北海道札幌市と旭川市の間にある人口1万5000人の街、砂川市のいわた書店は、1万円分の本を選ぶサービス「一万円選書」で有名な本屋さんだ。当初は鳴かず飛ばずだったが、2014年に某深夜テレビ番組に取り上げられて以降人気が沸騰、これまでに約2万人が選書を体験した。同書店のやり方をまねたサービスは、全国の他の書店にも広がっているが、これだけの規模感で展開する所は少ない。社長の岩田徹さんに話を伺った。
2014年にブレーク
いわた書店社長の岩田徹さんは2018年にNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも登場、「一万円選書」は全国的に有名になりました。でも、スタートした当初はほとんど反応がなかったそうですね。
岩田徹さん(以下、岩田) 「一万円選書」は2007年に始めて、いくつかのメディアでも取り上げられたのですが、一時的に申し込みが来ても、すぐ止まってしまうことの繰り返しでした。ところが、2014年に日曜深夜のテレビ番組で紹介されると、SNSの検索急上昇ワードに「いわた書店」「一万円選書」が出て、申し込みが殺到するようになりました。地上波キー局すべてから取材が来ました。日曜深夜、スマホを片手にテレビを見ている若い世代がSNSで拡散してくれたのですね。
「一万円選書」のプロセスを教えてください。
岩田 抽選に当たった方には選書カルテの用紙を送ります。カルテには、年齢や家族構成、お仕事などの項目のほかに、これまで読んで印象に残っている本20冊、気になるニュース、よく読む雑誌、これまでの人生でうれしかった事、苦しかった事、何歳の時の自分が好きか、いちばんしたいことは何か、あなたにとって幸福とは何か等々、のアンケートがあり、その方が求めている本の手がかりにします。
お客様は自分自身とじっくり向き合いながら、このカルテを書き上げます。普通の人は受験でも就職でも、ここまで自らを振り返る機会はあまりないのではと思います。それ自体が新鮮な体験でしょう。
カルテが届いたら私はそれを基に選書をしていきます。選書には1人30分から1時間ぐらいかかります。一度本を選んだ後、この本はあの人にも合いそうだなと気づいて入れ替えたりもします。その作業を本の注文をしながらやりますので、1日に5人がいいところ。それ以上やると精神的にヘロヘロになります。
お客様とのメールのやり取りから、抽選、本の梱包、発送作業まで2人のスタッフにやってもらっています。お客様にとっては、当選通知が届いてカルテを書く。選書リストが決まる。そしてずっと待ちわびていた状態で、ようやく本が届くことになります。時折ものすごい力作の感想を書いてこられる方もいて、SNSで紹介すると、出版社や著者に喜んでもらえます。
申し込みが殺到するようになって、1年に数日のみの受け付けにしていましたが、抽選をするのも大変な作業。また、いつも申し込みタイミングを逃してしまうとの声が多かったため、来年から常時受付を始めます(お申し込み殺到の場合、一時ストップするかもしれません)。
申込者の7割以上は女性
選書を申し込む方はどのようなお客様が多いですか?
岩田 若い人が多くて、7割以上は女性です。典型的なお客様は、社会に出てしばらくたち、仕事が忙しくなってきているような人。コアの年齢層は30代半ばぐらいでしょうか。70代の私からみれば、子供や孫のような世代です。皆さん個人的な悩みを訴えてこられますが、私が悪いことはしなさそうに見える、田舎の本屋のおやじだからか、本音を明かしたくなるんでしょうね。
10年の間に申し込まれる方の変化はありましたか?
岩田 カルテを読んでいると、だんだんと社会がきつくなっている気がします。大親友だった作家の佐藤泰志(1990年に41歳で自死)は、バブル景気に皆浮かれているけれど、とんでもない世の中だ、と嘆いていたのを思い出します。実際、そんな感じになってきているのかもしれません。
東京・港区に住む高給取りのワーキングウーマンが、寒々とした心の内を訴えてきます。子どもの時に通り魔事件に巻き込まれ、今も後遺症に苦しんでいる人、明日からホスピスに入るので、本を選んでほしいという高齢者からの応募もありました。もっとも、私はカウンセラーではないので、悩みに答えることはできません。私にできるのは、お客様に寄り添って、ヒントになりそうな本を紹介することだけです。
1万円分の選書の内訳はどんな感じになるのですか?
