東京・杉並区の井の頭線浜田山駅前にある「サンブックス浜田山」は、1983年創業の本屋さん。店長の木村晃さんは高校生の時から店を手伝い始め、今年で35年になる。創業当時、浜田山には数軒の書店があったが、最後に開業した同店が、今では唯一の新刊書店となった。一見すると、雑誌や漫画、参考書や実用書が並ぶ昔ながらの本屋さん。しかし、店内をじっくり見ていくと、人文書を中心に選び抜かれた棚が続いていることが分かる。年に3、4回行われ、20年以上続いている「出版社別フェア」も好評。実は本好き、本屋好きには結構有名な書店なのである。木村店長にお話を伺った。
高校生の時から店を手伝う
東京都書店商業組合が作成している当店の紹介動画を視聴しました。木村さんは高校生の時からお店を手伝い始めたそうですね。
木村晃さん(以下、木村) 働き始めて今年で35年になります。この場所は向かいにある鮮魚店の店舗があった所です。いっときは駐車場になっていましたが、私の叔父である社長(安藤弘さん)が1983年に開業しました。私は高校1年からアルバイトをし、高校卒業後に就職、28歳で店長になりました
今では貴重な存在になりつつある駅前書店ですね。雑誌がたくさんあって、実用書、参考書、文庫、単行本…。今の季節は家計簿、カレンダー、手帳がすいぶんあります。
木村 町の本屋というのは、どこもこんな感じだったと思います。とにかく幅広く、オールジャンルのものを扱っています。これでも雑誌のスペースはずいぶん減りました。昔は雑誌を目的に来店されるお客さんが大勢いて、夕刻になると駅に電車が着くたび会社帰りの人が入って来ました。今はまったくです。それでも当店は立地が良く、浜田山の商店街もそこそこ元気なので、なんとかやっていけます。
棚をよく見ていくと、人文書、歴史書、学術文庫、新書、文芸など、読書好きの人が喜びそうな本がたくさん並んでいます。このかいわいは作家や大学関係のお客さんも多いのではないですか。
木村 作家だと近所には松本清張さん、団鬼六さんが住んでいました。清張の家は今もあります。現役の方だと、阿刀田高さん、川本三郎さんなど。フランス文学者の野崎歓さんは、面識はないのですが、某雑誌で当店を褒めてくださったことがあります。大学の先生らしきお客さんも多いですが、声をかけているわけではないのでよく分かりません。お客さんの要望で本をそろえていくうちに、だんだん人文書が多くなっていきました。
取次はどこですか?
木村 トーハンです。人文書については、筑摩書房などの大手を除くと、見計らい配本では入ってこないので、1点ごとに注文しなくてはなりません。私は毎週金曜日に「神田村」(神田エリアにある中小取次会社)に出掛けていって、トーハン経由では入りにくい本を仕入れています。お客さんからの注文本が届くのに時間がかかりそうな時には、神田村で直接本を買ってくることもあります。もっともこれは東京や東京近郊の書店しかできないことですね。
ドナルド・キーンも来店
ドナルド・キーンさんの本がよく売れるので、ドナルド・キーンのコーナーを作っていたら、ご本人が立ち寄られたとのことですね。
木村 そうなんです。突然いらっしゃったのでびっくりしました。お客さんの中にキーンさんの番組を担当したテレビプロデューサーの方がいまして、キーンさんは時々その方の家を訪れていたそうです。キーンさんはうちみたいな小さな店がコーナーを作っていると知って、大変喜んでおられました。
20年以上続く出版社別フェア
出版社別のフェアを長年催していますね。以前お店に寄った時は、慶應義塾大学出版会のフェアをやっていました。こんなに小さい書店が学術書のフェアをやっているのかと驚きました。
木村 出版社別のフェアは2000年ごろから始めました。1カ月半から2カ月ぐらいの期間で、年に3、4社ほどやっています。版元はみすず書房、平凡社、岩波書店、青土社、作品社など、覚えきれないほどやりました。中小出版社やレーベルだと全点フェアが多いです。例えば、みすず書房であれば300点ぐらいでやります。
1冊ずつの棚差しを中心にして、売れたら補充注文をしていきます。フェアは結構長い期間行いますので、ボリューム感が出ますし、お客さんを飽きさせません。
この手のフェアはどれくらい売れたら成功なのですか?
