20世紀最大の発明品の一つといわれる、コンテナ。1956年に世界初のコンテナの海上輸送が実現して以来、世界経済とグローバル貿易は飛躍的に発展した。本書は、2007年に刊行された日本語版の増補改訂版。ビル・ゲイツ氏や、ひろゆきこと西村博之氏にも推薦された本書の魅力を、編集を担当した黒沢正俊さんに聞いた。今回は1回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

競争の激しい陸路を避けて海へ

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 本書は、多くの著名人が推薦する『コンテナ物語──世界を変えたのは「箱」の発明だった』の増補改訂版ですね。

黒沢正俊・日経BP編集者(以下、黒沢) はい、セカンドエディションです。もともとの本は日本では2007年に発売され、原著のタイトルは『THE BOX』でした。

尾上 まさに「箱」ですね。

黒沢 私はフランクフルトのブックフェアで原書のパンフレットを見て、『THE BOX』って何だろう? と思って取り寄せて読んでみたところ、コンテナの歴史についてというユニークな本で、すごく面白い。そこで、翻訳版を出版することになりました。

 この本の著者、マルク・レビンソン氏の執筆の動機は、マルコム・マクリーンというコンテナを発明した人の評伝を書こうとしたことだったそうです。マルコム・マクリーンは、1913年アメリカのノースカロライナ州生まれ。ガソリンスタンドを経営し、トラック1台の小さな陸運業者だったようですが、ある日「陸運の競争はライバルが多くて厳しい。道路も混雑して、うまく運べない。海運に出よう」と思い立ちました。

尾上 陸を避けて、海に。

黒沢 そうです。それで、「トラックで運ぶものをそのまま船に乗せちゃえ」と思い付くわけですね。この思い付きが1950年代の半ばで、その後に海運会社を買収し、実際にコンテナ第1号を運んだのが1956年4月26日。この日、世界で初めてのコンテナがアメリカ・ニュージャージー州のニューアーク港から送り出されました。船の名前はアイデアル・X号、5日後に約58個のアルミの箱がヒューストンに入港したという記録が残っています。

陸路を運ばれていた荷物は、競争や混雑を避けて海へ出た
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陸路を運ばれていた荷物は、競争や混雑を避けて海へ出た

コンテナ輸送はアメリカから世界へ

尾上 世界のコンテナ輸送の歴史が始まったわけですね。

黒沢 はい。それからマルコム・マクリーンは同業者を押しのけて、海運の会社をどんどん吸収合併していきます。陸運も海運もやって、大会社になって、それで大もうけして、大成功…というアメリカンドリームで終わるかと思いきや、終わらない。コンテナ輸送がどんどん世界へ波及していくストーリーが、この本の魅力です。

 アメリカは1960年代からベトナム戦争の泥沼にはまっていきます。ベトナムに大量の食料や軍事物資を運ぶ場合、コンテナ以前の輸送だと、普通の船に港湾労働者が荷物を積み込んで、現地に着くとそこでまた荷物を降ろすという…

尾上 かなりの手間が掛かりますよね。

黒沢 そうなんです。非常に手間もコストもかかるものでしたが、コンテナの輸送は基本的に大きなクレーンで荷物の積み降ろしをするので、合理的な形に変わっていきます。

 アメリカ軍はベトナム戦争中に物資を運ぶのに四苦八苦していましたが、マルコム・マクリーンが「ベトナムにコンテナ船を出させてくれ」と言って、コンテナ船で輸送を始めます。それでアメリカ軍のロジスティクスが飛躍的に改善していくんですね。

 実はこの話は日本にも関係します。当時の日本は輸出至上主義で、経済が少しずつ立ち上がっていく時期でした。高度経済成長に移行した直後の頃だと思いますが、ベトナム行きの荷物を降ろして空になったアメリカのコンテナ船に日本のトランジスタラジオやテレビを積んで帰ってくるというアイデアを思い付きます。行きも帰りも商売にすることにより、その結果、日本からアメリカへの輸出が大幅に伸びました。

 ベトナム戦争後、コンテナは当然世界に波及します。今は世界一の貿易大国として存在感を高める中国が、非常に大きなコンテナの港を多くつくり、アメリカやヨーロッパに輸出しています。

 今は大量に輸送すると、ほとんど輸送費を考えなくてもいいような時代なんですよ。例えば、青森県の工場から東京の消費市場まで陸運で運ぶのと、中国東北部の大連や近辺の工場からコンテナ船で大量に首都圏まで運ぶのと、どっちが安いかというと、コンテナを使ったほうがはるかに安い。今のグローバリゼーションを支える基盤としてコンテナがあるんです。

 本書は1人の陸運業者の発明、アイデアが世界を変えたという、類を見ないような壮大な物語で、編集をしていて非常に楽しかったですね。インターネットの発明は、その後のことなんです。そして、コンテナによる革命は今も続いています。

構成/三浦香代子

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