岩田 文庫本を7、8冊、単行本を2、3冊で合計10冊か11冊となります。うち1冊は、多くの方はあまり自分で買わないであろう詩集や歌集を入れたりします。選書カルテに書かれている「印象に残っている本20冊」は、大抵ベストセラーランキングに入るような有名な本ばかり。ですから、それとは違う知る人ぞ知る本を選んであげると、感激してもらえます。
いくつか選書対象の本を紹介していただけますか?
岩田 この『虹いろ図書館のへびおとこ』(櫻井とりお著/河出文庫)は、たまたま見つけて面白かったので、選書に入れています。第1回氷室冴子青春文学賞大賞受賞作で、いじめにあって学校に行けなくなった女の子が、図書館にいるへびおとこと呼ばれる司書に出会う話です。
当店を中心に北海道の書店が大量に売ったので、シリーズ化され、文庫にもなりました。この物語には本がたくさん登場し、巻末にリストがついています。それらの本も選書の対象にしているので、また売れていきます。
本書からインスパイアを受けて開発したオリジナルグッズ「本を読むときのハンドクリーム」というものを製作しました。パッケージには、著者の櫻井先生に書き下ろしていただいた、ここでしか読めない『虹いろ図書館』の物語が載っています。
この『へろへろ 雑誌「ヨレヨレ」と「宅老所よりあい」の人々』(鹿子裕文著/ちくま文庫)は、店に並んでいるだけなら、とても売れる本には見えないでしょう。でも選書に入れているため、これまでに6169冊が売れ、重版がかかりました。またこの『カーテンコール!』(加納朋子著/新潮文庫)という小説も、選書を中心に5900冊売れ、ロングセラーになっています。
この『パリのすてきなおじさん』(金井真紀 文と絵/柏書房)も3300冊が売れました。この本は誰にでもお薦めできるのですが、とくにフランスやパリが好きな人、移民に関心がある人に紹介しています。パリで暮らす元ボートピープルの移民が「人生で大切にしたいことは何ですか」と聞かれ、「今この時を味わうこと」と語ります。この一文だけでも読む価値があると思います。
「夢グループ」や「ジャパネットたかた」に似ている
出版社や著者から見れば、大変ありがたい書店ですね。
岩田 私は選書を通じてお客様に近い所にいるので、売り方を知っているんですね。よく似ているのは、通販の「夢グループ」や「ジャパネットたかた」のような売り方だと思います。
うちが扱えば本が売れると見て、いろいろな出版社からプルーフ(新刊が刊行される前に作成する見本)が送られてきますよ。
砂川の街は人口減少が深刻そうですね。今はどんな様子ですか?
岩田 近隣には歌志内炭鉱と上砂川炭鉱があり、砂川駅から線路が分かれてつながっていました。砂川は東洋高圧工業(現北海道三井化学)の企業城下町でした。ピーク時の砂川の人口は5万人ぐらい、周辺の街の人口もそれぞれ5万人ぐらいありましたから、以前の砂川の飲み屋街は盛り上がっていましたね。
現在の砂川市の人口は1万5000人まで減ってしまい、今は人っ子一人歩いていないことが多い。こうなると、ナショナルチェーンのお店も進出しにくくなります。代わりに地元の人が始めた個人経営の定食屋さん、パン屋さん、おむすび屋さんなどができています。
いいお客様しかいません
「一万円選書」はいつまで続きますか?
岩田 あと10年ぐらいやって、店を閉めてしまうか、違う格好でやるかもしれませんね。選書自体は誰にでもできることなので、皆さんまねしてくださいと言っています。当店のような規模感でやっている所は少なく、土日だけやっている人、商売というより趣味でやっている人が多いかと思います。
私は時折、全国の図書館に呼ばれて講演もします。図書館でも選書をどんどんやったらいいと話しています。例えば「いじめられている君が読む本」とか。実際、コーナーを作り始めている所も出ているようです。
うちにいらっしゃるお客様はいい人ばかりです。以前高校受験に失敗したあと、うちに来て留学についての雑誌を買っていった青年がいます。「留学したい」が口癖でした。その後医学部に進学して、今はアメリカで医師をしています。彼は、「僕の目標はおじさん。砂川で2番目にNHKの『プロフェッショナル』に出演すること」と言っています。本を通じてこうした奇跡のような出会いがあるのが、本屋の醍醐味だと思います。
最後に、砂川のお薦めスポットはありますか?
岩田 私は出版社の方が訪れたら、近くの中央市場内にある鮮魚店が始めた海鮮丼の店「カネイ池内」をお薦めしています。うまかったと評判は上々です。
取材・文/桜井保幸 写真/渡辺肇之
参考サイト 一万円選書 | iwatasyoten【フォトギャラリー】




















