ユニークなデザインのサイクロン掃除機やドライヤーで知られる英家電メーカー、ダイソン。創業者のジェームズ・ダイソン氏は、家電のほかにも、アグリテック開発や大学を開校したことでも知られる。結果的に断念したものの、最近では電気自動車(EV)の開発に挑戦して注目を集めた。75歳となった今もダイソンのチーフエンジニアを務めるなど、底知れぬ好奇心と探究心で開発を続ける彼が見つめる先には何があるのか。(聞き手は藤原明穂、中西舞子=日経ビジネス編集部)

多くのヒット商品を生み出し、革新的な開発を続けてきました。発明を通じてもたらしたかったこととは何でしょうか。

ジェームズ・ダイソン氏(以下、ダイソン氏):使用する電力や部品を少なくしながら、より便利に、より使いやすくなるような新技術を開発するのが好きなだけです。例えば掃除機の場合、以前はシリンダー型(キャニスター型)といって、本体とスティック部分がホースでつながっていて、電源コードを差さないといけませんでした。しかし最新のものはスティックタイプでコードレスですよね。昔よりコンパクトで軽いのに、さらにマルチ機能が付いている。高いサステナビリティー(持続可能性)と少しの資源でより小さくて、軽いものを作る。それが、私たちが実現しようとしてきた技術革新です。

 より小さく、軽くするという発想は、実は日本から得たものです。1985年に初めて日本を訪れたとき、すべてがミニチュアライズされていることに気がつきました。良い商品というのは、大きい必要はないのだと、むしろ小さいほうがいいのだと気がついたのです。コンパクトだけど機能性は高い。その重要性を私だけではなく、世界に知らしめたのが日本だと思います。

ジェームズ・ダイソン(James Dyson) ダイソン創業者兼チーフエンジニア
ジェームズ・ダイソン(James Dyson) ダイソン創業者兼チーフエンジニア
1947年英ノーフォーク生まれ、75歳。英バイアム・ショー・スクール・オブ・アート(現セント・マーチンス・カレッジ・オブ・アート)、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート卒業。93年にダイソン創業、掃除機、扇風機、ヘアドライヤーなど製品群を拡大してきた。2002年には、次世代のエンジニアを育成することを目的とするジェームズ ダイソン財団を設立。17年にはダイソン大学(Dyson Institute of Engineering and Technology)を英国に開校するなど、次世代教育にも熱心。

新型コロナウイルスが真のグローバル化を加速

日本人は新しいものや技術に対してオープンではないという意見もあります。

ダイソン氏:それは全く違う、正反対だと思います。次世代のエンジニアやデザイナーの支援・育成を目的とする国際エンジニアリングアワード「ジェームズ ダイソン アワード」を開催しているのですが、2021年の日本国内最優秀賞は筑波大学大学院のチームでした。ろう・難聴者とコミュニケーションを行うため、会話を瞬時に字幕表示してくれるシステムを開発したのです。このように、障がい者や高齢者などの社会的弱者をサポートする技術やサービスの開発を志すことは、若いエンジニアに欠かせない要素です。私は日本の若いエンジニアにとても勇気づけられています。

 本社をシンガポールに移したのは、アジアの一部となるためです。アジア経済が著しく成長していることはもちろん、アジアの消費者はとてもテクノロジーに敏感です。だからこそ、アジアで製品を作るだけではなく、アジア市場の一部にならなければならないと判断しました。

 ブレクジット(英国の欧州連合離脱)や新型コロナウイルス感染拡大以降、ローカルだけで物事を済ませる地産地消の意識が高まっています。それを反グローバリゼーションという人もいますが、私は逆にグローバル化を進めたと思っています。製造拠点を世界中に拡大し、より消費者に近いところで製造する。運賃も運搬する時間も節約できるし、市場の変化により敏感に対応できるようになる――。コロナウイルスがもたらした唯一の利点は、グローバル化を加速させたことではないでしょうか。

経験より柔軟な思考力

シンガポールといえば、今後4年間で同国に15億シンガポールドル(約1400億円)を投資すると発表しました。また17年には、ご自身で英国に大学を設立。授業料は無料で、ダイソン社のパートタイム従業員として雇用し、給与を支給するなど、未来に向けた投資が活発です。ダイソン氏が築きたい未来図を教えてください。

「口ではなく手を動かしてほしい」と語るダイソン氏
「口ではなく手を動かしてほしい」と語るダイソン氏

ダイソン氏:もっと多くの若者にエンジニアや科学者になる後押しをしたいです。私たちにはもっとエンジニアが必要です。ダイソン社では、数年前まで存在しなかったソフトウエアのエンジニアが社員の半分を占めています。本当はさらに2倍は必要なのです。業界を前進させるためには、大勢のエンジニアが欠かせません。

 私が50年前に大学を卒業したとき、「経験がとても重要だ」と教えられてきました。業界で経験をたくさん積んでいないと何もできなかったのです。しかし、毎日なにか変化があり、世界が急速に変わっている今日において、経験は役に立ちません。賛否はあるでしょうが、むしろ足かせだとすら言えるでしょう。大事なのはオープンマインドでいること。無駄なことなどないと信じて、急速に変化する環境に柔軟に応じていくことが大切でしょう。

 口ではなく、手を動かしてほしいです。ダイソン大学では、週の3日間をダイソン社のエンジニアと新技術やデザインの開発をする日に充てています。学生は大変だと思いますが、高校を卒業してすぐにエンジニアリングを始められるわけです。エンジニアの学位を取得する、斬新で面白い方法ではないでしょうか。英国でトップクラスに倍率が高い大学ですから、若者も座学より手を動かしたいのだと強く信じています。

数多くの功績を残していますが、どのような人物としてその名を残したいですか。

ダイソン氏:私は「若者をエンジニアと科学の世界への導きを後押しした人」として覚えてもらえれば、それでいいです。それこそが最大の功績ではないでしょうか。

日経ビジネス電子版 2022年5月24日付の記事を転載]

成功の陰に、5126回の失敗あり。
サイクロン技術で世界を変えた
現代に生きる最も独創的な起業家ダイソンが
振り返る発明と挑戦のストーリー。

 サイクロン式掃除機で知られる英ダイソン社創業者の自伝。生い立ちから自分の会社を設立し、世界で最も独創的なテクノロジー企業の一社となるまでの経緯が綴(つづ)られる。製造業に携わる人、起業志望者、デザインに興味がある人には必読の一冊。

 著者は起業から4年間でサイクロン掃除機のプロトタイプを5127個も作成。技術開発にあらゆる資源を投入して多くの失敗と挫折の末に成功をつかみ、掃除機だけでなく、ヘアドライヤーや空気清浄機など、革新的な技術と斬新なデザインを融合した美しい製品群を生み出し続ける。

 本書では著者の創意工夫、発明の原点となる美意識やテクノロジーへの考え方、非公開企業のままスケールアウトしながら独立して研究開発に資金を投入することの意義など、独自の経営思想にも触れられ、モノづくり企業の多い日本のビジネスパーソンに参考になる。著者と日本との接点は多く、日本についての記述もあるほか近年のソーシャルイノベーション的な新規事業(農業、教育)は今後の日本企業経営の指針となる。

ジェームズ・ダイソン(著)、川上純子(訳)、日本経済新聞出版 2420円(税込み)

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