屋さんで生まれ育ち、家業を継がれたんですね。
長谷川家はもともと代々続く茅ヶ崎の旧家でした。私の祖父は、東京で教師をしていましたが、戦争で焼け出され、郷里に帰ってきました。
祖父は、これからは学問や教育によって日本をよくしていきたいと、1947年に本屋さんを創業し、家族経営を始めました。戦後すぐでしたから、出版流通は未整備でした。祖父は問屋が集まる東京・神田で本を仕入れ、東海道線に乗って茅ヶ崎へ。列車が駅に着くと、窓から荷物を落とし、店に運んで陳列をしたと聞いています。
当時店ではオルガンも販売していたのですが、これからは音楽教育も重要になるだろうと、祖父は次男に楽器を扱わせることにし、これが長谷川楽器店の設立となりました。長谷川楽器店は茅ヶ崎唯一の楽器店で、湘南の音楽文化を支えていきます。桑田佳祐さんもギターを買いに来られたそうです。
私は日々店の商売を見ながら育ちましたが、お手伝いはほとんどしませんでした。でも、まれに父と一緒に街を歩くと、いろんな方が父に挨拶をしてくれます。父は地域のお役に立つ仕事をしているんだなあと思いました。私は読書家ではなかったですが、次第に書店経営に興味を持つようになりました。
長谷川書店は茅ヶ崎駅北口のネスパ茅ヶ崎店、南口駅前店、さらには南口から徒歩数分のところに本店があります。どうしてこのような立地になっているのですか?
駅南側にある本店は創業の地で、今は外商と文房具・雑誌が主体です。南口駅前店は、57年に開店しました。76年、もらい火により被災しましたが、再建しました。その後、駅前再開発事業の計画が立ち上がり、駅前の商店は皆、茅ヶ崎市に協力することになりました。その代替地として駅北口の土地を譲り受けることになりました。
ネスパ茅ヶ崎店と南口駅前店のすみ分けはどうなっていますか?
とくにすみ分けはなくて、ネスパ茅ヶ崎店と南口駅前店は2店で1つと考えています。ネスパ茅ヶ崎店のほうが広いので書籍が充実しており、男性客がやや多い。一方、南口駅前店は駅からすぐで便利なので、幅広い層の方が来店されます。父は、「関東広しといえども、JRの駅の北と南で本屋をやっているところはないだろう」と言っていました。
お客様から問い合わせのあった本が南口店で切らしていて、ネスパ茅ヶ崎店にあった場合は、ネスパ店のスタッフが本を持って駅の階段を駆け上がり、改札口の前あたりで手渡すということもよくあります。もちろんその逆もあります。
「絵本とおはなし会」をはじめ、読書推進活動を長年続けておられますね。
「絵本とおはなし会」は、92年に私が店長になった6年後の98年から、月1回のペースで始め、300回以上続いています。
おはなし会のきっかけは、当店で行った仕掛け絵本教室の講師を担当していた大日本絵画の方が、JPIC(出版文化産業振興財団)読書アドバイザー1期生で、「小さいときから、親子で本に親しむ機会をつくれたら」と相談したところ、同期の方やお仲間を紹介していただいたところから始まりました。
先日、赤ちゃんを抱っこしておはなし会に来てくれた女性が、「ここ私来たことある」とおっしゃっていてびっくりしました。絵本に関心のある大人のお客様も参加され、そこから絵本の自主サークルも立ち上がりました。
そのほか「大人の塗り絵体験会」「ドラマチック・リーディング(名作の朗読会)」「バイリンガル絵本クラブ」「ビブリオバトル」「書評哲学カフェ」「こども版 絵本哲学カフェ」など、様々な催しを行っています。これらは硬く言えば「読書推進活動」ですが、私は「読書お楽しみ企画」と呼んでいます。
「書評哲学カフェ」というのは、まず課題本を読み、簡単に書評を語ります。次に皆で「問い」を作り、自分の思いや考えを発表します。答えを出すことはしません。いろいろな考え方が聞けて楽しいです。ライプニッツの『モナドロジー 他二篇』(谷川多佳子・岡部英男訳/岩波文庫)が課題本になったときは、難しくて私は皆さんの話を聞いているだけでした(笑)。
地元ゆかりの本も充実
こちらは茅ヶ崎関連の本のコーナーですね。
はい。小津安二郎、加山雄三、桑田佳祐、城山三郎、開高健、佐川光晴と、地元ゆかりの作家や著名人の本をそろえています。城山先生は南口駅前店の隣にオフィスがあったので、店では先生のハードカバーを常に3冊ずつストックしていました。城山先生の奥様はよくサイン本を作るため、お買い上げいただいていたと聞いています。開高先生も海の近くにお住まいで、奥様と一緒によく来店されていたそうです。
桑田佳祐さんに会われたことはありますか?
