声優を核に、舞台やドラマ、ラジオまで活躍の場を広げる梶裕貴さん。2018年から3年にわたる「日経エンタテインメント!」の人気連載を単行本化した『梶裕貴 対談集「えん」』について、同書の執筆を担当したライターの実川瑞穂さんと、「日経エンタテインメント!」編集部の平島綾子さんに話を聞きました。今回は2回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

山寺宏一さんとの対談は大盛り上がり

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 『 梶裕貴 対談集「えん」 』では梶さんが29人と対談をされていますが、どなたの回が特に印象的でしたか。

実川瑞穂・ライター(以下、実川) 梶さんの大先輩でもある声優の山寺宏一さんとの対談ですね。山寺さんとの対談は梶さんの強い思い入れもあり、本でもボリュームが多くなっています。

平島綾子・「日経エンタテインメント!」編集(以下、平島) 山寺さんは、声優業に加えてテレビ番組でMCをされるなど、新しい仕事を開拓してきた方です。梶さんも声優業を核にお仕事を広げられてきているので、大先輩にお話を伺うという意味で非常に盛り上がった回でした。

実川 いつも忙しいお二人のスケジュールが合う時間をなんとか確保して対談しましたが、予定していた時間をオーバーするんじゃないかというほど話が盛り上がりました。「この続きは、2人で飲みに行ったときに!」と、まだまだ話したい様子で、梶さんご自身にとっても、すごく実りのある対談だったのではないでしょうか。

尾上 忙しいお二人が顔を合わせること自体が、非常に貴重だったわけですね。

実川 新型コロナウイルス禍になってしまってからは、アフレコスタジオで雑談したり、収録後に飲みに行ったりすることが難しくなってしまったからこそ、この対談で改めて仕事についてじっくりお話しできたのは、貴重な時間だったようです。梶さん自身、声優という軸がありつつも、表現の幅を広げるために声の仕事以外のいろいろな分野へのチャレンジを大切にされているので、先駆者でもある山寺さんの言葉は、心に響くものが多かったのではと思います。

多方面で活躍する2人が語る「声優」

尾上 山寺さんとの対談のテーマは「声優の定義」でした。声優の枠を超えて活躍されているお二人が、あえて声優の定義について語るというのも面白いですね。

実川 梶さんと山寺さんがどんな話をされるのか、我々も対談当日を迎えるまで分かりませんでした。山寺さんは、ここ数年梶さんがいろいろなことに挑戦していることを知ってくださっていて、そこから話が広がっていきました。

 声優の仕事を定義することこそ、かえって声優の活躍や成長の幅を狭めてしまうのではないかということ。一人の表現者として、いろいろなことに挑戦することは決して悪いことではないこと。何事にも自分の信念をきちんと持って取り組んでいれば、それは間違いではない、といった話に行き着くのですが、多方面で活躍するお二人だからこそ、その言葉にはとても説得力がありました。

「声優」の重心がしっかりしているから、その枠を超えても確かな仕事ができる
「声優」の重心がしっかりしているから、その枠を超えても確かな仕事ができる
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尾上 コロナ禍で声優さんの仕事の現場がずいぶん様変わりをしたなかで、梶さんは新たにYouTubeを始められたそうですね。

実川 2020年4月に、ご自身のYouTubeチャンネルを立ち上げられました。梶さんは、「声優・梶裕貴がYouTubeをやるんだったら何をやるべきか」を考えて動かれており、オリジナルのコンテンツとして、絵本や小説などを朗読して配信されています。

堤幸彦さんと思いを語り合う

尾上 演出家・映画監督の堤幸彦さんとの対談も印象的でした。

実川 堤さんが演出を手掛けられた朗読劇『百合と薔薇』(2019年)に梶さんが出演されたのがきっかけで、この対談が実現しました。それまで数多くの朗読劇に出演されている梶さんが、「今まで自分のなかにあった朗読劇のイメージとはまったく違うものが試される舞台」だったと対談のなかでも語っているように、『百合と薔薇』は堤さんならではのギャグとシリアスが織り交ぜられた作品です。梶さんはそれ以前からもちろん堤さんのことをご存じだったものの、実際にお会いして、直接演出を受けたりご本人の魅力に触れたりしたことで、じっくり対談してみたいという思いが強くなったようです。

尾上 確かに、対談の内容はかなり踏み込んだものになっている気がします。

実川 この対談集のポイントの一つになるかと思うのですが、梶さんと一緒に仕事をされた方が感じた“現場での梶さんの姿”を通して、普段ファンの皆さんがご覧になっている梶さんを、別の角度から知ることもできるのではと。

 堤さんとの対談でも、梶さんがどんなふうに台本を読んで、どんなところにこだわって仕事をしているのかなど、堤さんが演出しながら感じた梶さんの魅力が語られています。同時に、唯一無二の世界観を持つ堤さんが、長年どんなことを大切にしながら作品を作っているのかといった、それぞれの核に触れられる内容にもなっています。

尾上 やはり朗読劇の稽古場でお話をされるのと、このような対談で改めて振り返ってお話をされるのとでは、深みが違うでしょうね。

実川 朗読劇は普通の舞台と違って稽古の回数が少ない場合も多く、『百合と薔薇』のときもじっくりお話をする機会は少なかったようです。本番当日は役を演じることに集中していますしね。でも刺激的な作品を一緒に作り上げたことによって、対談はすごく盛り上がっていました。

尾上 対談を読んで、朗読劇を見てみたかったなと思いました。

実川 堤さんの朗読劇は、マイクの前に立ってただ演じるタイプのものではなく、役者が台本を持ちながら舞台上をストレートプレイのように動いたり、舞台が回転したりと、エンタテインメント性の高いさまざまな演出が仕掛けられています。なおかつアドリブやクスッと笑えるギャグシーンも多分に盛り込まれたものでした。梶さんは、声の役者ならではの表現をダイレクトに伝えることのできる朗読劇というコンテンツを大切にされているからこそ、特別な作品の一つになったのではないでしょうか。

構成/佐々木恵美

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