中国との貿易拡大は米国経済全体に利益をもたらした。それなのに、なぜ自由貿易への反発が強まったのか。安価な輸入品は消費者や企業に恩恵をもたらす一方、特定の地域や労働者には雇用喪失や所得低下という損失をもたらした。その影響は長く続き、補償や調整支援も十分ではなかった。こうした経験は、米国の政治的分断とどう結びついたのか。日本・欧州との比較も交え、自由貿易が社会的支持を保つための条件を考える。『経済安全保障の経済学 管理された相互依存のための科学』(廣光俊昭著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
自由貿易への反発はなぜ強まったのか?
中国からの安価な輸入品は消費者の負担を軽くし、輸入部品を使う企業の生産活動も支えてきた。それでも、すべての地域や労働者が利益を得たわけではない。ある産業向けの設備や技能は、すぐには別の産業で使えず、雇用関係も短期間では組み替えられない。そのため、輸入競争の損失は特定の地域や産業に集中しやすい。経済学の「特定要素モデル」は、こうした調整の難しさを捉える。
自由貿易の利益が社会的に持続するためには、分配上の調整が不可欠である。「チャイナ・ショック」が明らかにした第1のことは、自由貿易の利益が存在しないことではなく、その利益と損失が均等には分配されず、調整の失敗が政治的不満へと転化することであった。
チャイナ・ショックとは、1990年代以降、特に2001年の中国の世界貿易機構(WTO)加盟後に、中国からの輸入が急増し、先進国の製造業労働市場に大きな調整圧力を加えた現象を指す。標準的な貿易理論から見れば、中国の台頭は安価な財を供給するもので、厚生(編集注:経済的な豊かさや満足度)を高める出来事であった。しかし、実際の効果は均一ではなかった。米国では、中国からの輸入競争にさらされた地域で、失業率の上昇、労働参加率の低下、賃金の低下が観察された(※1)。
マサチューセッツ工科大学(MIT)のデイヴィッド・オーターらは、地域労働市場を単位とする分析を通じ、産業構成の違いによって中国からの輸入競争にさらされる程度が異なることを利用し、輸入競争に強くさらされた地域ほど雇用と賃金への負の影響が大きかったことを示した(Autor et al., 2013)。
国全体の利益になっても地域の損失は埋まらない
しかも、その影響は短期的な摩擦にとどまらなかった。中国からの輸入ショックは2010年前後に峠を越えたにもかかわらず、輸入競争に強くさらされた地域では、2019年時点でも製造業雇用、就業率、1人当たり所得への負の影響が残っていた(Autor et al., 2021)。特定要素モデルが想定する短期の摩擦は、現実には地域経済と労働者のキャリアに長く刻み込まれたのである。
注意したいことは、こうした損失に対して再分配や調整政策が十分に機能していなかったことである。米国には貿易調整支援(Trade Adjustment Assistance)などの制度は存在したが、その対象や規模は限られ、輸入競争による雇用喪失や所得減少の負担を十分に軽減するには至らなかった。
一般的な失業保険や所得再分配も相対的に薄く、地域単位での再生を支える政策は限定的であった。このため、調整の負担は地域と労働者に残存し、経済的ショックが社会的・政治的な不満へと転化する構造が生まれた。
他方、経済全体を見渡す一般均衡モデル(編集注:複数の市場のつながりを考慮し、経済全体への影響を捉えるモデル)に基づく分析はチャイナ・ショックの異なる像を示す。その分析は、輸入競争による局地的損失を認めつつも、中国との貿易が安価な輸入や資源再配分を通じて米国経済全体の厚生を高めたことを明らかにしている(Caliendo et al., 2019)。輸入は競争圧力としてだけでなく、中間財の供給を通じて下流産業の雇用を支える側面も持っていた(Wang et al., 2018)。
「国全体には利益がある」ことと、「特定の地域では損失が長く続く」ことは矛盾しない。異なる研究は、その両面を明らかにしているのである。
米国のチャイナ・ショックから得られる教訓は明確である。自由貿易の利益は実在する。しかし、国全体の利益が、損失を被った地域や労働者の負担を自動的に埋め合わせるわけではない。とりわけ短期には、特定の地域・産業に損失が集中し、それは長期化する可能性がある。自由貿易を擁護する経済学では、貿易による利益が損失を上回れば、利益を得た人々から損失を被った人々への補償が可能だと考えてきた。しかし、補償が可能なことと、実際に行われることは別である。補償や調整支援が十分に機能しなければ、自由貿易は社会的な合意を失う。
この分配問題は実際にも政治問題へと転化した(Autor et al., 2020)。輸入競争にさらされた地域では、政治的分極化が進み、中道的な代表が退場する傾向が観察された。もともと白人の多い地域では、排外主義的な候補が選出され、マイノリティーが多かった地域では、プログレッシブ(進歩的)な候補が選出される傾向が強まった。
経済的ショックが、所得や雇用だけでなく、地域の不満や制度への不信を通じて、政治を変えたのである。チャイナ・ショックは、自由貿易の理論を否定したのではない。むしろ、自由貿易が社会的支持を保つための分配条件が満たされなかったとき、何が起きるかを示したのである。
欧州と日本ではなぜ影響の現れ方が違ったのか?