いいえ、お目にかかったことはありませんが、よくラジオで、本店で文房具を買ったとか話されていますね。2000年に茅ヶ崎公園野球場で行われたサザンオールスターズの茅ヶ崎ライブでは、アンコールが終わった頃に、桑田さんが「長谷川書店知ってますか~!」と叫んだそうです。後で知り合いから「何か(桑田さんに)したの?」と勘繰られました(笑)。おそらく南口駅前店で「お帰りなさい! 桑田さん」と大きな立て看板を掲げていたので、お目に留まったのかもしれません。
もちろん桑田さんやサザンの関連本はよく売れます。雑誌『BRUTUS』の「全国民に贈るサザンオールスターズ特集」(2025年3月15日号)は、3店で1000冊以上仕入れたのですが、店頭在庫はもうほとんどありません。サザン通り(茅ヶ崎小学校通り)にある本店には、サザンファンの方がよくいらっしゃいます。
今年は戦後80年の節目で、戦争関連のフェアを展開中です。茅ヶ崎の海岸から米軍が上陸する計画(コロネット作戦)があり、もし終戦が遅れていたら、戦場になっていたかもしれません。こちらは茅ヶ崎市がコロネット作戦についてまとめた冊子です。
小規模版元が集う「本の産直市」を開催
今年7月、小規模の版元が集うブックフェア「本の産直市@長谷川書店」が行われました。街の書店でこうした催しが行われるのは珍しいですね。
「本の産直市」は去年に続き2回目です。個性的な出版社の方々とお客様が対話できる貴重な機会で、双方にとって得るものが大きい催しです。きっかけは小規模版元の取引代行を行っているトランスビューからの打診でした。当店は人文書に力を入れているので、『14歳からの哲学』(池田晶子著/トランスビュー)を長年扱ってきました。その関係でお声がけいただいたんだと思います。
課題図書の帯が巻かれた本がたくさんありますね。
課題図書は問い合わせが多いので、コーナーを展開しています。学校現場にゆとり教育が導入されたとき、課題図書はまったく動かなくなりましたが、最近はまた売れるようになりました。いくつかの学習塾も読書力や国語力アップに役立つと、課題図書を決めています。
「よんでネット」というのは、茅ヶ崎市立図書館がボランティアの協力により、各年代に合わせた本を季節ごとに紹介しているもので、当店も勝手にコラボしてします。また、このエプロンにあるバッジ「本がだいすきプロジェクト」は、茅ヶ崎市立図書館とNPO法人まちづくりスポット茅ヶ崎、川上書店、長谷川書店が参加している読書推進活動で、共同の棚を作ったり、イベントを行ったりしています。
私たちはずっと街に協力してきましたし、これからも茅ヶ崎の知的文化を守り、育てていきたい。東京に行けば大きな書店はたくさんあり、ネットでも買えますが、茅ヶ崎で24時間過ごす方々のためにも書店を続けていきたいと思います。
最後に、長谷川書店を訪れたついでに立ち寄るといいお薦めスポットはありますか?
私はあまり出歩かないので詳しくないのですが、近所にあるカフェムラサキは昔からある喫茶店で、俳優の目黒蓮(れん)さんが出演したテレビドラマのロケ地になったこともあって、ファンの方がいらっしゃるそうです。また「すずの木カフェ」はオーガニックの食材を使っている店で、お店の方はよく長谷川書店にいらっしゃいます。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
参考サイト 長谷川書店【フォトギャラリー】




















