BOOK STAND若葉台 は、神奈川県横浜市旭区の大規模公営住宅「若葉台団地」内にある本屋さんだ。2019年、同団地内にあったチェーン書店が撤退し、3年間書店ゼロの状態が続いていた。文化的コミュニティーの核として、なんとか書店を復活できないかと、白羽の矢が立ったのが、同団地の住人で、移動式本屋「BOOK TRUCK」を営む三田修平さんだった。BOOK STAND若葉台開業1年の手応えとこれからを三田さんに聞いた。

薄氷の上をげたで渡る
三田さんは開店1年を迎えた8月28日、X(旧ツイッター)で「薄氷の上をげたで歩くような商売を続けてこられた」とつぶやいていましたが、これはどういう意味ですか。
ここで新刊書店の商売をやっていくのは、やはり厳しいな、という意味です。若葉台団地には以前、有隣堂、次に福家書店が入っていましたが、撤退しました。この場所で書店をやるのは大変だろうと覚悟していましたが、あらためてそれを確認した1年でした。
開店にあたり、店舗面積を大幅に縮小し家賃も下げてもらいました。それでも収支を合わせるのは大変です。もともと書店が成り立ちにくい商圏だったからこそ、チェーン書店が撤退したわけで、同じやり方では無理です。そこで新刊に加えて古書も扱い、ドリンクスタンドを併設しました。

住人の方からは、話題の新刊をもっと並べてほしいという声が多く寄せられました。それで、この1年はその声に応えようと注力してきました。でも、うちのような商圏の小さい店は、新刊をそろえること自体が非常に難しいことが分かりました。
新刊がなかなか入らない
それはどういうことですか。
希望しても新刊がなかなか入ってこないのです。例えば大手取次は、POS実績を基にした自動配本以外に、事前注文を募る近刊予約サービスを行っています。当店も欲しい本を記入して送るのですが、希望した本の5%ぐらいしか届きません。これではどうにもなりませんね。担当の方は頑張ってくれているのですが。
新刊がなかなかそろわないので、当店は客注(お客様からの取り寄せ注文)が多くなっています。これからも客注にはきちんと応えていきたいと思います。当店のお客様は、ネット通販に慣れている若い人とは違い、注文した本が店に届くのをゆっくり待ってくださいます。
普通の街の書店に比べると、テーマごとにこだわりをもって選ばれた本やリトルプレス、古書、雑貨なども並んでいて、とてもユニークな書店だと思います。お客さんからの反応はいかがですか。
「面白そうな本屋ができた」という声が届いています。でも個々のタイトルがお客様に刺さっているのかどうかはよく分かりません。やはり時代小説などの普通の新刊や話題書のほうが動くもので。

客層の中心は団塊の世代
お客さんはどんな方が多いですか。
団地の住人が大半で、65歳以上の高齢者が多いです。1979年に若葉台団地の分譲が始まり、当時30~40代だった人たちが入居し始めました。ちょうど私の親の世代で、団塊の世代に当たります。
店内を案内していただけますか。
レジ下と店の外に雑誌を置いています。当店のお客様は雑誌を読んできた世代でもあり、私が以前勤めていたTSUTAYA六本木店や渋谷のSPBSと比較しても、雑誌はよく売れます。一番売れるのは月刊『文藝春秋』で、マネー誌の『ダイヤモンドZAI』、『週刊エコノミスト』なども人気です。
髙田郁や佐伯泰英などの時代小説、健康や医療の本、脳トレ本などがよく売れます。

この『本のある空間採集』(政木哲也著/学芸出版社)という本は、全国各地の個人書店や私設図書館、ブックカフェの寸法を測り、手書きの見取り図を描いた図鑑です。現在(取材日は8月30日)、この本のパネル展を行っています。本書の編集中はこの店はまだオープンしていなかったので載っていませんが、BOOK TRUCKは載っています。


こちらは毎月1人の著者を決めて特集コーナーを作っています。今月は養老孟司の特集です。先月は町田康、その前は西加奈子でした。以前安部公房でやったこともありますが、さっぱりでした。
その隣は文庫判の自伝や自叙伝を集めた棚です。先月は紀行文学で特集を組みました。この手の本は単行本よりも文庫のほうがお客様には買いやすいようです。


