小説家はどのようにして本を選び、読んでいるのか。小説家、経営者、AI研究者である山田尚史さんと、同じく小説家でありAIエンジニア、起業家としても活躍し、2024年の東京都知事選挙で注目を集めた安野貴博さんは、かつてともに同じ東京大学・松尾豊研究室でAIを学んだ仲。それぞれの著書『きみに冷笑は似合わない。 SNSの荒波を乗り越え、AI時代を生きるコツ』(日本経済新聞出版)と『 1%の革命 ビジネス・暮らし・民主主義をアップデートする未来戦略 』(文藝春秋)の発売を記念して対談しました。YouTubeチャンネル「【生成AI】安野貴博の自由研究チャンネル【SF作家】」の番組を再構成して3回にわたりお届けする最終回。

ルールをハックするエンジニアは優秀
安野貴博さん(以下、安野) 今の世の中、情報エコシステム全体がアテンション(注目)をいろいろ発してきますが、そのときに個人として何ができると思いますか。
山田尚史さん(以下、山田) 難しいのですが、やはりうまく付き合うしかないと思います。人間の生理的な本能に根ざしているところがあるので、全部を避けることは基本的にできないし、気をつけてなんとかなるわけでもない。なので、環境を変えること、自分をアテンションに流され続ける環境に身を置かないよう、一歩前の行動をすることが大事かなと。例えば、スマホにもスクリーンタイムを制限する機能があります。そういったテクノロジーの力を借りてうまく付き合っていくのがベターかなと思います。
安野 iPhoneの画面を白黒にする機能ありますよ。白黒にするとアテンションを引きたがる原色のものがあまり魅力的に感じないようになって、それだけでスクリーンタイムが減るらしいです。使ってみるといいと思います。
山田 すごくいいですね。今日から早速使ってみます。
安野 こういうハックが結構好きなんですよ。

山田 安野さんのハックは利己的ではないところがいいと思います。エンジニアって基本的にハックが好きで、ルールをハックしていかにフリーランチを食べ続けるかみたいなことをすぐしますよね。でも安野さんのハックには、自分の人生や世の中が面白い方向に向かって行こうとするかどうかというのが軸として1本強くある。くだらないことはしなくて、前向きなハックなんです。
安野 いかにフリーランチを探すか、それはそれですごく大事な能力だと思います。ソフトウエアエンジニアが、セキュリティーにこの機能を作るとこう悪用できる、この規則を作るとこう悪用できるみたいに考えるのは、仕事の一つでもあるんですよね。
僕が小説を書き始めたきっかけにも近いのですが、妄想をパッケージできるという意味で小説はすごくいいと考えています。自動運転車が普及した中で、僕だったらこういうふうに悪用できるなということを考えて、それを本当にやるのはダメですが、小説の形で解決策とセットでパッケージにするのは社会的にもプラスだと思っています。
山田 すごくいいことだと思います。
安野 ただ、ハッカー的な思考自体が社会悪なんじゃないかって、時々めっちゃたたかれることはあります。
山田 言われてみれば、ルールをハックしようとする人に限って、エンジニアとしても極めて優秀なことが多い。業務において、ソフトウエアの不具合や例外を探す力と関連があるんでしょうね。そう考えると、ルールのハックを止めるのではなく、ハックされても大丈夫な社会をつくっていくことで回っていけばいいなと思います。
小説家の本の選び方
安野 『きみに冷笑は似合わない。』を読んでいて思ったのですが、山田さんはライフハック的なものを、いろいろなところから広く吸収されていますよね。日頃から本もたくさん読まれてると思いますが、どのように情報収集をしていますか。
山田 基本的には皆が読む本を読みたいと思っています。書店で平積みになっているものとかAmazonのランキングで上の方とか。やはりそういう本には有用なことが書かれてあることも多いです。あとは日本のみならず海外でベストセラーになってる本には、新しい考えが入っていることが多いので、とりあえず知りに行く、読みに行く動きはするようにしてます。
安野 『きみに冷笑は似合わない。』の中には「タイパにとらわれない」とありましたが、実際この1冊の中には20冊分くらいの考え方が紹介されているので、タイパが最適化されました(笑)。
山田 ただ、本の中身にフリーライドするのも良くないと思っているので、読者の皆さんにこれだけ読んで分かったようには思ってほしくないんです。これをきっかけに、紹介されている本そのものを読んでもらえるとうれしいです。
安野さんはどういう基準で本を読まれますか。そういえば、安野さんはKindleの中身を絶対に見せてくれなかったことがありましたね。
安野 自分の本棚を見られるの、嫌じゃないですか? そうでもないですか?
山田 僕はこういう本を読んでますよと表に出せる本棚もあれば、これはちょっと押し入れに隠しておきたいなという本棚もありますね。確かにKindleは押し入れの方ですよね。
安野 はい、Kindleは押し入れで、いろいろな本を買っています。
読書は一人でもコミュニティーでもできる
山田 時間の使い方も限られている中で、どういう工夫をされて読んでいますか。
安野 山田さんも『きみに冷笑は似合わない。』で触れていた通り、長くて難しい本を読むのがどんどんできなくなってきていると感じます。どうしたらいいですかね。まさに文芸評論家の三宅香帆さんがおっしゃっている通り『 なぜ働いていると本が読めなくなるのか 』(集英社新書)です。
一方で、SFのような自分に近いジャンルは、皆が読んでいる本をある程度仕入れてきちんと目を通しています。あと、山田さんのようにいろいろ読んでいる人が薦める本は、とりあえず読んでおきますね。そこに本との偶然の出合いみたいなのがあります。
山田 それはすごく大事ですよね。同期デビューで江戸川乱歩賞を受賞した日野瑛太郎さんとは仲がいいのですが、彼が薦める本は全部面白いんですよ。本の評価がうまい、あるいは目利きと言えるかもしれませんが、たくさん本を読んでいる人が薦める本はその場で買って帰りの電車で読む、みたいなことをしています。

安野 読書は一人でもやるけれど、周囲の人たちをどんどん巻き込んでコミュニティーとして読んでいくというのも一つの方法だと思います。
山田 確かにそうですね。
安野 山田さんは日野さんとエクセルシートを埋め合っていたという噂を聞きました。
山田 埋め合っていましたね。デビュー前、「読むべき本リスト」のようなものを作って、自分は面白かった、ちょっと微妙だった、ベストだったとか、その理由も言語化して書き込んでいましたね。
安野 そうすると意見の違いがどこから発生したのかが分かりますね。
山田 彼は◎だけど僕は△だったみたいに評価が割れると、今度はどこが面白かったかをプレゼンし合って、それがまた楽しい。
安野 そうしたやりとりから、『このミステリーがすごい!』大賞や江戸川乱歩賞の受賞者が生まれたんですね。
山田 こういうのが自分の個性を確認する作業なんですよね。人気、不人気、いろいろなランキングがありつつも、その中で自分が特に良いものとか、そこから漏れていても自分が本当に好きなものに出合えるかどうかは、やはり非常に大事ですし、他の人のことを知らないと自分のことって知ることができないので、すごく良かったと思います。
文/橋口いずみ 写真/洞澤佐智子
山田尚史著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)

