千葉県佐倉市の京成志津駅すぐの「 ときわ書房志津ステーションビル店 」は、書店チェーンの一店舗でありながら、独立系書店のようにセレクトされた棚や個性的な販促企画で知られる本屋さんだ。店頭を見ていくと、新刊書棚の隣に反差別、フェミニズム、社会問題などを扱う硬派な人文書、専門書、ノンフィクションが並ぶ。もともとはどこにでもあるような郊外の書店だった。しかし、8年前、同店店長の日野剛広さんが「このままうだつの上がらぬ本屋のオヤジでいいのか」と思い至り、それ以降SNSでの発信や多彩な企画を続けてきた結果、遠方からもお客さんや業界関係者が訪れる注目店となった。日野店長が覚醒に至ったきっかけとは?

日野さんはアルバイト勤務からときわ書房に就職されたそうですが。

 はい。学生時代に2年間ときわ書房船橋本店でアルバイトをしていました。書店志望だったわけではなくて、目指していた公務員試験に落ちてしまったものですから、ときわ書房に採用してもらった形です。

 7年間でいくつかの店舗を回った後、八千代台店に13年間勤務しました。店舗責任者だったのですが、仕事も人間関係もうまくいかず、「志津でやり直しなさい」と、志津ステーションビル店に異動しました。会社の温情人事だったと思います。

 2013年、同店店長として志津で働き始めた後も、仕事への意識は相変わらず希薄で、ただ作業をこなすだけの日々が2年余り続きました。

2015年が転機になったのですね。

 すでに40代の半ばを過ぎていて、その頃から漠然と「なぜオレはここで働いているのか」「なぜオレは本屋なのか」と思うようになりました。

 当時は第二次安倍政権下で、世の中にはなんとなく不穏なムードがまん延していました。書店の店頭では特定の国や民族を攻撃する「ヘイト本」が目立っていました。自分はこんな本を売るために本屋をやっているのか、他の店はどうしているんだろうと、週末に他の書店を巡るようになりました。

 そこで分かったのは、うちは品ぞろえの点でものすごく遅れているということでした。ただヘイト本を置く置かないにとどまらず、時事的な関心に沿う本もない、また読者が本当に面白いと思うような本をそろえていないし、提案もしていない、と気づきました。

「私はずっと落ちこぼれの書店員でした」と語る日野剛広さん
「私はずっと落ちこぼれの書店員でした」と語る日野剛広さん

 そこで、少しずつ品ぞろえを変えていくとともに、Twitter(現・X)を開始し、一箱古本市など、地元での交流活動も始めました。分かってきたのは、佐倉や志津には文化的な関心が高く、クリエイティブな活動をする方々がたくさんいらっしゃることでした。

 他店ではあまり扱っていない人文書や専門書を置き始めた当初、社内外から「客層に合っていないのでは」と言われました。確かに当初はなかなか成果が出ませんでした。Twitterで紹介してバズった本でも、店頭では1冊も売れないこともあり、めげそうになりました。

 しかし、2018年ごろからTwitterで紹介した本がポツポツ動き始めました。当初何を紹介し売っていたかは忘れてしまったのですが、よく覚えているのは 『翼』(白石一文著/鉄筆文庫) を売り伸ばしたことです。当店で200冊以上売れました。

どんな本を仕入れるかは店長の裁量に任されているのでしょうか。

 志津店はときわ書房の中で最も小さな店です。正社員は私1人だけで、それ以外のスタッフは契約社員とアルバイトです。他の書店チェーンでは本部の指示の下、共通の仕入れをしているところが多いと思いますが、当社の場合、何を仕入れるかは店舗の仕入れ担当者に裁量を持たせてくれます。もっとも結果は当然求められますが。

千葉市幕張の 本屋lighthouse の店主、関口竜平さんは、この店でアルバイトをされていたそうですね。

 そうなんです。実は関口には、今も週1でアルバイトに入ってもらっています。彼は大学院を修了後、大手取次会社に就職したのですが、2カ月で退社。最初彼とはTwitterでつながっていましたが、うちで働かせてほしいとやってきました。大変な読書家だったので、私は何も教えず、3年間好きなように働いてもらいました。

