数ある独立書店の中でも、とりわけ空間の美しさが際立つのが、東京・東上野にある ROUTE BOOKS だ。元メッキ工場を改装した建屋には、本と植物と雑貨、廃材から作った書棚が並び、カフェや読書ラウンジとしても利用できる。2階には陶芸教室やキッチン、レストランがあり、別棟には家具工房やオフィス、パン屋さんもある。2017年から店の選書を担当している石川歩さんと、ROUTE BOOKSを経営する工務店、 ゆくい堂 社長の丸野信次郎さんにお話を伺った。

ライター・編集者との兼業で選書を行う
本と植物と廃材の家具が混然一体となった不思議な空間ですね。石川歩さんはいつからROUTE BOOKSの選書を担当されているのですか?
石川歩(以下、石川) 2017年に、ゆくい堂の丸野社長に依頼されてROUTE BOOKSの選書をするようになりました。とは言っても、私はライター・編集者との兼業なので、店には週に1、2回通う程度です。「書店員とは何か」など知らないまま、気がつけば6年がたちました。
接客担当やコーヒーを淹れる人は別にいらっしゃって、私は本を仕入れて、棚の中身を回転させるのが役目です。ゆくい堂には本業である工務店の仕事に携わっている職人さんや設計士、観葉植物を手入れし販売する人、パンを作り販売する人など、約20名のスタッフがいるそうです。

どのように本を選んで、仕入れているのですか。
石川 ROUTE BOOKSは大手取次と取引をしていませんので、発売前に新刊を注文することができません。そこでホワイエや八木書店など、1冊取引が可能な取次を通して、発売後注文します。どうしても置きたいけれど大手取次を通さなければならない本については、千駄木の往来堂書店に代行してもらい、取りに行っています。
どういう本を選ぶかは、基本的に私に任されています。「版元ドットコム」の「明日発売の本」などを定期的にチェックして、取り寄せ可能な時期になったら注文したり、出版社に直接依頼したりしています。ライターの仕事をする中で発想したり、さまざまなニュースを見て思い付いた本を仕入れたりすることもあります。
自宅のパソコンには店のシステムが入っていまして、日々どの本がどれだけ売れたかが分かるようになっています。私の人件費が賄えて、損益がトントンになるように仕入れをしています。
ここのお客さんは、犬の散歩ついでに寄る近所の人、パンを買いに来る人、カレーを食べに来る人、好きなミュージシャンのライブや陶芸教室に来る人、本を目的にいらっしゃる人などさまざまです。客層は絞れませんが、私は「お客さんがここで本を買うことの意味」を考えます。例えば、ロシアとウクライナとの戦争が起きたら、戦争を考えるための本も置きますが、同時にロシアやウクライナの料理の本も置いたりします。
お店の中を案内していただけますか?
石川 最近は観光客の方が多くなっているので、入り口の扉の隣には東京に関する本を並べています。その横は最近出た新刊や当店のロングセラーです。中でも 『幸福論』(アラン著/村井章子訳/日経BP) は人気。岩波文庫版に比べて翻訳が読みやすいのがいいんだと思います。

こちらにあるのは 『tattva』 と 『WORKSIGHT』 という雑誌スタイルの本です。どちらもビジネス色が強く、会社員の方がよく買っていかれます。『tattva』はメディア美学者の武邑光裕さんなど、そうそうたるメンバーが寄稿しています。『WORKSIGHT』はコクヨのワークスタイル研究所が発行、ゾンビを通して現代社会を考える特集をするなど、なかなか面白いです。

この 『新百姓』 はおぼけんさんが始めた雑誌の第1号。ROUTE BOOKSに置く雑誌を作るならこういう内容になるだろうと構想して作ったそうで、どうすれば今の社会システムから脱し、創造的に生きられるかを考えていくチャレンジな雑誌です。

ずっと欠かさず置いている本
『さよならのあとで』(詩 ヘンリー・スコット・ホランド/絵 高橋和枝/夏葉社) は、私が選書を始めた当初から、在庫を切らさないようにずっと店頭に置いている本です。私は母を亡くして、何年たってもつらかったのですが、この本を読んで少し救われました。同じような思いをされている方にプレゼントするといいと思います。版元の夏葉社は本書を出したくて創業したそうです(筆者注:この経緯は『あしたから出版社』[島田潤一郎著/ちくま文庫]に綴られている)。


