世界が脱炭素社会へ向けて大きくシフトするなか、日本はその動きに対応できているのでしょうか。国内外の取り組みやビジネスへの影響など、「日経エネルギーNext」編集長で、『脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス』の編集を担当した山根小雪さんに聞きました。今回は2回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

中国のカーボンニュートラル宣言が起爆剤に

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回も、「日経エネルギーNext」編集長で書籍『脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス』の編集担当である山根小雪さんにお話を伺います。前回「 『脱炭素』は21世紀の産業革命 」では、ゼロカーボン時代の日本の課題などを紹介していただきました。一方、世界ではどのような動きがあるのでしょうか。

山根小雪・「日経エネルギーNext」編集長(以下、山根) まず中国では、2020年9月に習近平国家主席が「2060年カーボンニュートラル宣言」を表明しました。これには米国も欧州も仰天しました。

 尾上さん、中国の温暖化対策というと、どのようなイメージがありますか。

尾上 どちらかというと、遅れている印象ですよね。

山根 はい、「遅れている」「否定的でやる気がなさそう」というイメージですよね。ところが、彼らは「やる」と言った。それはなぜかというと、「世界で勝てる」と中国が思ったからです。

 ゼロカーボノミクスは温暖化対策であると同時に、新しい国際経済競争です。ゼロカーボンを実現するテクノロジーを誰が開発し、それが世界中に広がったときに誰が巨万の富を手にするのか。中国は「このマーケットで俺たちはいけるぞ」という自信があるから宣言したのです。

 これを受け、大慌てしたのは米国です。米国はドナルド・トランプ政権の間、温暖化対策に後ろ向きでした。その間に中国が粛々と準備をして先に動き出したものだから、ジョー・バイデン大統領は就任した直後にパリ協定への復帰を決定します。

 実は米国と中国は、CO2排出国の世界トップ2なんです。この2つの国が「カーボンニュートラルをやる」「国は予算を組んで、政策で後押しする」「企業は戦え」というメッセージを出したことで、一気に競争の火蓋が切られました。

EV、太陽光発電などで強さを示す中国

尾上 実際、中国のすごさとはどのようなことなのでしょうか。

山根 脱炭素の領域は、中国の圧倒的独走状態です。例えば『 脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス 』では、電気自動車(EV)、太陽光パネル、蓄電池などのトップメーカーのリストを掲載していますが、中国企業の名前がずらっと並んでいます。

脱炭素の流れのうえでは圧倒的リードを示す中国。日本は追いつけるのか
脱炭素の流れのうえでは圧倒的リードを示す中国。日本は追いつけるのか
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山根 著者の井熊さんはこの本を書く時に、「このゼロカーボン競争では、オセロの四隅のうち、少なくとも2つはもう中国が取った。もしかしたら、3つ目も取るかもしれない。ここから日本企業は本当に頑張らないと、勝てるところがなくなる。それくらい、今やばいんだ」と話してくれました。

尾上 太陽光発電やEV、蓄電池の分野では、中国がかなりリードしていると。

山根 はい。その3つはもう圧倒的に中国がリードしています。今すぐ化石燃料の使用をゼロにすることはできないので、まずは電気を石炭火力や石油火力という化石燃料から再生可能エネルギーに変えていくことが重要ですが、太陽光発電も風力発電も中国が世界をリードしています。また、車がガソリン車から電動自動車に代わっていくうえで重要となる蓄電池の分野でも、やはり中国は強いのです。

 20世紀は「石油の世紀」といわれ、世界の石油を押さえてきた米国が非常に強かった。ところがゼロカーボンの時代には、石油は太陽光発電や再生可能エネルギーへと取って代わられつつあります。太陽光は世界で一番安いエネルギーになるということが世界の常識になるなか、その重要ポイントを中国が押さえてしまっているという状況なのです。

ビッグテックとイノベーションの米国

尾上 今後、米国はどう動いていくでしょう。

山根 米国は二大政党制で、温暖化対策への方針についても、一気に進めたい人もいればそうじゃない人もいて、難しいところがあります。じゃあ、今の米国の強さはなんなのだろうと考えると、何を思いつきますか。

尾上 ITでしょうか。

山根 そうですね。GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック<現メタ>、アマゾン、マイクロソフト)といわれるように、米国では民間企業が強く、彼らは世界のプラットフォームやテクノロジーを押さえ、巨額の富を米国に運んでいます。そして、マーク・ザッカーバーグ、ビル・ゲイツ、イーロン・マスクといった天才がいますよね。エンジェル投資家やベンチャーキャピタルの後押しで天才たちのビジネスが花開き、イノベーションを繰り返し、巨大化しているわけです。こういうエコシステムができているのが米国の強みです。

尾上 中国と米国の動きに共通するのはテクノロジーということですか。

山根 はい。ゼロカーボノミクスはテクノロジー競争です。この5年から10年を見ても、デジタルテクノロジーの進化はすさまじいですよね。再生可能エネルギーの要である太陽光パネルは半導体のテクノロジーですが、そこにまたデジタルが加わって加速しています。

 中国には「中国製造2025」という技術政策のパッケージがあり、これに基づいて技術開発を支援してきました。テクノロジーでなんとか先進国に追いつこうと長期の技術戦略を立て、着実にお金と人を流し込んでいます。そして今、ゼロカーボノミクスの世界でオセロの四隅のうち2つを取っている。世界のマーケットで中国が独走しているといわれるまでの結果を出しています。

尾上 なるほど。残念ながら、今の世界の動きに日本の動向は入っていませんね。日本はこれからどうすればいいのか、次回に伺います。

構成/三浦香代子

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