チャイナ・ショックから得られる2番目の教訓は、同じ輸入ショックであっても、その経済的・政治的帰結が各国で異なることである。ショックそのものよりも、ショックをどこで吸収し、どのように調整するのかを見る必要がある。米国では損失が地域労働市場に集中し、政治的対立へとつながった。他方、欧州や日本では、企業、供給網、労働市場制度を通じて、異なる形で調整が行われた。
欧州では、中国との貿易は単純な競争圧力としてだけではなく、生産性向上の契機としても作用した。フランス企業を対象とする研究では、中国製品との競争が売上・雇用・イノベーションに負の影響を与える一方、中国からの中間財供給は、これらに正の影響を与えたことが示されている(Aghion et al., 2024)。また、中国との競争は、生産性の低い企業には退出圧力を与える一方、存続企業には研究開発、IT投資、特許取得を促すことで、技術の高度化を後押しした(Bloom et al., 2016)。
つまり、欧州でのチャイナ・ショックは地域や産業の一方的な衰退としてだけではなく、企業間の再配分と技術革新を通じた生産性向上としても現れたのである。
日本の経験も、米国と重要な点で異なる。その違いは、再分配の多寡というよりも、調整がどこで行われるかにある(遠藤, 2023)。
米国では、輸入ショックの負担が地域労働市場に集中し、特定の産業や地域で雇用喪失と所得低下として現れた。他方、日本では、輸入競争の影響は企業内部や供給網の中で吸収される傾向が強かった。中間財輸入やオフショアリング(海外移転)は、生産性向上やコスト削減を通じて企業活動を維持し、その調整は解雇よりも、労働時間や賃金、企業間取引の見直しとして現れた。その結果、日本では輸入ショックの負の影響が米国のような地域の崩壊として顕在化しにくく、摩擦はより分散された形で吸収されたのである。
欧州や日本との比較から得られる教訓は、輸入ショックをどの制度が、どこで吸収するのかが重要だということである。米国では損失が地域労働市場に集中し、政治的対立へとつながった。他方、欧州では企業間の再配分や技術の高度化、日本では企業内部や供給網を通じた調整によって、摩擦はより分散された形で吸収された(※2)。
※1 近年の研究は、チャイナ・ショック以前の北米自由貿易協定(NAFTA)段階ですでに、自由化による地域的雇用喪失と政治的反動が始まっていたことを示している。Choi et al.(2024)は、メキシコとの輸入競争に脆弱だった地域ほど1990年代後半以降に雇用が悪化し、民主党支持が低下したことを示している。
※2 もっとも、摩擦が顕在化しにくいことは、摩擦が存在しないことを意味しない。欧州では技能需要の変化や企業間格差、日本では企業内調整や賃金抑制という形で、別の形の分配問題が残る。
- Aghion, P., A. Bergeaud, M. Lequien, M. J. Melitz and T. Zuber (2024) Opposing Firm-Level Responses to the China Shock: Output Competition versus Input Supply. American Economic Journal: Economic Policy, 16 (2), 249-269.
- Autor, D. H., D. Dorn and G. H. Hanson (2013) The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States. American Economic Review, 103 (6), 2121-2168.
- Autor, D. H., D. Dorn, G. H. Hanson and K. Majlesi (2020) Importing Political Polarization? The Electoral Consequences of Rising Trade Exposure. American Economic Review, 110 (10), 3139-3183.
- Autor, D. H., D. Dorn and G. H. Hanson (2021) On the Persistence of the China Shock. Brookings Papers on Economic Activity, Fall, 381-447.
- Bloom, N., M. Draca and J. Van Reenen (2016) Trade Induced Technical Change? The Impact of Chinese Imports on Innovation, IT and Productivity. The Review of Economic Studies, 83 (1), 87-117.
- Caliendo, L., M. Dvorkin and F. Parro (2019) Trade and Labor Market Dynamics: General Equilibrium Analysis of the China Trade Shock. Econometrica, 87 (3), 741-835.
- Choi, J., I. Kuziemko, E. Washington and G. Wright (2024) Local Economic and Political Effects of Trade Deals: Evidence from NAFTA. American Economic Review, 114 (6), 1540-1575.
- Wang, Z., S.-J. Wei, X. Yu and K. Zhu (2018) Re-examining the Effects of Trading with China on Local Labor Markets: A Supply Chain Perspective. NBER Working Paper, No. 24886.
- 遠藤正寛(2023)『輸入ショックの経済学―インクルーシブな貿易に向けて』慶應義塾大学出版会.
自由貿易の利益とその限界を出発点に、関税、中国の産業競争力、輸出管理・金融制裁、産業政策を共通の分析枠組みで捉える。政策の効果だけでなく、その費用と負担の分配、相手国の反応まで視野に入れ、危機時にも選択肢を失わない「管理された相互依存」のための判断軸を示す。
廣光俊昭著/日本経済新聞出版/3520円(税込み)