選書の醍醐味
『まとまらない言葉を生きる』(荒井裕樹著/柏書房) は障害者と文学を研究している荒井裕樹さんが書いた本です。多くの健常者は障害者に対して無関心だと思いますが、ひとたび事故に遭えば、だれもが障害者になる可能性があります。すぐそこにある現実なのに、私たちは知らんぷりをしている。障害者の多くは施設に入っていて、街に出てこないから見えにくい。本書にはそうした違和感が書かれています。こうした本が定期的に売れていくので、選書の仕事は楽しいです。


料理の本がずいぶんありますね
石川 私は料理の本が好きなので、読んだ本や読みたかった本を置いています。ずっと売れているのが 『ちびちび ごくごく お酒のはなし』(伊藤まさこ著/PHP文庫) 。松本在住の著者がお酒に合う料理のレシピをエッセー風に紹介しています。私はこの中にあるバナシェ(ビールとレモネードのカクテル)をよく作ります。


影響を受けた本屋さん、好きな本屋さん、行ってみたい本屋さんはありますか?
往来堂書店はROUTE BOOKSが開業時からお世話になっているので、残り香があるかもしれません。都内なら渋谷のSPBS本店、京都に行けば誠光社によく寄ります。またSNSを見ていて気になるのは、広島県尾道市にある 「本と音楽 紙片」 で、いつか行ってみたいです。
書店を始めたのは「なんとなく」
ここまで石川さんに案内していただいたところで、ROUTE BOOKSを経営するゆくい堂社長の丸野信次郎さんがいらっしゃった。
どのような経緯でROUTE BOOKSを始められたのですか?
丸野信次郎さん(以下、丸野) うちは工務店なので、作業のできる広い場所を探していました。たまたまこの向かいにある元メッキ工場の建物が10年間放置されている状態なのを知りました。運送業にも向いている大きな空間でしたが、接している道路が狭くて使いにくかったみたいです。
2015年12月、向かいの建物を借り、その4階で書店を始めました。1年たったところで、こちらの建物を壊して駐車場にするという話を聞き、ちょっと待ってほしいと。それで、この建物も借りることにして書店を移転しました。
当初、書店をやりたいという強い気持ちはなく、“なんとなく”始めました。あえて言えば、書店を事業の中核に据えれば、いろいろな展開ができるのではと考えたのです。でも当時、そのようなビジネスモデルはどこにもなかったので、実験のつもりでした。
最初の頃はお客さんがゼロという日もありました。でもぽつぽつと集まるようになった方々は発信力があるようで、「面白そうな本屋がある」「あそこは一日中いても怒られないみたいだよ」と口コミで広がっていきました。

本屋はもうかるものではないことは最初から分かっていましたので、赤字にならなければいいというつもりで始めました。本業の工務店、スタジオの貸し出し、イベント利用、パン屋、陶芸教室など、さまざまな事業を組み合わせて維持できるようにしています。
本の数は2000~3000冊ぐらいから始め、今は5000冊を超えているかと思います。選書は石川さんにお任せで、ほとんど「石川さんの本棚」みたいになっていますが、石川さんにお願いしているのは、「うちっぽいものをそろえてほしい」ということです。
産地直送の理念
「うちっぽいもの」とは具体的にどういうことですか?
丸野 ゆくい堂の経営理念は「産地直送」です。以前の建築業界は中抜きが当たり前で、うちのような工務店は下請けの立場でした。それがインターネットの発達によって、次第にお客さんから直接仕事をもらえるようになってきました。2008年のリーマンショック以降は、流通の関与がなるべく少ない分野をやっていくことが会社の理念になりました。例えば、植物を購入する際も、うちは問屋を通さず、農家からじかに仕入れています。
ですからROUTE BOOKSも、出版社との直接取引や著者自身から持ち込まれた本を数多く置いています。もちろん100%ではなく、大手取次を経由する本もありますが、駅前の書店のように新刊のベストセラーをたくさん置いたりはしません。普通の書店では店の奥のほうに置いてある本が、うちでは一番目立つところにあるかもしれませんね。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
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