「志津ノーベル賞」は日野店長が選んでいる
「志津ノーベル賞」は日野店長が選んでいる

 関口が思いついた企画に「志津ノーベル賞」があります。これはノーベル賞のパロディーでユニークな科学研究などに贈られる「イグ・ノーベル賞」をもじったもので、店長の私が毎年独断で選んでいます。うちのスタッフも各部門の賞を選出しています。最初は嫌がっていましたが、今はノリノリで協力してもらっています。

 売れた本のスリップを店内に掲示し、Twitterで発信する試みも関口が始め、本屋lighthouseに引き継がれました。もっとも大手版元はどんどんスリップを廃止しているので、難しくなってきていますが。

『最近○○で売れた本 売上スリップ・アーカイブ集 2018/04~2023/04』(本屋lighthouse)
『最近○○で売れた本 売上スリップ・アーカイブ集 2018/04~2023/04』(本屋lighthouse)

こちらはアメリカ黒人の歴史やカルチャーについてのコーナーです。ずいぶん力を入れていますね。

  『それで君の声はどこにあるんだ? 黒人神学から学んだこと』(榎本空著/岩波書店) という本を中心に、アメリカ黒人の歴史や人種差別に関する本を集めています。本書は27歳でニューヨークのユニオン神学校に留学し、黒人神学の泰斗、ジェイムズ・H・コーンに師事した榎本空さんによる手記です。これを読むとアメリカの黒人に起きたことを、自分の問題として捉えることができます。本書を応援するフリーペーパーも制作、継続的に展開した結果、2000円の本にもかかわらず、60冊以上を売ることができました。

アメリカ黒人の歴史・文化に関する本を集めたコーナーには、ジェイムズ・H・コーン、キング牧師、マルコムXの肖像も掲げられている
アメリカ黒人の歴史・文化に関する本を集めたコーナーには、ジェイムズ・H・コーン、キング牧師、マルコムXの肖像も掲げられている
榎本空さん翻訳による『母を失うこと 大西洋奴隷航路をたどる旅』(サイディヤ・ハートマン著/晶文社)。アメリカ黒人の女性筆者が、自らのルーツをたどる旅行記。「アメリカ国内では差別されていた著者が、アフリカではエリートのアメリカ人の1人として見られてしまうジレンマも描かれます」
榎本空さん翻訳による『母を失うこと 大西洋奴隷航路をたどる旅』(サイディヤ・ハートマン著/晶文社)。アメリカ黒人の女性筆者が、自らのルーツをたどる旅行記。「アメリカ国内では差別されていた著者が、アフリカではエリートのアメリカ人の1人として見られてしまうジレンマも描かれます」

 こちらは私がずっと推している3人の論客、武田砂鉄さん、ブレイディみかこさん、栗原康さんのコーナーです。メッセージを寄せていただき、政治参加や社会問題に関する本を集めています。以前は選挙を控えていた時期だったので「次の選挙に行こうREVENGE」と題していましたが、今はブレイディみかこさんの新作タイトルから「R・E・S・P・E・C・T!」としています。

日野店長は、ブレイディさんからの依頼で『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)の解説も執筆している
日野店長は、ブレイディさんからの依頼で『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)の解説も執筆している
右から『本屋なんか好きじゃなかった』(日野剛広著/十七時退勤社)、『センチメンタルリーディングダイアリー』(@osenti_keizo_lovinson著/本の雑誌社)、『新古書ファイター真吾』(大石トロンボ著/皓星社)。『本屋なんか好きじゃなかった』にある一文「わたしたちはなにかをする理由よりもなにかをしない理由を正当化したがる」は、朝日新聞の「折々のことば」で紹介された
右から『本屋なんか好きじゃなかった』(日野剛広著/十七時退勤社)、『センチメンタルリーディングダイアリー』(@osenti_keizo_lovinson著/本の雑誌社)、『新古書ファイター真吾』(大石トロンボ著/皓星社)。『本屋なんか好きじゃなかった』にある一文「わたしたちはなにかをする理由よりもなにかをしない理由を正当化したがる」は、朝日新聞の「折々のことば」で紹介された
『歩いてみよう志津 史跡いまむかし』(宮武孝吉著/大空社出版)と『やがて訪れる春のために』(はらだみずき著/新潮文庫)
『歩いてみよう志津 史跡いまむかし』(宮武孝吉著/大空社出版)と『やがて訪れる春のために』(はらだみずき著/新潮文庫)

