世界が脱炭素社会へ向けて大きくシフトするなか、日本はその動きに対応できているのでしょうか。国内外の取り組みやビジネスへの影響など、「日経エネルギーNext」編集長で、『脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス』の編集を担当した山根小雪さんに聞きました。今回は3回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
日本は圧倒的な「環境途上国」
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) ここまで、脱炭素に向けた世界の動き、主に中国と米国について伺ってきましたが、日本の現状はどうなのでしょうか。
山根小雪・「日経エネルギーNext」編集長(以下、山根) もう大きな声では言えないくらい、まずい状況です。
尾上 あっという間に中国がトップになるなかで、日本は何をしていたのでしょう。
山根 「環境技術では日本は世界のトップ」。そんなイメージを持っている人もいるかもしれませんが、今や日本は環境途上国です。ジャパン・アズ・ナンバーワンといわれたような時代とは違います。ゼロカーボンを巡る大きな経済競争が始まっているのに、日本は完全に出遅れている。この現実を直視できないと、もう目も当てられなくなってしまうのではないでしょうか。とにかく早くこの現状を認識し「『弱者の戦略』を取れ」と、『 脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス 』の著者、井熊均さんは言っています。
尾上 「弱者の戦略」とは、どのような戦略なのでしょうか。
山根 太陽光発電や蓄電池での世界のトップは、中国が取ってしまいました。しかも中国国内で何百社という企業が起業し、激しい競争を経て、勝ち残ったところが世界のトップシェアを取っています。つまりそこはレッドオーシャンで、すでに巨額の投資が終わっている領域なわけです。
そこに今から日本が参入しても勝てる見込みはないでしょう。中国や米国に多くの部分で負けているという状況を認識したうえで、どの分野だったら勝てるのか、どんな隙間があるのか、日本の強みを生かして、限りある資源をそこに一点集中させる戦略を取れということです。
自動車産業は日本の宝
尾上 本書『ゼロカーボノミクス』には、「トヨタ自動車はEV(電気自動車)の波に乗るな」という項目がありますね。これは、どういった意味なのでしょう。
山根 「トヨタはEVの波に乗るな」って、結構センセーショナルですよね。しかし、著者は「なぜ世界はEVをやろうとしているのか」「それはトヨタがハイブリッド車で強すぎるからだ」という考えなのです。この先、EVでは厳しい競争が続き、脱落していく企業も出てくるでしょう。そうなったら、トヨタはその会社を買収してEVをやればいいんだ、と。
「脱炭素で脱ガソリン車」と聞くと、すべてEVになるイメージですが、脱炭素を実現するまで当面はハイブリッドの技術を使うことになります。そうなると、ハイブリッド技術はトヨタが圧倒的に世界のトップなのです。
温暖化対策やカーボンニュートラルを進めるなかで、EV以外の要素はたくさんあります。弱者の戦略を取らねばならない日本にとって、自動車産業は宝。どうやって世界のトップを維持するかは、日本の将来を大きく左右するほどのインパクトがあるのではないでしょうか。
「テクノ曼荼羅」で勝てる領域を探す
尾上 トヨタ以外の企業には、どのような方向性があると考えられますか。
山根 例えば、スマートシティーという不動産ビジネスは日本にしかありません。そして、ゼロカーボンにおけるテクノロジー競争で、日本企業が今後どこに投資して、どんなテクノロジーなら勝てる可能性があるかを考えなくてはなりません。それを示した「ゼロカーボン・テクノ曼荼羅(まんだら)」というマップを『ゼロカーボノミクス』に載せています。
尾上 第6章に見開きで大きく載っていますね。
山根 はい。どんなテクノロジーが脱炭素の実現には必要かを並べ、どういった技術の系譜で発展してきたか、すでにシェアが取られたところはどこか、どこの領域が空いているのか、どこなら日本の強みが生かせるのかをマップで示しています。どの分野なら自分たちの強みが生かせるのかを考えていただきたいと思います。
このテクノ曼荼羅は、「日経クロステック」の各領域のテクノロジー記事も参考に、本書の著者チームでブレストをして、どんな要素があるのか議論をしたうえで作りました。ぜひ、ヒントを見つけていただいて、ここから成長する企業が出てくることを期待しています。
尾上 終章には「勝ち抜くために、いかに変わるか」とありますが、これも強いメッセージですね。
山根 はい。著者の渾身(こんしん)の思いが詰まっています。日本企業は横並び意識がとても強いですが、世界を見てみると、ほんの一握りの企業が国を引っ張るような成功を遂げています。
激しい競争があり、その勝者に政策や資金、資源を一気に投下していく。そうした状況では、いろいろなものを総合的に取り扱うやり方ではもう勝てないのです。米国のテスラや中国の蓄電池メーカー・CATLのような専業が強く、彼らのように1つのテクノロジーに自分たちのすべてを投入して、その領域でトップを狙っていく。この方法で集中してやらない限り、世界のライバルたちには勝てません。
反対に、これができれば、日本企業にもまだまだ可能性があるのではないでしょうか。「悪しき平等」に足をすくわれず、カルチャーを変えて世界と向き合ってほしい、と著者は締めくくっています。
尾上 厳しい状況ではあるけれども、トヨタ以外の企業にも勝つ可能性は残されていますよね。
山根 2025年が昭和100年にあたるらしいんですけれど、日本企業は昭和のままだといわれます。もう、2050年に向かって変わらなければなりません。これ以上日本が勝てない国になったら、もう海外旅行や海外留学なんて夢のまた夢…となってしまう可能性もあります。企業が頑張れるかどうかは、私たちの生活そのものを揺るがすくらい大きなことなので、なんとか現実を直視してもらいたいと思っています。
構成/三浦香代子