三田さんのお薦めの本を教えてください。
『庭とエスキース』(奥山淳志著/みすず書房)は、本のたたずまいが良くていいですね。フォトグラファーの著者が、北海道・新十津川村の丸太小屋で自給自足の生活をするおじいさんに密着して作った写文集です。映画監督の小栗康平の推薦文が付いています。
『じぶん時間を生きる』(佐宗邦威著/あさま社)は、一見ライフスタイルや自己啓発の本に見えますが、ビジネスへのヒントがありそうな本だと思います。
『とびきりおいしい おうちごはん』(野村友里著/小学館クリエイティブ)は子ども向けの料理本です。レシピ本の体裁を維持したまま、子ども向けになっているのが素晴らしいです。料理の写真を担当したカメラマンは近所の方です。



移動式本屋「BOOK TRUCK」も続けておられるのですね。
BOOK TRUCKは公園や駅前、イベントなどさまざまな場所で、本を売る移動式本屋です。出店料をいただいて出店することが多くなっています。昨年、人気アーティストYOASOBIのスタッフから、全国ツアーに「BOOK TRUCK」を出店してもらえないかという依頼が来て、今年春から秋の週末を中心に「旅する本屋さん YOASOBI号」を運営しています。販売しているのは、YOASOBIの曲の世界観を表現した絵本やアーティストのお薦め本などです。10月に『別冊カドカワ』でYOASOBIの本が出るので、それに合わせて当店でもパネル展を行う予定です。

ところで、若葉台団地の住み心地はいかがですか。
私は団地で生まれ育ったので団地の良さを知っています。ここはとりわけ子育てに最適です。緑が多く、車道と歩道が交差しないので安全だし、住居費が安い(65平米のファミリーサイズで家賃8万円強。分譲でも80平米で2000万円台)。生活に必要なものは一通り団地内でそろう。子どもの一時預かり所もあって、親子で遊べる場所もたくさんあります。近くには市営プールもあって、家から水着を着たまま出かけられます。私の妻は団地に住んだ経験がなかったのですが、ここをとても気に入っています。ママさん同士の交流も非常に盛んですし。
最寄りの駅までバス便しかないのがネックですが、車を持っていれば東名高速のインターチェンジが近いので、どこへでもすぐ出られます。
BOOK STAND 若葉台を訪れたついでに、立ち寄るといいお薦めスポットはありますか。
東急田園都市線の青葉台駅から少しいったところに、「 MICOTOYA HOUSE 」という、在来種や固定種、自然栽培の野菜とアイスクリームを売っているお店があります。お薦めです。
他の団地に分店を作りたい
持続可能な書店にしていくために、打開の道はどこにありますか。
ネガティブなことばかり言っているように聞こえたかもしれませんが、決してネガティブではありません。この1年間、実感を伴って現状を把握することができました。団地という所はそこそこ人がいて、家賃は安く抑えられるので、やり方次第だと思っています。
書店の経営を成り立たせるには、利益率を上げるか、お客様の数を増やすかのどちらかです。
利益率を上げるためには古書を増やすこと。お客様からは新刊が欲しいという声がある一方で、古書を増やしてほしいという要望も数多くあります。古書といっても高値で取り引きされる本ではなく、少し前にベストセラーになったような本です。新刊と古書では利益率に大きな差があります。例えば1500円の新刊を売ると利益は300円、古書を100円で仕入れて400円で売っても、同じ300円ですから。
これからは古書の買い取りもしていく予定です。古書買い取りのバリューブックスと提携して、お客様の古書を一括して買い取ってもらい、当店には売れそうな本だけを並べようと思っています。
お客様を増やすには、若葉台団地の住人だけでなく近隣からも来てもらえるようにすることが必要です。そのためにはイベントももっとやったほうがいいし、SNSでの発信も欠かせません。
いずれはBOOK STAND 若葉台の分店を他の団地にも作って、本と出合う場を増やしていけたらと思っています。どの団地にも住民の集うコミュニティーを作ろうという動きがあります。そこに必ず書店が入るようになったらいいですね。新刊を豊富にそろえるのは難しいですが、客注にはきちんと応えるようにし、雑誌の定期購読を受け取れる窓口にする。そして古書の回転を良くし常に棚の新鮮さを維持するといった書店像をイメージしています。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
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