 地元出身の著者の本や地元が舞台になっている作品にも力を入れています。 『歩いてみよう志津 史跡いまむかし』(宮武孝吉著/大空社出版) は志津の史跡を丁寧に紹介した本で、当店では1200冊売れました。 『やがて訪れる春のために』(はらだみずき著/新潮文庫) は佐倉が舞台の小説。漫画『新古書ファイター真吾』の作者、大石トロンボさんも佐倉市ご在住で、拙著『本屋なんか好きじゃなかった』(十七時退勤社)の表紙イラストも描いていただいています。

  『センチメンタルリーディングダイアリー』(@osenti_keizo_lovinson著/本の雑誌社) は、松山在住の元書店員によるエッセー。本を紹介しながらすべて自身に結びつけて書いています。私はこの中に取り上げられている本の大半を読んだことがなかったのですが、大変面白かったです。

この「スモール&タフフェア」というのはなんでしょう。

 世の中の風潮にあらがう姿勢で出版活動をしている小出版社3社の合同フェア 「スモール&タフ」フェアの情報ページ|ころから|note です。反レイシズム、革命と戦争、働き方などをテーマとした、まさにスモールでタフな本を展示しています。うちはこういう本も扱うお店なんだと知っていただき、将来の種まきになればと思っています

ひとり出版社である「共和国」「ころから」「タバブックス」3社の合同フェア
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ジェンダーやフェミニズム関連本のコーナー
ジェンダーやフェミニズム関連本のコーナー

好きな本屋さん、影響を受けた本屋さんはありますか。

 2016年ごろ、独立系書店の勃興があって、東京・荻窪のTitleや谷中のひるねこBOOKSなどずいぶん巡りました。埼玉県朝霞市のCHIENOWA BOOK STORE、神戸市の書肆スウィートヒアアフターの影響を受けましたが、残念ながら閉店したようです(CHIENOWA BOOK STOREは23年10月、CHIENOWA BASEとしてリニューアルオープンした)。チェーン書店では武蔵小金井駅南口にあるくまざわ書店イトーヨーカドー武蔵小金井店の品ぞろえが好きです。

これから志津店をどうしていきたいですか。

 おかげさまで店の認知度が高まってきました。でもこの1年の売り上げはなかなか厳しいです。近くの京成沿線には勝田台、志津、ユーカリが丘、京成臼井と4駅連続して駅前書店があります。ユーカリが丘には大型店舗の宮脇書店と未来屋書店もあります。競争はなかなか厳しいですが、活性化のためには歓迎すべきことですし、特徴を出してすみ分けしていくということでしょうね。

 書店を巡る環境の変化、止まらない物価の上昇と経済状況の悪化、世界情勢のさらなる不安定化により、書店の存続はいよいよ厳しくなりました。そのような中で、これまで通りの書店経営を続けていくことは時代に逆行しているのかもしれません。縮小を迫られる中で、いかに店を最後まで全うするか。粛々と売り場を築きつつ、本の販売に悪あがきを続けることが、私たちにできるせめてもの抵抗かもしれません。

取材・文/桜井保幸 写真/木村輝

【フォトギャラリー】

京成電鉄志津駅と志津ステーションビル
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ときわ書房志津ステーションビル店は駅改札口を出てすぐのところにある。書籍以外に文房具やCDの売り場もある
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日野店長はロック好きで、とりわけYMOのファン。音楽書や音楽雑誌が充実している
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高校の雑草研究部を舞台にした漫画『ザッケン!』(上村奈帆・モノガタリラボ原作/まんが・プクプク/小学館)。原作者で映像作家の上村さんは佐倉在住
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新聞書評で取り上げられた本と関東大震災100年関連の本
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佐倉在住の哲学者による『なぜこれまでからこれからがわかるのか デイヴィッド・ヒュームと哲学する』(成田正人著/青土社)
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コミックコーナー。「私はコミックのことはまったく分からないのですが、詳しいスタッフが上手に棚を作ってくれています」
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『ユートピアとしての本屋 暗闇の中の確かな場所』(関口竜平著/大月書店)
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10月7日に志津店向かいのスペースで開催された、小出版社が集う「凸凹ヴィレッジのBOOKフェス in SHIZU」の光景(日野さん提供)
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日野店長お薦めのインドレストラン・サティー。志津駅南口にある。「陽気な店主が温かく迎えてくれます」
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