木村 目標としては半分、3分の1売れたらまあまあかな。これまで手応えがあったのは晶文社の品切れ本フェアです。8割が売れました。また、ちくま学芸文庫のフェアも好評でした。補充に次ぐ補充で、その時は、うちは日本一ちくま学芸文庫を売っている店なんじゃないかと思ったくらいです。でも、私が勝手にやっているフェアなので、筑摩の営業が訪ねて来ることもありませんでしたが。
こちらは求龍堂という芸術書出版社のフェアです。同社の社長の親族が近所に住んでいて、依頼があったのがきっかけです。2カ月強で100冊近く売れました。
医学書院の「シリーズ ケアをひらく」のフェアも好評です。このシリーズは新刊が出るたび話題になり、その後人気の著者になっていく方も多いです。
雑誌もかなりありますね。有名な雑誌だけでなく、『写真批評』『フリースタイル』など、なかなかマニアックな雑誌もあります。
木村 当店の売れ筋雑誌は『ku:nel(クウネル)』(マガジンハウス)、『暮しの手帖』(暮しの手帖社)あたりなのですが、大阪の出版社が出している『IN/SECTS』、独立系書店でよく見かける『SPECTATOR』なんかも置いています。当店のお客さんでも1人ぐらい買ってくださる方がいるんじゃないかと思いまして。あと、この店なら置いてくれるかもと、個人出版物を持ち込まれる方もいます。実際いくつか扱っています。
うちは独立系書店にいそうな本好きのお客さんと、必ずしもそうではないお客さんが両方来ます。『世界』(岩波書店)元編集長の熊谷伸一郎さんが立ち上げた『地平』(地平社)がよく売れる一方で、『月刊Hanada』や『Will』を買うお客さんもいます。いろいろなお客さんがやって来るところが、町の書店の良さだと思います。
本は頻繁に入れ替える
「しょっちゅう変わる棚」とか「売れてほしい本と新刊」など、棚の説明がとてもユニークです。
木村 棚の新鮮味を保つために、本を始終入れ替えています。うちは毎日来店されるお客さんも多いので、どんどん変えていかないと飽きられてしまいます。このように棚に書いておけば、どんな本でも並べられます。
本というのは、置き方をちょっと変えるだけで売れ方がまったく違います。フェアの本もしょっちゅう動かします。これは本屋をやる面白さでもあります。
だから、たまによその本屋に立ち寄って、ほこりまみれの本や日焼けした本を見つけると、悲しくなります。まったく動いていないのが明らかなので。
この「可哀想な本たち」とは何でしょうか?
木村 倒産や廃業、絶版などで世に出る機会を失った本、いわゆるバーゲンブックのコーナーです。半額で売っていて、この棚が店で一番動きます。たまに河出書房新社が品切れ本を放出してくることがあるのですが、その時は書店同士で取り合いになるくらい人気になります。
木村 この冊子は戦争中、浜田山に疎開していた歌人・翻訳家の片山廣子が、当時のことを書いたエッセーです。100冊以上売れました。 田畑書店が出しているポケットアンソロジーで、著作権の切れた青空文庫にある作品を冊子にしています。冊子を集めて特製のバインダーにとじれば、その人だけのアンソロジーができる趣向です。
店で特に売れている本はどれですか?
木村 うちは人文書以外では文芸の古典、名作系がよく売れます。司馬遼太郎、松本清張、有吉佐和子、向田邦子など。新刊では『資本主義の中で生きるということ』(岩井克人著/筑摩書房)が好調。老若男女のお客さんにずっと売れ続けているのが、『成瀬は天下を取りにいく』と続編の『成瀬は信じた道をいく』(いずれも宮島未奈著/新潮社)です。
『成瀬』の読者は若い人だけではないんですね。
木村 そうなんですよ。先日、年配の女性の方が「野球の本ない?」と尋ねて来られたのですが、どうも分からず、よくよく聞いてみたら『成瀬』でした(笑)。
行ってみたい書店、影響を受けた書店はありますか?
木村 ときわ書房志津ステーションビル店の店長、日野剛広さん (関連記事:ときわ書房志津ステーションビル店 なぜ本屋か、自らに問う) に一度お目にかかったことがあるのですが、店はまだ未訪問なので行ってみたいです。また、影響を受けたというか、いつも気になるのは、神保町の東京堂書店ですね。神田村へ仕入れに行って、時間がある時は立ち寄っています。1階のいわゆる「軍艦」(平台)を見ると、うらやましくなります。「この本はなかったな。うちでも入れなきゃ」と、近くの取次で注文することもありますね。
来年に向けて、やっていきたいことはありますか?
木村 出版社フェアは来年もやることになると思いますが、約束していてまだ実現していないものもあるので、次はこれですとは言いにくいです。また、いずれは出版社対決フェアみたいなこともやってみたいと思っています。
取材・文/桜井保幸 写真/稲垣純也
参考サイト わが街のサンブックス浜田山 東京の本屋さん ~街に本屋があるということ~ 【杉並区浜田山・サンブックス浜田山】「お客さんを楽しませたい」遊び心のある独自の棚は必見【フォトギャラリー】





















